サクラとロゼがショウの精神の中に入り込む数日前に遡る。

ゴウランは、地味ぃぃ〜〜な基礎中の基礎トレーニングをひたすらに頑張っていた。

と、いうのも、このままじゃダメだと思い立ったゴウランはダメ元で、オブシディアンに土下座で自分に稽古をつけてほしいと願い出たのだった。

それには、少し驚いた様子を見せたオブシディアンだったが


『いいよ。』


と、あっさりと承諾してきた。今までの自分の行いの悪さを指摘され罵倒され、無視されるか、きつい言葉で断られるかを覚悟していた。

それでも、承諾を得るまで毎日でも頭を下げる覚悟だったのだが拍子抜けである。


『けど、条件もある。』


そう言われ、何を言われるのかと緊張でゴクリと唾を飲み込んだ。


『一ヶ月間、決められたトレーニングメニューを欠かさず練習する事。それができたら、君に稽古をつけるよ。』

なんて言われ


…な、何だ

そんな事か

むしろ、専門家に自主トレーニング、配分を教えてもらえるのだから願ったり叶ったりじゃないか


と、ますます拍子抜けである。

しかも、直ぐにアプリ携帯へとメニュー内容が送られてきたのだが本当に拍子抜けである。

こんなのでいいのか?地味過ぎ…。
あまりに地味過ぎて、すぐに飽きてしまいそうだ。

そう思ってしまう内容だった。

・縄跳び

・ゴムバンドを使ったエクササイズ

・片足立ち(ヒップドロップ)

・スケータージャンプ・バードドック

・走り込み(長距離・短距離)

・トレーニングの最後には必ずストレッチ

・トレーニングの前後必ず瞑想


回数・時間・トレーニングの細かな動きまでもこと細かく指示してあった。これを朝・夕と決まった時間に行うのだ。
休憩時間や食事の内容、入浴、就寝時間までも指定してある。

だが、あまりに地味過ぎる。こんなのチョロ過ぎると、それがゴウランの感想だった。

だって、自分は訓練学校でこんなのよりずっとずっとハードな練習をこなしてきた。
オブシディアンに対しあまりに舐め過ぎてるんじゃないかと苛立ちさえ覚えていた。

だから、つい


「…チョロッ!こんなんじゃなくてさ!!
もっと、為になるトレーニング法を教えてくれよ!!」

と、オブシディアンに口答えしてしまった。そんな様子のゴウランにオブシディアンは


『“急がば回れ”だ。まず、君はそのトレーニング一つ一つを爪の先までも神経を尖らせ集中して指示通り丁寧に行う事。それだけだよ。
それができたら、血反吐が出るくらいの稽古をつける事を約束しよう。
このトレーニングをやり遂げられたらの話だけど。』


そう言って、君にできるの?とでも言いたげな目でゴウランを見てフと冷笑していた。

ゴウランはもちろん、ムカつき過ぎてカッとなり


「バカにするなっ!!?俺は、こんなヘボいトレーニングなんてチョロいんだよ!やってやるよ!約束は守れよな!?
こんなの学校の訓練よりずっと楽勝だっつーの!」


と、バカにされたと思い、怒りで顔を真っ赤にさせプンプン怒りながらトレーニングをしに公園へと出向くのだった。

公園へ向かう途中、ふと“血反吐が出るくらいの稽古”という言葉を思い出し…全身に寒気が走りブルッとしたが。

その後ろ姿を見ながらオブシディアンは


『…さて、いつまで続くものやら。』


苦笑いしていた。


そして、余裕しゃくしゃくのゴウランだったが、やってみると思いの外キツくて驚いたが頑張れば大丈夫と気合いを入れてトレーニングしていた。


…が!!?


ゴウランがトレーニングを始めた頃、別のメニューに切り替わる頃、タイミングを見計らったようのプラリとオブシディアンが現れ


『…ん?ボクは君に、爪の先まで神経尖らせて集中。そして、丁寧にって言ったよね?
そんな、適当にやってたんじゃ全然トレーニングになんてならないよ?』


と、言って

腕の角度やら、腰が下がってないだの姿勢を正しくなどなど他にも嫌になるほどたくさん細か過ぎるほど細かい指摘が飛んできた。

うるせー!そんなん関係ないだろ!?と、暴言を吐きながらもオブシディアンの指摘を受け、仕方なく従ってやってみると…


同じトレーニング内容な筈なのに、全然別物に感じるくらいに格段にキツくなった。


…う、嘘だろ!?

これって、こんなにキツいものなのかよ!!?

まだ、朝のトレーニング始まったばっかだぞ?

こんなんで、朝のトレーニング全部こなせんのかよ、俺…

…いや、朝だけじゃない!夕方もあるんだった!!しかも、夕方が一番トレーニング量多かった気がする!

…ま、まじか!?

舐めてた!

まさか、こんな地味でショボいトレーニングがこんなシンドイなんて…


や、ヤバい…やれる気がしない…


ゴウランは、まだトレーニング開始初日。
朝の序盤中の序盤でトレーニングについていけず、さっそく心が挫けそうになっていた。


ーーーーーーーー

ゴウランが、トレーニングで初っ端から出鼻を挫かれていた頃。ソウ達は、チームから抜けたチヨの代わりの護衛を紹介されていた。


「あっはは!こんなとこに呼び出してすまんな。」

と、商工王国聖騎士団長であるハナはファミリーレストランで豪快な笑顔を見せてきた。


「…いえ。」

城の方から大事な話があると連絡が入ったので場所と時間を指定してきたので、おおよその検討がつきつつも指示通りに来てみれば

まさかの騎士団長直々のおでましだ。

驚きと恐れ多さから、ソウ達は心臓が飛び出しそうなくらい緊張していた。

こんな偉大な方が、自分達の所へわざわざ足を運んで下さるなんて…と、もはや驚きが過ぎて驚きでしかない。

指定通りファミレスに入った途端に、ここだと騎士団長であるハナが気さくに手を振って呼んできた時には、信じられないあまり見間違いかと二度見、三度見したくらいだ。ビックリ仰天!


「アッハハ!そんなカチコチにならなくて大丈夫だぞ。早速だが、だいたい察しはついてると思うが、ようやくチヨに代わる護衛が決まってな。」


そう言われて、一行はドキリとしてしまった。

チームからチヨが抜けたからだと分かっているが、チヨの代わりに入る新しい護衛を紹介される。

それは、いよいよもって、もうチヨはこのチームではない、戻って来ないんだという事実をむざむざと思い知らされ、とても複雑な気持ちになった。


「もう、いいぞぉ〜」

ハナが、ゆる〜い感じで声を掛けると
「ほ〜い。」という可愛らしい声と共に、ハナの後ろの席から一人の少女が立ち上がりハナの席の横へと怠そうに立った。


……ギョッ!!?


ソウ達は、その少女の風貌を見て驚いた。

だって…

140cmあるかないかの小さく華奢な体。
こぼれ落ちそうなくらいに大きなクリンクリンなライム色のお目々。色白で、全体的に守ってあげたくなるようなとても儚くも可愛らしい容姿をしてる。

…が!

ケバケバのメイクに、白金髪のツヤサラ綺麗な髪の良さを殺した様な白・ピンク・青・緑・赤のメッシュが入っていた。それをツインテールに結っている。

耳や、瞼・鼻・唇がピアスだらけで、それは人によっては素敵!カッコいいと思われるのだろうが、彼女の可愛らしい容姿が仇となり痛々しく見える。

セーラー服を模した様な服装はかなり着崩していてスカートもパンツが見えそうなくらい短いく、カーディガンの方がスカートよりだいぶ長い。
そして、大きく着崩しているせいで思いっきり派手派手なブラジャーが見えてしまっている。…が、残念ながら胸はブラジャーの必要性を感じない。

そこに網タイツとガーターベルト、ピンヒール。ジャラジャラとたくさんのネックレス、ブレスレット、指輪と…とてもド派手なギャル風であった。


「ちゃーっス!ルンちゃんダヨ。
チヨぴょんの代わりに来たけど、ソウ王子が大嫌いなんでよろしくお願いされないヨ。
ルンちゃん、チヨぴょんみたいに優しくないし、ソウ王子クソだと思ってるんで!」


と、初対面であるソウに向かって、眉を八の字にし眉間にグワっとシワを寄せ威嚇する様に舌をベーっと出し中指まで立てて見せた。
見た目が邪魔をするが、どこぞのヤンキーの様だ。

あと、追加情報でルンがベーっと出した舌にはもちろん舌ピアスがあり、スプリットタン(蛇舌)にしていて痛々しくてソウ達はゾッと寒気が走った。

これには、ソウをはじめピピとゴロウも情報の多さに頭の処理が追いつかずポカーンとしていた。


「ルンはちょっとばかし個性が強くてな。面白いヤツだろ?
ぶっちゃけると、ルンは当初、ソウチームの護衛として選ばれてたんだが、自分の認めたヤツの下にしかつきたくないと駄々をこねてな。
第2候補のチヨが、ソウチームの護衛になったんだよな。」


なんて、軽い感じで喋ってるが、これはやすやすと話していい様な内容ではないんじゃないかと感じる。


「…え?俺の護衛は、最初からチヨって決まっていた訳ではないんですか?」

と、驚きを隠せないソウ。

「…ん?なんで、ソウチームの護衛がチヨと決まってるって思ったんだ?それと、“ソウの”でなく“チームの”、な?」

ハナは少し目を丸くして逆にソウに質問した。それには、ソウはなんと答えたらいいのか分からず口籠もった。

…理由なんてない。だって、自分の側にはいつもウザイくらいチヨが居たから。だから、いつでも何処へでも必然的に金魚のフンみたいに自分にチヨがくっついてくると思っていた。


「なんで、ソウがそんな考えに至ったか私には分からんが、一応教えとくな。
チームの護衛は、これからを担うであろう13才〜22才までの軍人、各訓練学校生の若者達の中から上位優秀者が選ばれる。そこまでは、いいか?」

と、聞くハナにソウは「…はい。」と、答えた。

「優秀者といっても大勢いてな。その中から100人程に絞り、中から更なる優秀者を52人絞り出す。不公平がないようくじ引きして、王位継承権候補達の配属が決まる。」

くじ引き?まさか、そんな感じでチームの護衛が決まっていたなんてとソウ達、そしてルンまでもビックリしていた。

「だが、ルンのようにチームの護衛を辞退する者も僅かながらいる。
その場合、優秀者52人からこぼれ落ちた補欠48名で幾つかの試験が行われ、総合優勝したヤツが選ばれる。それが、チヨだった。それだけだよ。

中には、お前のように何の因果か王位継承権候補達と深い繋がりのあるヤツが同じチームになる事もある。それは、本当に偶然だ。ビックリだよな。

けど、選考の仕方なんて各チームに言ってないからな。この選考基準は知らんだろうよ。」


と、まで言った所で、ソウは信じられないとばかりに驚いてしまった。

優秀者100人にチヨが選ばれていた?
しかも、チーム護衛52人には落ちたが、残りの48人のトップになってチーム護衛を勝ち取るなんて…嘘だろ?あのド田舎者のチヨが?
あんな田舎っぺ丸出しのいかにも鈍臭そうなチヨが?

俺の遊び相手(お友達)だったから特別にって訳じゃなかったのか…。てっきり、俺は…


「チヨはチームリーダー(ソウ)から不要だと除外されてな。本来ならば、残りの補欠者達の中から選ぶ筈だったんだが。
チヨ本人の強い希望で、ルンがお前達のチーム護衛となった。」


「…え?チヨたっての希望だと…?…あ…ですか?」

ピピは慣れない丁寧語に苦戦しつつ、何故だとばかりにハナを見た。

「ああ。実はな、チヨにもチーム護衛の選考の話をしたんだ。そしたら、是非ともルンにお願いしたいと言ってきてな。
チヨが必死になるのも分かる。なにせ、ルンは優秀者トップ3に入る実力者だからな。」

と、ニッと笑った。それに対して、ソウ達は嘘だろと目をまん丸くしてルンを見た。


「ホントは、ルンが認めた人しか受け付けなーい。けどさ、チヨピョンの強い気持ちに根負けしちった。…チヨピョンはマジ、ハンパねーカッチョイイよ!!
ルン、チヨピョンのカッケー思い受け取っったヨ。だから、ソウの事マジ大嫌いだけどチーム護衛やったあげる。マジ、チヨピョンに感謝しろヨ。」


…うわぁ〜、生意気なガキ!!

でも、こんな頭悪そうなガキが優秀者に選ばれるとか…今回の優秀者100人はレベルが低かったんだろうかとソウとピピは思った。


「一応、言っとくけど。ルン、16才だから。」


と、ハナの横に座っているルンはド派手なネイルを弄りながら、事もなさげにぬる〜っと言ってきた。

…う、嘘!!?

小学生かと思った!!!!??

ソウ達は、ルンの年齢を知り衝撃を受けていた。


「私からの話は終わりだ。あと、気になる事はあるか?」

と、ハナが聞くと


「…あ、いえ…」

ハナの豪快な態度に圧倒され、ソウは“無いです”そう言ってしまいそうになったが脳裏にチヨの姿が浮かんでいた。

「…あ、あの!」

聞こうか聞くまいか迷ったソウだったが、今にも帰りそうなハナを見て思わず引き止めるような言葉を出してしまった。
そこで、ハッとしたソウだったが自分の話を聞く体勢をとったハナを見て腹を括った。

「…チヨの事なんですが、チヨが騎士団長様の弟子だという話は本当の事なのでしょうか?」

素晴らしい戦績、後世伝説にも残るだろう逸話を数々残している騎士団長ハナを目の前に、緊張で頭の中はパンク状態だ。
だが、この機会を逃せばこんな話を聞ける事なんてない。今しかないのだ。

すると、ハナの片方の眉がピクリと反応すると
ふーと少し息をはいた。


「ああ、そうだよ。チヨはれっきとした私の愛弟子だ。」

ハナ本人から、その事実を聞き本当だったんだとソウは驚愕に満ちた顔でハナを見た。

「…え?何故、“チヨなんか”を…?」

と、言うソウに、先ほどまで豪快な笑みを浮かべにこやかにしていたハナと、パフェを食べながら怠そうにアプリ携帯をイジってたルンの纏う雰囲気が氷のように冷たくなっていた。
そして、ハナの表情から笑みが消えた。

二人…特にハナの雰囲気がガラリと変わり、空気は凍てつきピシリと固まってしまった。

「他に質問はないか?無いなら帰るぞ。」


…まずい、何か騎士団長様の癇に障ったようだ

…どうして?

と、困惑するソウだったが


「…気分を悪くさせたならすみません。
でも、あの…!チヨをもう一度、チーム護衛に戻す事はできないでしょうか?
今なら、チヨを受け入れられそうな気がするんです!」

勢いのままに、ハナにお願いしてみた。

すると、ハナは一瞬スン…と、無表情になったかと思うとさっきまでのおおらかな雰囲気に戻っていた。


…さっきから聞いてりゃあ、私の大事な愛弟子の事を随分舐めきってるな、コイツ

報告を受けて頭では理解してたつもりだったが、実際に会ってみると…ハア…

コイツ…私の愛弟子の事を自分の奴隷か何かと勘違いしてやしないか?

…チヨの今までを返してもらいたいくらいだよ、まったく

チヨもこんな奴のために…本当バカだよ、チヨは…バカ!


と、内心、腑が煮えくりかえりそうになり
今すぐにでもソウをブン殴ってやりたい気持ちだったが、それをグッと堪え


「アッハハ!自分で追い出しておいて、随分都合がいいな。」

たっぷりの嫌味を込めてそう言ってやった。
すると、ソウは都合悪そうにグッと息が詰まっていた。

それを見て、フンと鼻を鳴らし


「まあ、“チヨ如き”お前が気にかけるような存在じゃないだろ。それに、チヨはお前という重荷から解放されて、大好きな恋人の為に絶賛花嫁修行中だ。」

なんて、フフンと得意気に笑ってソウを見た。

その話には、ソウだけでなくピピやゴロウももの凄い衝撃を受けた。


………え………?


ハナの話にソウは


…は?いやいや!


「…いや、あのアイツ…チヨには恋人なんていないはずですが?」


チヨに恋人なんてできる訳ないだろ

もし、できたとしても相手は、モテなすぎてチヨで妥協するしかないブ男とか底辺男だろうね

いや、それでもチヨに恋人って…ないない!

どう、考えたってあんなの受け入れられないでしょ!


何のデマ情報だよと、ソウは少し鼻で笑ってしまった。

みんな、ソウの様子から考えてる事があけすけに分かってしまった。

「…お前、分かってるか?」

と、真顔でハナに声を掛けられてソウはギクリとした。普段、おおらかで怒りそうにない人間が急に真顔になるのだ。このギャップ…非常に怖い。

「お前がチヨに対して感じ思っている事は、お前が幼少期から一番憎しみ悩まされていた事なんじゃないのか?それをお前がするのか?」

と、言うハナの問い掛けに、ソウの笑いもすっかり引っ込んでしまい

…え?

ハナの問い掛けに疑問を抱いてしまったし、俺の何が分かるんだと怒りも込み上げてきていた。


「それもそれ。あと、お前。チヨに対して盛大な勘違いもしてるかもな。一応、念のために聞いておくが…。まさかとは思うが、まさかのまさか…」


ハナは面倒くさいなとふーっと息を吐き、面倒だが一応確認しておくかという感じにソウに話し掛けるも

主要な部分を出し惜しみして、ソウを苛立たせてちょっと楽しんでいる様でニマニマしながらソウを見ている。


何だっていうんだ

何でこんなに、しつこいくらい話を引き伸ばしてるんだ?

喋るなら、さっさと喋りなよ


さっきのハナの言葉に、すっかりご機嫌斜めになったソウはイライラしながらハナの言葉を待った。


「まさかとは思うが…。お前、チヨに好かれてるなんて盛大な勘違いしてないだろうね?」


と、言ってきたハナに、ソウだけでなくピピやゴロウまでも

……???

ハナの言葉に理解が追いつかなかった。


「…ん?あー…、私の言い方がヘタクソだったか。こういえば、伝わりやすいか?
チヨにとって、お前は恋愛対象外。
チヨはちっちゃい頃から“アイツ”の事が大好きだったからな。もちろん、恋愛の意味でな!
アッハハ!」


その発言には、ソウ達は驚きと衝撃で言葉を失いハナを凝視していた。


………え???


ーーーーーーーー


ゴウランが、オブシディアンから言い渡された初めての朝のトレーニングに出た後、しばらくしてからの宿内では

「…まったく、アイツは何をやってるんだ?」

と、宿の食堂で朝食をとりながらヨウコウはボヤいていた。
そう、昨晩の話だ。ゴウランは相談したい事があると改まったようにヨウコウに言ってきた。何事かと話を聞いてみれば

「これから、朝、晩と軽い運動をして体を動かしたい。だから、一緒に行動できない事も増えるがいいか?」

なんて言ってきたのだ。

別に運動したけりゃ好きにすればいいし。
どうせ厳しい旅で必然的に勝手に実力がついてくるんだから、わざわざそんな疲れるだけの面倒な事しなくてもいいと思うのだが…。

そんな事してたら、旅の疲れもとれないし心も休まる時がないだろう。今のうちに休めるだけ休んで、遊べるだけ遊んだ方がいい。

そう説得してみるが、心も体も強くしたいと頑なだった為OKサインを出した。


で、さっそく、自分達が目を覚ます前にはゴウランの姿はなく、トレーニングをする為に早起きをしている真面目過ぎるミオでさえゴウランの姿を見なかったという。

どれだけ張り切ってるんだ、アイツは。
…まあ、何かの気まぐれだろうから直ぐに飽きるだろうとヨウコウはたかを括っていた。

もちろん、この話題でヨウコウとミミは盛り上がり、ミオまでも三日坊主じゃなきゃいいんですけどねと呆れた様子で朝食を食べていた。

この時、ここに居るみんなが思っていた。

ゴウランの気まぐれだろうし、どうせすぐ飽きるだろうと。いつまで持つか見ものだと笑っていた。
まあ、飽きた時にはからかってやろうとその話題で盛り上がっていた。その時までは…

この時、…いや、その前からミミはちょっぴりだけ気がかりな事があった。

女神像破壊の容疑を掛けられ、恋人のレッカと共に警察に連行されたあの濡れ衣事件である。
実は、あの日以降レッカと連絡がつかずいるのだ。

だが、ミミにはいっぱい恋人やセフレがいるので、別にいいっちゃいいのだが。
レッカは今のところ、新しい彼氏なので新鮮な事もあり一番のお気に入りだ。

だから、早く会ってイチャイチャしたい。なのに、連絡つかないってどういう事だと考えイライラしていた。

その時だった。


「…あ、あれ。」

と、驚いた顔でミオが食堂で流れるテレビを指差した。

すると、そこにはデカデカとレッカの顔がテレビに映し出されており


『彼は、商工王国出身でありーーーーー』

ニュースのアナウンスが流れていた。それに対しミミは、目をキラキラ輝かせ席を立つと


「ゴホンッ!突然ですがぁ、みなさぁ〜〜ん!
テレビに映ってるぅ、カッコいい男性わぁ。
実わぁ、ミミの大切な大切な彼ピッピなんですぅぅ〜〜〜!!」

と、可愛子ぶりながら食堂にいる人達に、彼氏自慢をし始めた。

「テレビに出ちゃうくらい有名人なんですぅ〜。ミミとぉ、お似合いカップルって感じでぇす!」

なんて、自信たっぷりにドヤ顔しながら可愛いポーズをとって自分可愛いアピールをした。

しかし!

周りの反応が自分が思っていた反応と違い、ミミはおかしく思った。

本当なら、ここでミミの事を“彼氏凄い”“ミミちゃん可愛い”“お似合いだよ”なんて、ミミとレッカをもてはやす大歓声が聞こえる予定(ミミの中で)なのだが…。

いくら待ってみてもそんな声なんて聞こえてこないし、何故かシーンと静まり返る食堂。


…あれれぇ?

おかしいな?

もしかして、ミミのピッピが凄すぎてみんなフリーズしちゃってるのかな?

なんて、ミミが首を傾げていると


『レッカ被疑者は、12才の児童に対して複数回わいせつな行為を重ねていたとして逮捕起訴された事件です。
淫行・わいせつ罪に問われているレッカ被疑者は、他にも同様の罪があるとして取り調べ中です。』

静まり返った食堂内に、ニュースのアナウンスが響き渡っていた。


…レッカ被疑者?

児童淫行、わいせつ罪???



ニュースを見てヨウコウ達は、まさか自分達が見知った人に犯罪者が出るなんて…と理解に頭が追いつかずいた。


………え???



ーーーーーーーー


ソウチームに新しいチーム護衛を紹介し終えたハナは、アイツら大丈夫かねぇ?なんて考えながらファミレスを出た。

すると


「おかえり。俺のマイホイップちゃん。」


と、予想外の人物がハナを待っていた。


……ん?

確か、コイツ…今日は溜まりにたまった書類整理(ハナがサボったせい)してるはずじゃなかったか?

なんで、こんな所に…


本来ここに居るはずのない人物に、ハナが驚いていると、気がつけば


「……んん!??」


自分がいた場所と全く別の景色にいた。しかも、なんだか…この場所知ってる気がするとキョロキョロ見渡せばやっぱりそうだ。


「私ん家じゃないかーーーーーっっっ!!!??」

ハナのプライベートな空間である家のリビングに立っていた。


…ドッキドキドキ!!!

「…いやぁ〜、驚いた!ビックリし過ぎて心臓がバクバクいってるよ。あはは!」


何が驚いたって、コイツはこの世界で使える者がいないとされてた“ワープ(瞬間移動)”できたって事。

それだけじゃない。魔導どころか魔法も使えないハナだが、色んな強者を見てきたからこれくらいは知ってる。

ワープだけでもえげつないってのに、自分だけじゃなくハナまでも移動させた。挙げ句、ハナに触れてもいないのにだ。

もう一つ付け加えるなら、ソウチームにルンを紹介しファミレスを出た時、ハナと同じくらいに出た客も数名いた。つまり、ハナのすぐ近くには数人いたはずだ。

だが、その中から目的の人物だけ目的の場所へとワープさせたのだ。


もう一つ、驚いたのが


「私が言うのは違うんだが…おまえ、仕事終わってないだろ?
きっちり仕事をする堅物なおまえが、仕事を放棄するなんて考えられないんだよね。どうした?」


そう。ハナの目の前にいるこの人物は、見た目こそヤンキーだが仕事に関しては至極真面目。
少しのズレや乱れも許せない様なエリートくんなのだ。

そんな彼が、目の前にやるべき仕事をほったらかしにするなんて信じられない。

…ま、まさか、机の上に置き切れず床にまで何列にも積み重なった書類を半日も掛からず終えたというのか?

いやいや、さすがに何年も一緒に仕事をしていてハナだって知ってる。天才だの秀才だの言われてる彼だが、あの溜め込んだ書類(ハナが)を片付けるのに最低でも5日は掛かるって事を。

…定時の時間にもまだ早いし…

と、難解な謎解きとばかりに、んん???と、ハナは腰に手を当て考えている。


「ハァ〜ナ。俺は、仕事なんてどうでもいい。」


ソイツは、いつの間にかハナの間合いに詰め寄ってきたので、ハナは咄嗟的にソイツを床に投げた。が、ソイツは床に叩きつけられるギリギリの所で得意の魔導で衝撃を無くし、ハナの丸太の様なぶっとい首に両手を回して

…チュ!

小さく啄む様なキスをし、ハナを驚かせた。


「…お、おまっ!?ど、どどどうした?
いつも、仕事中には盛ってこないだろ!?それに今…おまえなんて言った?仕事人間のおまえがそんな事言うはずがない。
今日、なんかおかしいぞ。フウライ!何か、あったのかい?」

ハナが驚くのも仕方ない。

ハナの仕事の相棒でありプライベートでは夫であるフウライは、クソ真面目な仕事人間である。しかし、仕事とプライベートは別物と考えスッパリと切り分けられる器用な人間だ。

そんな彼が、“仕事なんてどうでもいい”そんな事言うのはどうもおかし過ぎる。


「何をそんなに驚いてる?」

ハナの心が透けて見えてるくせに、わざとらしくとぼけるフウライにハナは


…んん?

と、更に首を傾げる。
頭を使う心理戦は大の苦手だ。


「…ああ、そうだ。俺とした事が言い忘れてたな。」

またもわざとらしくフウライは、あたかも今、思い出したかの様なダイコン芝居をしてどこからともなく二枚の封筒を手に持っていた。


…ビクッ!


……うおっ!!!?

まったく、コイツはサラッととんでもない魔導使ってくるね

あまりに、華麗過ぎてマジックのパフォーマンスを見てる気分だよ


と、フウライのハナ限定エンターテイメントにとんだ魔導を披露され、いきなり現れた封筒に思わずハナは小さく体を飛び上がらせた。


「そう。これ、俺とハナの辞表。」


ニッコリと笑って、ピラピラと自分とハナの辞表二枚を見せるフウライ。

一見、とても素敵な笑顔だが目が笑ってない。その目の奥に秘められた心情はドロドロに濁り渦巻いているように感じる。

フウライは分かっている。

国にとってハナは偉大なる存在、立場である事。戦いの中で生きがいを見出している事。
適当に見られがちだが、ハナは国や王に絶対的な忠誠心を持っている事など。

言ったらキリがないくらいにハナは背中に特段大きなものを背負い込んでいる。

だから、ハナは辞めない。辞められる訳がないのだ。

…そう、分かりきってる事。


ならば、俺は力づくでもハナを辞めさせる。
そうなれば、王や兵達がハナの辞職を認めないだろう。ハナも辞めない。

…だったら、閉じ込めてしまえばいい。

俺とハナ、二人だけしかいない世界に。

今までは、もちろん色んな苦難や困難なんてものは数知れずあったが、それらを乗り越えてきた。

なんだかんだ…ハナと仲間達に囲まれここに来て本当に良かったと思えるほど充実した毎日だった。


だったはずだが…“ダリア”


あの圧倒的力を感じ取った時

大親友のリュウキが行くならと、危険を顧みず平気で未知なる場所へと飛び込んで行ってしまうハナの無謀さ

……怖いと思った

ハナを失うかもしれないという恐怖でおかしくなりそうだった

今までも、危険だ、無謀だ、と、心をすり減らし生きた心地がしない事も数知れないほどあった

…あったが、今回は違う…

あれは、もはや人間の域を超えてる

自分達が、どうこうできる様なものじゃない!!


…底知れぬ恐怖…

ハナを守ってやれない恐怖


あの恐怖を味わってしまったら、もうダメだった


ハナ…お前、分かってるのか?

俺の…俺の気持ちっ!分かる訳なんてない!お前、マジでバカだからさ!!


なら、力づくで実行するしかない



フウライは、そんな気持ちを心の中だけでグチャグチャと煮詰め秘めて、表面上ポーカーフェイスを決め込んでいる。



しかし







「そっか!いいぞ。」



「……え?」


虚をつかれた様な顔をするフウライの胸の真ん中に、トンと指をさすと


「本当、かわいいよ。おまえ!」


ハナは、ニカッっと笑って見せた。




…………え???




ーーーーーーーーーーーー


【商工王国城】


「………は?ハナとフウライが、一週間連続無断欠勤だと!!?…いや、その前に何故、無断欠勤したその日に報告に来なかった?」


聖騎士団秘書の雲雀(ひばり)の報告を受け、リュウキはムスッと不機嫌にヒバリを見てきた。


…ゾッ…


「…はい。なんと言いますか…その…」


「言ってみろ。」


「…はい。今の今まで全く連絡がつかず。何かの事件に巻き込まれたのかとも考えたのですが…。どうも、副団長の様子がおかしく…その…おそらく…」

口籠もるヒバリに、リュウキは


「言え。」

強い口調で言う事を強要した。

…ゾッ…

…ヒッ!!?

何で自分がこんな目に…

と、最近、親のコネでこの仕事に昇格したばかりのヒバリは背筋を凍らせながら、手の掛かる上司二人に心の中で恨み言を言っていた。


「…は、はい。連絡がついたのは、つい先程。
副団長のフウライ様からの電話でした。
内容は“団長と一緒に仕事を辞める”と。そんな内容の連絡でした。」

きっと、その内容に未だ信じられない気持ちなのだろう。ヒバリは現実を受け止められずふわふわした気持ちでリュウキに話している様に見えた。


「分かった。」

「……え?」

リュウキの答えに、ヒバリは動揺を隠せず放心状態でリュウキの顔をポカーンと見ている。


「……い、今、なんと?」

「“分かった”と言った。以上だ。」

これ以上、何も言う事はないとばかりにリュウキは自分の仕事をし始めた。

そんな様子のリュウキに


……え?それだけ??

ヒバリはただただ、困惑し呆然としていた。

そんなヒバリに対しリュウキは


「…いつまで、そこに居るつもりだ。気が散る。さっさと退け。」

不機嫌にギロリと見れば、ヒバリは


「…ヒィッ!は、はひっ!?し、失礼しまふっ!!」

と、恐怖で背筋をピーンと伸ばしお辞儀をすると逃げるように王室を出て行った。

ヒバリが去ってから、リュウキはフゥー…と長く息を吐き


「…そうなるだろうな。ハナは理解してるか分からんが。」

リュウキは、深く椅子に腰掛けると7年前の出来事を思い出していた。

この国に移住しここの騎士団に入団すると乗り込んできた貴族の少年の事を。