イケメン従者とおぶた姫。

「サクラ、ごめんね。」

と、言ってサクラに近づいたショウは、よっこいしょと重い体でベットへ上がりギュッとサクラを抱き締めた。

それに対し、サクラは大きく目を見開き頬を赤らめ嬉しさでキュッと締め付けられる気持ちを抑えきれずに、優しくショウを抱き返した。

それを傷ついた表情で見て目を背けるロゼ。ショックからか全身が震えている。

そんな二人を見て、リュウキは居た堪れない気持ちでいた。そんな時


「…これから、言う事信じてくれる?」

と、ショウから的外れな言葉が飛び出してきた。これから、サクラを慰めたり声を掛けてあげる所じゃないのか?

これには、リュウキもロゼも、サクラでさえも


………???

何?いきなり、どうしちゃった?

と、困惑した。だが、サクラは、すぐさま気を取り直し


「…はい。ショウ様の言う事なら、私は信じます。」

ショウの言葉に耳を傾けた。
何という切り替えの早さ。ショウの突拍子もない行動や発言には慣れっこなのだろうか。


「…ありがと、サクラ。」

「はい。」

「…あのね。今すぐ、話さなきゃいけない気がするの。急がなきゃいけない気がする!
サクラとロゼ…あと、あの黒い宝石にいた綺麗な男の子は一つなの。」


なんて、よく分からない話をしてきた。だが、何故か相当なまでに焦ってるのが分かる。

ショウは、どう伝えたらいいのか分からずアワアワとパニクっている。

それを

「サクラは大丈夫ですよ。ゆっくりでいいです。」


と、なだめるも、ショウは急がなきゃとアワワと慌てふためくばかりで


「…なんだか、嫌な感じする。ダメな気がする。来ちゃうかも!」


なんて、青ざめながら落ち着きなくアワアワしてばかりだ。サクラもロゼも、どうしたものかと困っていた。

だが、この言葉にゾクリと背筋が凍った人物もいた。その人物は


「…ショウ!何故、そう思う?」

と、ショウに質問してきた。


「…お父さん?」

急に青ざめる自分の父親に、不安を抱えながらショウは質問に答えた。


「…分からないけど、“あの子”と目が合った瞬間そうだと思ったの。」

「“あの子”だと…?あの子とは誰だ?」

「今日、会った“まだ、居ないはずのあの綺麗な女の子”。」


と、言ったところでサクラとロゼは、
フードコートにいた騎士団長ハナと副騎士団長フウライと二人の少女の事を思い出していた。

少女のうち、美しい様子をした少女…
少女に見えるが骨格から男性だとサクラは見抜いていたし、ロゼも見た瞬間、遺伝子や細胞などの情報が伝わり瞬時に分かってしまった。

確かに、その美しい少年を見た時ショウは言った。


“まだ、居ないはずの子”

“あの子だけ、時間がおかしい”

と。

そして、ショウと目の合った少年は、驚いた表情を浮かべショウを見てはいなかっただろうか?

今、思えば不可解な事ばかりだ。

だが、そこにはリュウキが唯一信頼する聖騎士団長ハナと天才魔道士フウライがいる。

だから、何かおかしな事があれば直ぐに気付きリュウキに報告するはずだ。

それもなく、まるで家族のように仲良く食事を楽しんでいた。


「…あの子、ロゼのときみたいに…ううん!…なんか、もっと別の…なんて言ったらいいのか分かんないけど!
…違うの。違う……
それに、いっぱいいっぱい色んな時間に行ったり来たりする為に無理矢理作られた感じ…。
その子を動かしてる人がいるの!その子の中身は…別の時間にいるよ。」

ショウの訴えている事がよく分からず、質問の形を変えようとしたリュウキだったが


「…そうですか。
 
あの者は、

“時空を操る為だけに誰かに作られた人形”

それを操る誰かがいる。」

「うん。その子と目が合ったらサクラとロゼ、もう一人…“三人”は、一つだったって伝わってきた気がするの。」


ショウがそこまで言った所で
サクラとロゼはこれ以上聞くのが恐ろしく感じ凍りつき、それ以上聞く事ができなくなってしまった。

ショウの言いたい事が、何となく分かった気がして…

つまり

ダリアとサクラ、ロゼは、元々一つだった。

理由は分からないが、一つの人間が三人に分裂した。

そう言いたいのだろう。

なら、今、こうして自分の意思を持って生きている自分という存在は何なのだろう?…偽物?

三人のうち、誰かが本体で…その内に自分は本体に吸収されてしまうのか?

もし、仮に吸収されてしまったら、自分はどうなってしまうのだろう?

今まで、自分として感情や意思を持って生きてきた自分という存在は?人生は…?

そんな不穏な事が脳裏に浮かび、サクラとロゼは恐怖で凍りつき動けなくなっていた。



〜〜〜 一方、その頃 〜〜〜


ルナとチヨの婚約祝いの食事を楽しみ終え、予約していたホテルに泊まりみんなが寝静まった頃。

ルナは、ムクリと起き上がり窓を開け美しい夜空を見上げると


「…見つけた。そこに居たんだね。
僕のーーー。…今まで、ごめんね。
もう、二度と君を傷つけない。…長い時間、待たせてごめんね。今すぐ、迎えに行くからね。」

そう言って、その場から姿を消したのだった。


ーーーそしてーーー


サンクチュアリ大聖堂。

大聖女しか入る事の許されない神聖なる場所にルナはいた。

そこに、大切に祀られている大きな黒いダイヤモンドに覆われた世にも美しい少年を見ると


「…ようやく、見つけたよ。僕のーーー。」


そう呟き、少年に手を伸ばすとまるでダイヤモンドが無いかのように少年を抱き上げ、ダイヤモンドから少年を抜き出してしまった。

「…ああ、やっと…やっと会えた。
…でも、中身がないね。それに…。
流石、君だね。こんな事できるのは、君と僕、そして彼くらいかな?

素晴らしいくらい“僕対策”ができてる。

…“あの子”と会わなかったら君を見つける事ができなかったかもしれない。
そういう意味だけでは、あの子に感謝かな?早く、中身と分裂しちゃった君達を取り戻さないとね。」

そう言って、愛おしそうに少年…ダリアを見つめると美しい唇にキスをしようとしたが…


…パキ…

少年の唇は、黒いダイヤモンドで塞がれルナはダリアにキスする事ができなかった。


「………!!?…ハハ。まだ、怒ってるのかい?いいよ。
長く君の愛を拒み続けた僕が悪いんだから。早く、機嫌を直してくれると嬉しいな。」

そう言って、その場から消え


次に、ルナがやってきた所


…そこは…


ショウの言葉によって場の雰囲気が凍りついている部屋。

そこに


「こんにちは。」

と、言う声が聞こえ、サクラ達はビクッと背筋に冷たいものが走った。

声のする方を見れば、可憐な少女…いや美少年が後ろに立っていた。


…ゾッ…!


誰も気づかなかった。…気づけなかった。

…ロゼさえも、一切何も気配を感じなかったのだ。

…こ、コイツは…!

と、サクラとロゼは思い出していた。ショウがやたらと気にしていた

“まだ、居ない子”

“時空を操る人形”

だ。


…名前は、ルナ。


しかも、何故かダリアを抱き抱えている。


「ーーー。三人に分裂してるなんて、驚いたよ。二つに分裂してるかな?とは、思ってたけど、何がどうなって三つに分裂しちゃったのか。」

そう言うと、いきなりルナは骨が砕け折れる音と肉が潰れる音をさせながら、体がグチャグチャになり原型を留めなくなっていた。

あまりのグロテスクさに、サクラとロゼは咄嗟にショウを抱きしめリュウキはショウの前に立った。

そこから、その肉や骨達は再生していって、ルナとは全くの別人が現れた。


身長は2M30cm以上あるだろうか?

肌の色は赤く、艶のある白髪。頭には様々な形の大きな角が10本ほど生えている。

キリッとした、眉と切長の目。目の角膜は紅く瞳孔は金。大きめの口には牙が生えている。

衣服は、こちらの世界では見た事もない服。

何とも形容し難いが、シンプルかつ露出は多いが何とも神秘的で神聖さを感じる。

そして、多くはだけた部分から鬼の鍛え上げられた美しい筋肉が見える。

リュウキ達は、強そうと一言で片付けられないほどまでに、計り知れない未知なる何かだと感じる。

それ以上は、考えるのも恐ろしい気がして、それ以上考える事を自然とシャットアウトしてしまっていた。

…特徴だけ見れば、伝説や物語に出てくる“鬼”のように見える。

もし、彼が鬼だとすれば、自分達の考えている鬼とは大きくかけ離れるが…。

しかし、この男も美しい容姿をしている。ワイルド系イケメンである。

まるで、悍ましくおどろおどろしいだけのイメージの鬼をゲームか漫画で擬人化して美化したキャラクターのように思えてしまう。

それほど、理想的なワイルドイケメンなのだ。

その見た目に反して、中身は知的な紳士的に思える。…今のところはだが。

そして、ジッとショウを見るその目には何が見えているのか。

男の瞳孔が開いていて、その間リュウキ達は金縛りにでもあったかのようにピクリとも動けなかった。


…何なんだ、コイツは…!?


そして、ようやく金縛りから解放されたと思ったら


「なるほどね。そういう訳で、ーーーは、三つになっちゃったんだ。
しかも、みんなちゃんとそれぞれに魂や意思まで宿っちゃって。えげつないくらい面倒くさい事になってるね。」

と、全てを理解したかのように、イケメンの鬼は笑顔で言った。


ここで頭の切れるリュウキの直感が、コイツは相当なまでに食えない相手だと訴え掛けてくる。

…あのダリアよりもずっと…いや、そんなレベルではない、次元が違う。
微塵も隙を見せてはならないと。


「…そっか。僕のせいで

“彼女の為の世界を創り出した”

のは、分かっていたけど。
まさか“潔癖”の君が、彼女と一緒に居るとは驚いたよ。」

…ダメだ。この鬼の言っている意味が分からない。

リュウキ達は、意味不明な事ばかり言う鬼に理解が追いつかなかった。

そこで


「…お前は、さっきから何を言っている?そして、何故、ダリアを連れているんだ?」

と、リュウキは、鬼に問いただした。


「…ああ、君が…そうか。素晴らしい人材だね。なるほど。
“僕の世界にいるーーーー王に匹敵する逸材”だね。」

その言葉を聞き


「…なるほど。お前は、“この世界でない”“異世界”から、きた者か。」

リュウキは、すぐさまピンときて口に出した。


「そうだよ。」

それに対し、アッサリとそれを認める鬼。


…異世界人…!


「無数にある異世界の中から、ここを見つけるのは凄く大変だったよ。」

と、言う鬼にリュウキは


「この世界に、何があるというんだ?」

そう、聞くと鬼は


「うん。

“怒って家出した僕の妻”

を探しに来たんだ。」

と、答えた。


「…わざわざ、異世界まで家出した妻だと?おかしな話だ。
時空の歪みに入り迷い込んだ、或いは召喚など理由は様々あるが。
お前のその言い方はまるで、お前の妻は自在に異世界に行き来できるような口ぶりだな。」

「僕の妻には、容易い事だよ。
だって、僕の妻は

“魔法の祖”。

僕と君達の世界に存在する魔法や魔導の類は、彼の力を“少しだけ”分け与えて創られたものだから。」


「…妻なのに“彼”?」


「…ん?ああ、そうか。そうだよ。
僕達は、同性婚してる。
そして、彼は魔法の祖だから女体化も容易くてね。おかげで、三人の子宝にも恵まれたよ。」


…話が、壮大すぎてついていけなくなりそうだが、リュウキは必死に鬼の話に食らいついた。


「そんなお前が何故ここに居る?妻を迎えに行かなくていいのか?」

と、嫌な予感しかない中
リュウキはこの得体の知れぬ鬼が一刻も早くこの場から立ち去ってほしくて急かした。

ダメだ。今は、この鬼から一切の力が感じ取れない。極々平凡な人間の力しか…

なのに、この鬼がここに現れた事に誰一人気が付かなかった。

…これは、まずい。

本当に、まずい。

この鬼は、只者じゃないのは確かだが…

何か、ヤバイ気がする。

関わってはいけない。

逆らってはいけない…そんな感じがする。

と、数々の修羅場をくぐり抜けてきたリュウキの直感が危機を訴えかける。


「…ああ。あと、言い忘れてたね。
僕の妻は

“彼女の為に、君達の住むここの世界を創り出したんだよ”

呼び名は、好きにつければいいよ。
創造主とか世界を創り出した神とかさ。
君達にとって、彼はそんな存在。」


それを聞いて、リュウキをはじめサクラやロゼも驚きで固まってしまった。

…では、今自分達の目の前にいるこの鬼は一体…?


「君達の考えてる事は分かるよ。うん、君達はその真実を受け入れられなくて考える事を拒んでるけど、そんな感じ。

僕は、僕達の住む世界を創った一人さ。

僕達が創った世界は、僕の他にも何人かかかわってるし、その中の一人に僕の妻もいた。

偉大な力と知恵を持った大勢が関わり創った。だから、この世界では比べ物にならないくらい大きな世界だよ。

なにせ、偉大な力を持っているとはいえ“彼”一人でここの世界を創ったんだ。

そこは、仕方ないよね。それでも、一人でこれだけの世界を創り出した“彼”には驚かされちゃうね。

あ、いけない。話が脱線してしまったね。今さらながらに、“彼”の魔導と知恵に驚かされちゃってね。」


と、鬼の妻だという“彼”を絶賛し、また鬼は話をしてきた。


「うん。僕達夫婦は少し特殊で歪な関係だったんだ。そこで、色々あってね。
僕の妻は、僕から逃げ出して

“彼女の為に、自分の力の全てを使い別世界を創り出した”

そのあと、僕の妻がどうなったかは分からない。」


さっきから言ってる“彼女の為の世界”とは何なんだ?

そう、リュウキ達が考えていると

おもむろに鬼は、ダリアを指差し、次にロゼ、最後にサクラを指差し


「“君達が、僕の妻”だよ。迎えが遅くなって、ごめんね?」

と、ニッコリ笑っていた。


…ゾゾォ〜…!!?


何をおかしな事言ってるんだ、コイツ!!!

頭がイカれてるんじゃないのか?妄想癖でもあるんじゃないのか?

サクラとロゼは、鬼のあまりの気持ち悪い発言に全身に

ブルブルッ!!

と、寒気が走り、思わず助けを求めるかのようにショウを抱きしめる手に力が入った。

それを見ていた鬼は、笑顔のまま


「…それは、僕に嫉妬させる

“いつもの作戦”

かな?
君が消える前までなら、君が誰と居ようと誰と体を合わせようと知らないフリをしてたけどね。

僕の君への気持ちがハッキリした今は、たったそれだけの事でもはらわたが煮えくりかえりそうになるくらい嫉妬でどうにかなってしまいそうだよ。

…離れてほしいな。

で、ないと…君が創ったこの世界ごと壊しちゃいそうになるから。

過去、君が僕に振り向いてほしくて色んな人達と体を合わせてきた相手、魂すら残さず全て消滅させたようにね。

だから、分かるよね?離れて?」


なんて、恐ろしい事をニッコリ笑顔で言ってきた。

だが、何故か…どうしてか分からないが、鬼が嘘を言っている様に思えず、胸が引き裂かれる思いで

「…も、申し訳ありません…ショウ様…」

「…お主様…」

と、サクラとロゼは、全身からサー…と血の気が引くのを感じながら、ショウを抱きしめる手を解いた。

二人が、ガタガタと全身が震えてるのを感じたショウは


「サクラもロゼも…あなたが抱いてる男の子も、あなたの奥さんじゃないよ?人違いだよ?
だから、その男の子を置いて、あなたの世界に帰って?」

と、言ったのだ。

それを、聞いたサクラやロゼ、リュウキは焦り


「…い、いけません!ショウ様!!」

「お主様っ!!?」

と、慌ててショウに、これ以上喋らない様に声を掛け

リュウキは


「…どうか、娘の無礼を許してほしい!我が娘は、箱入りで少々世間知らずな所がある。見逃してほしい。」

と、鬼に向かい頭を下げた。

いつも余裕の顔しかしないリュウキが、青ざめダラダラと滝の様な汗が流れている。

そんなリュウキ達をよそに、鬼は少々興味あり気に


「どうして、そう思うのかな?
確かに、ーーー、ーーー、ーーーーは、ーーーには、美貌から魔導、魔力など様々に置いて足元にも及ばない存在だよ。」

と、サクラやロゼのショウしか呼ぶ事の許されない…いや、ショウ以外呼ぶ事ができない真名を言ったし、言い当てたのだ。

ショウ以外に真名を呼ばれたサクラとロゼは不愉快極まりない気持ちとプライドを傷付けられたような怒りが込み上げていた。

その時だった。


「……オレ様の…!オレ様のミア以外に、その名を呼ぶ事は許さねぇ…。
テメェ如きが、オレ様の名前よぶんじゃねぇぇーーーーーーッッッ!!!!!」

と、鬼に抱き抱えられていた世にも美しい少年が、カッと目を見開いたかと思うと

いつの間にか、ショウのすぐ目の前に立っていた。まるで、ショウを守るかのように。

それには、僅かだが鬼も驚いた様で


「…ああ。君は、“彼”の力を一番強く与えられてるようだ。君からは、容姿も含めて“彼”の要素を一番強く感じられるよ。

言うなれば、君が“本体”に近いって事かな。

…性格は、全くの別人だけど。

僕が気付かなかっただけで、彼の性格の一部にはそんな面も隠されてたのかな?」

と、言った。それに対し、サクラとロゼは絶望のようなものを感じていた。


…ダリアが、本体だと…?

だと、すれば自分は……


そう感じた時、…信じたくなかった、信じたくもない否定したい事実をむざむざと突きつけられ、言われようもないとてつもない恐怖に襲われていた。


「うん。性格や口調で言えば、君が“彼に近い”かな?」

と、鬼に指を指されたロゼは、夢だ。

きっと、これは何かの悪い夢だ。悪い夢なら早く覚めてくれと強いショックを受けていた。


「…う〜ん。でも、君の場合は“彼”の欠片の一部としては少し異質だね。魔導よりも武術や波動に長けている。

…けど、肌の色は“彼”に一番近いかもしれないかな?性格も…“彼”から、かけ離れてる気がするよ。
けど、“彼”の欠片の一部には間違いないけどね。」


…間違いない…だと?

サクラは、…なんだ、これは?

何の拷問なんだ、と

そこの見えない崖から突き落とされる気持ちだった。


「…う〜ん。どうしたもんかな?
君達三人は、元々一つだった筈なんだけど…何がどうなってかな?
魂も人格も、しっかり一人の人として独立して成り立っちゃってるんだよね。
無理矢理、一つにしようものなら壊れちゃうし。元々一つだったわけだし、何か方法があると思うんだけど…。

こればかりは、さすが“魔法の祖”とでも言おうかな。この僕がこんなに考えても答えが出てこないなんてね。今までなかった事だよ。」


と、困った顔をして笑っている鬼に


「このオレ様とあの出来損ない二匹が、テメェの妻だとか何とかふざけた事ぬかしてんじゃなーぞ。」

そう言って、ダリアは鬼を睨みつけた。


「…う〜ん。参ったなぁ。本当の名前で呼ぶと怒らせちゃうみたいだし…仕方ないかな?
じゃあ、ダリア。君は、この三人の中で最も“彼”に近い。

“彼”には、遥か及ばないけど、容姿や魔導の力もさることながら。

“美しい者しか受け付けない潔癖さ”もね。」


その言葉に、ダリアはピクリと肩が跳ねた。


「だから、君は…ショウちゃんを受け入れられない。過去も今も、未来も永遠に。

けど、“彼”は君のような傲慢かつ粗暴な男ではなかったんだけどなぁ。
ちょっと、ビックリしちゃった。」


「さっきから、ごちゃごちゃ意味わかんねー事言ってんじゃねー。初対面なのに、オレ様やエリスの名前言い当てるとかキメーんだよ。」


と、顰めっ面をしながら暴言を吐くダリアを綺麗にスルーして


「…ああ、それと。性に奔放で、毎日のように男女問わず色んな人達と愛欲に溺れてるところはソックリかな。でも、“美人に限る”ってやつだね。

…ああ、例外もあるね、君は…自分にとって利益のある人にも簡単に股を広げてるみたいだね。
色んな美しい人達と愛を交わし、自分の計画の為なら自分の体でさえ商売道具にしちゃうんだ。」

なんて、言ってくる鬼にダリアはゾッと体の芯から冷たくなっていくのが分かった。


初対面の筈なのに、あまり人には知られてない事まで知ってやがる…何なんだ、コイツは…!

…しかも、ミアのいる時にこんな…最悪もいい所だ!クソッ!!

他の誰に知られたってかまわない…だけど…だけど、ミアだけには絶対に知られたくないのにっ!!!

ショウのいる前で、こんな穢らわしい…
しかも、自分の絶対に知られたくない話をされダリアは


「…う、ウルセーーーーーッッッ!!!初対面の相手に、よくそんなデタラメが言えるもんだな。残念だったな。オレ様は、まだ清い体なんだ。

テメェのその汚ねー話は、テメェ自身の話なんじゃねーのか?テメェが汚れきってるからって、こっちも同じだと思うんじゃねーよ。
テメェの汚れた話で、こっちまで巻き込むんじゃねー!」

と、内心、嫌な汗をかきながらも虚勢を張り、鬼を挑発した。
それに、現に“今のダリア”は、まだ誰の肌とも重なってない真っさらな体だ。

だが、ダリアは気になっていた。鬼にこんな汚い話を聞かされた“アイツ”の事が。

自分が守るべき人の反応が。誰にも気付かれないように、ダリアはこっそりと後ろを覗き見ようとした時だった。


…ドクン、ドクン…!


「…けど…ん?あれ?」

と、いう鬼の声。今度は、また何なんだと鬼の方を睨み見る。油断も隙もあったもんじゃない。

自分は“アイツ”が、どんな心境なのか気になって仕方ない時に。


「どうしてかな?体が綺麗に洗浄されてるね。…もしかしてだけど。まさかとは思うけど。」

と、言う鬼の言葉に、そんな事まで分かるのかとダリアはギクリとし、これ以上余計な事言うんじゃないだろうな?

…もう、やめてくれ!

そんな気持ちから、鬼から目が離せなくなっていた。


「これで、身が綺麗になりましたって自己満足かな?クスクス。愚かだね、君は。浅はかな考えだよ。

いくら、身だけ清めた所で過去は変えられない。魂やあらゆる細胞に無数の性の汚れが複雑に絡んで穢れきってるよ。

交わった人の数だけ、相手の細胞の一部が自分と混じり合うからね。

どうあがいても、完璧には“真っさらな体”なんて無理なのに。
どうして、そんなに君は無駄な足掻きしかできないのかな?

ああ、だからか。あんなにも、自分の身の潔白を必要以上に主張してたのは。
…クス。

そんな愚かな所も“彼”と一緒だ。」


そう言われた瞬間、ダリアは一瞬心が無くなってしまったかのような絶望感に襲われた。

それだけではない。

この鬼は、こうも言った。


「それに、君。この世界の記憶とショウちゃんの記憶を消されて

“色んな異世界”

に飛ばされてるね。それも一度や二度じゃない。数え切れない程たくさん。

なのに、君はこの世界に戻る条件として、

“罪人達が受ける地獄の拷問を一周巡り”

この世界に戻ってきてる。

しかも、君は同じ過ちを何度も繰り返しては、また別の異世界に飛ばされ地獄の拷問を受ける事を条件に戻ってくる。エンドレスだね。

記憶を消されてるから同じ過ちを繰り返すのは当たり前だよね。だけど、どうして、そこまでしてこの世界に戻ってきたいのかな?

一度でも、あの拷問の数々を受けたら魂にその恐怖が刻まれ、拷問を受けようだなんて口が裂けても言えないと思うんだけど。」


その言葉を聞いた瞬間、ダリアの記憶の中にパーン!と、何かが弾けたような感覚がし

そして、数え切れない程に様々な異世界へ転生し、だが意地でもこの世界に戻ってきていた事を思い出した。

何故、そこまでしてこの世界に執着しているのか自分でも分からない。

分からないけど、何度も何度も地獄から這い上がり転生を繰り返してきた。

思い出したくもない程の恐ろしい拷問。しかも、拷問も恐ろしい程に種類があるのだ。何故、こんな残酷な事が考えられるものだという拷問…。

それを自分は受けてきた。何度も何度も数え切れない程にだ。

理由は単純。

ショウの元へ戻る為。側にいる為だ。

その為に、あらゆるどんな手段も使い地獄を味わってまでも這い上がり、ショウのいるこの世界に戻ってくる。


…何故、そこまでしてこの世界に戻ってくるのか自分では分からないが、意地でも戻ってくる。どんな地獄を味わおうとも。

その話を聞き、リュウキやロゼ、サクラまでも驚きの表情でダリアを見てしまっていた。


どうして、そこまでして…と。

しかし、サクラはそれに関して思い当たる節があった。

ショウがエリスだった時の前前世。
もう消滅し存在しない誰かの呪いにより、

“畜生供の住まう汚い世界”

に、落とされた時、ダリアはエリスの元へ行き一緒に落ちて行った。

サクラがどうしようと焦り恐怖から身動きできなかった時に、ダリアは一切の迷いもなくエリスを守るように。

…まるで、大丈夫だ、お前は一人なんかじゃないオレがいるというように。


サクラには、それが不思議でしょうがない。


あんなにも、ショウの事を嫌い嘲笑い邪険にしているくせにショウの危機に現れ助ける。

ショウに対し口汚く罵声を浴びせつつも、細部にまで渡る完璧なまでの世話をする。

一体、コイツは何がしたいのか。何故、ショウに執着し執拗に関わってこようとするのか意味が分からない。

サクラにとって、ダリアは何を考えてるのか分からない未知の生物でありショウに執着する厄介極まりない相手。
ショウを傷付けるから、絶対に許さないし二度と関わりたくもないクソヤローでもある。


…だが…

おそらく、目の前にいる鬼に抵抗できる力を持っているのは…ダリアしかいない。

悔しいが、反吐が出るくらい大嫌いだが、今ここにダリアが居る事に希望を見出している自分が腹が立つ。

しかし、ここにはショウがいる。ショウを守るためなら背に腹はかえられない。

そう思う、サクラだったのだが…

後ろから、ダリアの様子を見る限り…なんだか思わしく無さそうな雰囲気だ。どうしたら、いいんだと考えるサクラ。

…いや、サクラだけじゃない。それは、リュウキもロゼも同じだ。


どうすれば、この危機的状況から脱出できるのか算段考えている。


そんな危機的状況で


「お兄さんは、どうして人が嫌がるような事いうの?
それに、お兄さんの

“お嫁さん”

は、もうどこにもいないと思うよ?」


と、ショウが口を開いた。

何故、そう言い切れるのか分からないが、頼むから今は大人しくしていてくれ。鬼を刺激するような事を言わないでくれ!と、サクラ達は心の中で訴えかけていた。

と、言うのも、サクラの言葉飛ばしやロゼのテレパシーでショウと会話をしようと試みるもことごとく打ち砕かれていたからだ。

おそらく、鬼が何らかの力を使いそれらを無効にしているのだろう。


そして、ショウに目を向けた鬼はまたも金色の瞳孔を開きショウを見た。見て、少し驚いていた。


「…おや?ある一定の所から奥の情報が見えない。それに、君に関わる大きな出来事でダリアは目を覚まし、僕から離れてショウちゃんの所にいる。

僕と同等の力をもつ“彼”なら分かるけど、ダリアは僕の足元にも及ばないくらい弱いのにね。どうやって、僕から逃げ出せたんだろう?

…おかしいな。

…ねえ、ショウちゃん。
一体、君は何なの?

多分、君には色んなカラクリがあるよね。…本人は知らないみたいだけど。」


と、いつのまにか鬼はショウの目の前に居て、ショウを見下ろしてきた。

2M30cm以上あるだろう鬼に見下ろされ、ショウは恐怖からガタガタと全身が震えストンと腰が抜けてしまった。


…こ、怖い…!


ショウを助けようにも、サクラ達は金縛りにあったかのように身動きできずいた。いくら、声を出そうとしても動こうとしても人形になったかのように何もできない。

あのダリアでさえもだ。


絶体絶命のピンチである。