「今日で、最後か。」
「…うん、そうだね」
信号が青に変わりゆっくりと走り出す車。
夜の街の雰囲気と車の中の空気がどこか一致している気がする。
ステレオから流れる調べが今はただ切ない。
明日、私は結婚する。
許婚の相手は父の会社絡みの人。
説明をされたけどまるで覚えていない。
はなから覚える気もない。
「相手はどんな奴?」
「んー、優しかったけどタイプじゃない。」
私の返事に彼は鼻で笑った。
隣で彼の笑う姿を見るのも今夜が最後。
彼とはもう会わない。
その方がお互いのためだって彼は言った。
「なぁ、」
「…ん?」
「愛してる」
愛してる。
その言葉は出来れば最後まで聞きたくなかった。
車窓に流れる夜の景色。
やけにキラキラと輝く光。
気づけば泣いていた。
なぜこんなにも涙が溢れるのだろうか。
ダメとわかっていてもなぜこんなにも好きが溢れるのだろうか。
「出来ればこのまま連れ去りたいんですけど」
「…そんな事したらうちの父に殺されるよ」
そう言いながらも心の中では連れて行ってと叫んでいる。
胸が苦しい。
「やっぱ私電車で帰る」
「何言ってんの」
「もう無理だよ。これ以上一緒にいちゃ離れらんなくなる」
信号で止まった車から降りようとドアに手をかける。
辛いけど、これ以上2人きりの時間が続けばもっと辛くなる。
そう思った。
ドアを開けかけた瞬間。
彼が私の手を引いて抱きしめてきた。
そのままの勢いで唇と唇が触れ合う。
一瞬の出来事で頭の処理が追いつかない。
「馬鹿だなぁ」
彼はそう言うと、私を離した。
半開きのドア。
私は、降りることも閉めることも出来ず動けなかった。
信号がそろそろ変わりそうだ。
早くしないと後ろに迷惑をかけてしまう。
降りなきゃいけないのに足が動かない。
このまま2人で遠くに逃げれたらいいのに。
そんな馬鹿な考えを頭から捨て、足を動かす。
「愛してた」
震える声で彼にそう告げ車を降りた。
振り返ることなく前に進む。
彼の車が私を追い越して走って行く。
この決断は間違っていなかったのかと未だに考える時がある。