イケメン従者とおぶた姫。

オブシディアンからロゼと大聖女とのやり取りの話を聞いていたサクラ達は

大聖女達がやりたい事を何となく察していた為、大聖女達にあえて何も言う事なくその行動を見守っていた。

ただ、やっぱりこちらの了承も得ず強引に、部屋に押し入られるのはいい気分はしない。

しかし、あの“危険物”を回収してもらえるのだ。それだけは有り難かった。
だから、不愉快な気持ちはあるが黙って見ていたのだ。

そこで、人の声や物音がうるさくて目を覚ましたロゼは
これは一体何事かとショウに聞き、うまく答えられないショウの代わりにサクラが事の顛末を説明した。
それを聞きロゼは、何故か切なそうな表情を浮かべ黒いダイヤで覆われその上にシーツを被せられた少年を見ていた。

そして

「…これで良いのじゃろうか?」

と、ポツリと呟いた。


少年を覆うくらいの黒い透明な宝石。
よほど、重量があるのだろう。兵二人がかりではとても持ち上がらず大聖堂の兵に急遽応援を要請している様だった。

その間に、大聖女はようやく後ろを振り向きショウ達に声を掛けた。


「突然、この部屋を訪問した事、お許しください。」

と、大聖女がお手本通りに姿勢正しく頭を下げると、それに続き聖女、大神官、兵達と続き頭を下げてきた。


「ディバイン様が復活なさって気配を感じたのは一瞬の事。
そのあと、直ぐに気配は消えしばらくの間、気配を感じ取る事ができなくなりました。ですが、また気配を感じました。
また、気配を見失ってはいけないと、ディヴァイン様の気配を辿りここに行き着いたのです。」


そんな事だろうと思っていたサクラ達は、何も言及する事なく黙って聞いていた。

それに対し、この方達は少しも驚く様子も見せず何故こんなにも大人しいのかと不可解に思いつつも大聖女は話を続ける。

一部…とても肥えた少女だけが、何事かと理解できずパニックになっている様だが。この少女だけ、まともな反応だと思った。


「…何故、この場所にディヴァイン様がいらっしゃるのか分かりませんがディヴァイン様はこの国を創った王です。
本来、王のいるべき場所へと連れて帰ろうと思います。」

と、慈愛のこもった表情でこちらを見てきた。

だが、それに反応するのは、やはりとても肥えた子供だけで他は自分に何ら反応もしていなかった。

こんな反応は初めてだ。
…いや、少し前にもあった。
まだ、ディバイン様が不完全な姿であった時、出会った時もこんな反応をされた。

とても肥えた子供だけは、ホゥ…と頬を赤らめ神聖なる者を見るかの様に大聖女に見入っている。これが普通の反応だ。なのに…。

それよりも、この方々はディヴァイン様と一緒にいて何故こうも平然としていられるのかと大聖女は引っかかりを感じていた。

そんな中


「…呼ばれてる…」

と、ショウは小さく呟いた。

その小さな小さな呟きに、サクラとロゼは大きく反応しショウを見た。

これで二度目だ。
この国に来てからもショウは、なんだか自分が呼ばれている様な気がしてならなかった。

言葉でも声でもない。ショウの心に呼びかけてくる様な誰かの感情の様なものが伝わってくる。

それは、ロゼを救出してから更に強く聞こえる気がする。

“ここだよ。ここにいるよ。おいで。”

そんな風に聞こえる。


その声に導かれるまま動いたら、気づけばとても美しい少年の前にいた。
だが、そのせいでサクラにとても心配を掛けてしまった。

サクラが心配するくらいだから、あの美しい少年は危険な何かなのかもしれない。

けど、美しい少年の

“寂しいよ、寂しいよ、どうして来てくれないの?行かないで”

と、いう悲痛な声が聞こえて、あまりに可哀想で胸が締め付けられる思いがして。
ショウは今すぐにでも少年の元へ駆けつけたい衝動に駆られた。

しかし、サクラに心配掛けてしまう事を知ったから、少年の呼びかけに対し

“ごめんね、ごめんね。”

と、心の中でいっぱい謝りながら耳を塞ぎ耐えていた。

すると、ショウの様子がおかしい事に気づいたサクラが慌ててショウをギュッと抱きしめてきた。

「ショウ様…また、“聞こえる”のですか?」

と、サクラは心配そうに声を掛けた。

「…うん。“寂しいよ、こっちに来て。”って、聞こえる気がするの。
…ずっと、ずっと呼ばれてる気がして…。
何だか、可哀想な気がして…放っておけない気持ちになるの。」

自分を呼ぶ声が何だか懐かしくて可哀想で胸が締め付けられる。
ショウは泣きそうになりながらサクラにその事を打ち明けた。

すると、ショウを抱きしめるサクラの手に力がこもり少し震えていた。


…あ、また、サクラに心配掛けちゃったのかな?

言わない方が良かったかな?

…私は、いつもサクラに迷惑ばっかり掛けちゃう

今だって、誰かの声が聞こえて…そのせいでサクラに心配掛けちゃってるし

…どうして、自分はこんなにダメダメなんだろう?

と、ショウはしょんぼりと落ち込み、ポロッと涙をこぼしてしまった。
それでも、自分を呼ぶ声は止む事なくショウを呼び続けている。

サクラは何もできず

ただこうやってショウ様を抱き締める事しかできないなんて

こういう時、なんて声を掛けたらいいのかも分からない

ショウ様が苦しんでる時も何の役にも立てない

…情け無い…

と、自分を強く責めギリッと下唇を噛み、悔しさから体を震わせていた。

そこに

ゲシッ!

「……痛っ!!?」

サクラは自分の後ろ脚に衝撃を感じ、その原因である後ろを振り向いた。

すると、そこには想像していた通りの人物が、腕組みをし悪そうな笑みを浮かべながら自分を見ていた。

こんな時に何を悪ふざけしてるのかとイラッとして、自分を足蹴してきた人物ロゼを睨みつけた。

すると


「おうおう、怖いのぉ〜。弱っちいくせに威勢だけは一丁前じゃのぉ〜。」

と、悪ぅ〜い顔でケラケラ笑いながらサクラをおちょくってきた。

「…あ"?テメー…、ショウ様が心を苦しめている時に何ふざけてやがる。」

サクラは、額に青筋を立て凄んだ顔をした。

「ふざけてはおらんよ。
天守であるソチが冷静さを失っては、ただただお主様の不安を煽るだけじゃ。」

と、指摘されショウを見ると、可哀想に…。不安で押しつぶされそうになっているのか肩を震わせ声を出さないように泣いている。
おそらく、サクラに心配掛けまいと泣かない様に食いしばっているのだろう。

そんな気持ちが伝わってきて、こんな時だが自分を思って頑張ってくれている事にサクラは心が温かくなり嬉しい気持ちが込み上げた。

同時に、こうしている間もショウは懸命に自分に呼びかけてくる

“正体不明の声”

と、戦っているのだ。…力になりたい、ショウ様を助けたい、その気持ちが強く出てきた。


「それに諦めるのは、ちとばかし早いのではないかえ?
何の為に天守が二人いると思うておる?お主様を想う気持ちは我とて同じ。」

と、ロゼが言った所でようやくサクラは、ショウとロゼを見た。

「我はお主様の心の中に入り込み、原因を探ってみようかと思うがソチはどうする?我がお主様を救い出す勇士を、指を咥え黙って見ておるかえ?」

ロゼが挑発的にフフンと、サクラを見下ろし笑うと

「…ハンッ!笑わせるな。
俺がショウ様を救い出す!テメーなんかの世話になるかよ。
さっさと俺も連れて行け、バカ猫。」

サクラはイライラした様子でロゼの挑発を受けた。

「ほんに、ソチはお主様以外には粗暴な男よのぉ。二重人格を疑いたくなるレベルじゃ。」

と、ロゼは遠い目をしながらサクラを見つつ


…まあ、そんな事はどうでもよいが…

お主様を一刻も早くしつこい声から解放させんと可哀想じゃ

このままでは心を病み、ノイローゼになってしまう

ショウが心配で堪らないロゼだが、サクラが冷静さを欠いていた事で逆に自分が冷静でいられたと苦笑いし

「さて、我はお主様の中に入り込んだ時が合図じゃ。サクラはお主様の後頭部から意識を入り込ませればいい。」

と、説明するが、オブシディアン達は説明の意味を理解できなかったが

何故かその説明だけでサクラは理解したらしい。

サクラは

「ショウ様、安心してください。」

ショウに優しく声を掛け
そっとショウから離れ、ジトっと嫌そうな顔でロゼを見つつも嫌々ながらショウをロゼに託した。

ロゼはショウの顔を覗き込むと

「大丈夫じゃ、お主様には我らがついておる。」

と、ニッと笑い、正面からショウをギュッと抱きしめ

「…うむ。この体勢では身長差がある故、ちとばかしキツイのぉ。」

そう言って、ショウをフワリと自分の背丈の高さまで浮かせるとおデコを合わせ、呪文を唱えた。

ロゼの額から、古代文字の様な金色に輝く光が飛び出し幾重にも重なり見えた。それがショウの額に伝わりゆっくりと流れ込んでいく。

それを合図に、サクラはショウを後ろから優しく抱きしめそっとショウの後頭部に額を合わせた。

それに共鳴する様に、少年を覆った黒いダイヤも黒く輝きロゼ達と同じく古代文字の様な金色の光が少年を囲う様に大きく浮かび上がっている。


「…大聖女様っ!ディ…ディヴァイン様がっ!!?」

「何が起きたというんだ!?」

「私達は、どうすれば!?」

この現象に、大聖女達は何が起きたのかと驚いていた。

大聖女はディヴァインがここに姿を現した事と、ここに居る旅行者達が何かかしら関係があるのかもしれないと感じ、ここに居る旅行者達の姿を改めてしっかりと見た。

ディヴァインと共鳴するように何かかしらの魔導を発動させている人物達を見ると、そこには目を奪われる程までに美しい二人の少年がいた。

ディヴァインの絶美なる姿を見た後でさえ美しいと感じる。
その二人が一人の超肥満の子供を大事そうに前後から抱き締めている異様な光景が見えた。


「…あの方達とディヴァイン様が共鳴している様に感じるのですが、あの方達は一体何をしているのでしょうか?」

大聖女は、とり乱れる心をなんとか抑え平静さを崩さないようオブシディアンに聞いてきた。

大聖女の言葉に、大神官がハッとした表情をし


「…ま、まさか、貴様らがディヴァイン様の目覚めを妨げているのか!?」

と、恐ろしい形相でオブシディアンを責め立ててきた。


「…最悪だ。勝手にズカズカと部屋に入って来たかと思えば、こっちの意思も関係なく勝手に騒ぎ立て勝手にこちら側を悪者扱いし責め立てる。一体、何がしたいのだ?」

シープは、呆れた表情で大神官を見た。
その態度に大神官は、ますます顔を真っ赤にし


「貴様らしかおらんだろ!?
ディヴァイン様のあまりの美しさに心奪われ拉致したのだろう!
しかも、ディヴァイン様欲しさに妙な術まで使って!!?貴様らはディヴァイン様に何をするつもりだ!??」

シープ達を、悪者と決めつけ怒りのままに責め立ててきた。

「…気持ちは分かりますが少し落ち着きましょう。
今、色々な事が一度に起きてしまい、私達は冷静さを失っています。このままでは、何も解決できません。
まずは、あの方達の話を聞きましょう。」

と、大聖女は大神官を宥め制した。


『まず、最初に言っておく事があります。
ボク達はあなた方に危害を加える者ではない事。そして、今何が起きているのか自分達も分かっていない事を前提として知っておいて下さい。』

オブシディアンが丁寧語を喋ってる事に、シープはビックリして思わずオブシディアンを凝視してしまった。

…え?

オブシディアンって丁寧語、使えるんだ

と。ちょっと失礼だ。

オブシディアンの男とも女とも取れる何重にも重なる様な奇妙な声。
そして、口を動かしてないのに自分達の耳に言葉が伝わってくる事に大聖女達は違和感を感じ困惑した。

「…き、貴様っ!?やはり、只者ではないな!正体を現せ!」

大神官は、そんなオブシディアンを気持ち悪く思い少し腰が引けながらも果敢に突っかかった。


『これは、これは。申し訳ありません。
ボクは見ての通り障害者です。これだけ言って分かっていただけるでしょうか?
それとも、もっと詳しくお話ししなければならないでしょうか。』

そこまで言った所で


「…いえ、結構です。私達の「障害者のふりをしているのではないか!?その包帯だって我らを欺く為のものだろう?」


大聖女が頭を下げ謝ろうとしていた所に、大神官が割って入りオブシディアンを怪しみ正体を現せとまた責め立ててきた。

それには、シープもカッとなり

「ふざけ『シープ。大丈夫だ。』

怒鳴り散らそうとした口をオブシディアンの手で塞がれ言葉を発する事なく、塞がれたままモガモガと何かを怒鳴っていた。

『相手は国のトップだ。それに、必要以上にこちらの正体を明かしたくはない。だから、あまり騒ぎを起こすのは得策ではない。』

と、オブシディアンは怒れるシープを何とか落ち着かせようと説得した。

すると、次の瞬間に大神官からとんでもない言葉が飛び出してきた。


「包帯男め!脱いでみろ!脱いで自分達が潔白だと証明しろ!!」

その言葉に、シープだけでなく大聖女や聖女達も驚きを隠せなかった。

「…なっ、何を言ってるんですか!!?」

「あの男を裸にする必要性が分かりません!」

と、ずっと口を出さなかった聖女達も思わず口を出してしまった。

「黙れっ!出来損ないの聖女どもめがっ!!ハハ!どうした?
何か後ろめたい事でもあるのか?自分が潔白ならば見せられるだろう?」


そう嘲笑う大神官に大聖女も憤りを感じたが、確かにオブシディアン達を信じる気持ちよりも疑わしい気持ちの方がずっと優っていた為

あえて大神官を抑えつける事はせず静かに見守っていた。

きっと、大神官はこの者達の真意を見極める為にわざと悪役をかっているのだろうと思いたかったからだ。

それに対しオブシディアンは


『…なるほど。ボクが裸になってあなた方にボクのこの醜い体を見せれば信じてもらえると。そんな事で、信じてもらえるのなら喜んで裸になりましょう。』

そう言って、必死になってシープが止める中『大丈夫だ』とシープを宥めながら服を脱ぎ、全身に巻かれた包帯を解いていった。


シープは酷くショックを受けた。

確かに、オブシディアンの裸には興味があった。全身包帯グルグル巻きでどんな顔をしているのか、どんな体をしているのか。

どんな理由で包帯で自分を隠しているのか知りたかった。

だが、違う。

こんな…高圧的になんて絶対あってはならない。権力を使った暴力だ。

しかも、こんなたくさんの人のいる中、好奇の目で一人、裸になるという侮辱行為を受けるのだ。差別的虐め、辱めとしか思えない。


目の前の奴らみんなが悪魔に見える。

解かれていった包帯から見えた左腕は大小の切り傷や肉が抉れ、肌も茶色く変色し形も変形していてとても痛々しく…醜いものだった。

現に

「…ヒッ…!!」

「……うわ……」

「…気持ち悪…ハッ…!」

など、オブシディアンのあらわになった左腕を見て、聖女や兵達は青い顔をして気味悪そうに顔を背けてしまっていた。


見せろと言ってコレかよ…


シープは、聖女や兵達の反応に、フツフツとどうしようもない怒りが込み上げてきた。

それに、オブシディアンだけ裸になるなんて不公平だ。そう思ったシープは


「…オブシディアン。お前だけに嫌な思いはさせない!」

そう言って自分も脱ぎ始めた。

いきなり、脱ぎ始めるシープに聖女達女性陣は思わずキャッと顔を赤らめ両手で顔を覆った。

無理もない。

シープもまた、極上のイケメンなのだ。

しかも中性的な容姿な為、同性である筈の兵達もドギマギとしてその様子をゴクリと喉を鳴らせ凝視していた。

…ガシッ!

「…なっ!何をするんだ!!離せっ!」

どんどん脱ぎ始めるシープの手を掴み止めるオブシディアンに、シープはボロボロと涙を零しながら講義した。

『その気持ちだけで十分だ。』

そう言って、大丈夫だからと首を振った。

「…バカか!?俺も男だ!
裸くらい何ともない!!だが、お前は……っっ!!」

シープは、威勢を張りオブシディアンの痛々しい左腕を見て目を伏せた。

その様子を見ていた大聖女達は、自分達は何て事をと心が痛んだ。

「…もう、十分です。あなた方の言い分を信じましょう。」

大聖女はそう言ったが

「茶番だな。我らの情の煽ろうという作戦か?見苦しい。」

大神官は、情に訴えかけても無駄だとばかりにオブシディアンを煽ってきた。

「…なっ!もう、いいではありませんか!?何故、こうも彼らを疑うのですか?」

「これは、我らに情で訴えかける奴らの演技の可能性があります。騙されてはなりません!
大聖女様は、心から彼らを信じると仰るのですか?」

と、いう大神官の言葉に大聖女はたじろぎ俯いてしまった。

コイツらの上下関係はどうなってるんだとシープは、大神官に強く出られない大聖女に違和感を抱いた。

そんなシープに


『シープ、聞いてほしい。ボクは隠密としてどんな境地に立たされても心が折れないように訓練を受けてきた。
だから、裸くらい本当に何でもないし、自分の事ならいくら悪く言われたって平気だよ。
だから、ボクの体を見せるだけで危害を加えてこないと言うのなら有り難い話だ。』

と、オブシディアンは言葉飛ばしで話しかけてきた。

その言葉を聞き、シープは悲痛な面持ちでオブシディアンを見てきた。

「…なに、言ってるんだ?
屈辱的虐めを受けても大丈夫なんて言うな。悪口を言われて平気なんて言うな……自分の事…もっと大事にしろよ…」


と、オブシディアンに抱きつきシープは泣いた。

『…シープ、君は優しいな。
…だが、ボクの体だけで済むな「…嫌だ!お前が良くても、俺が嫌だ!!俺はお前のすぐ自己犠牲で解決しようとする所が大っ嫌いだ。
お前は小さい頃からそうやって教え込まれ育てられたのかもしれないが、お前はもう違うだろ?
お前は、もっと自分を大切にするべきだ。…じゃなきゃ、俺が悲しむ…」

泣いて泣いて、自分の気持ちを訴えかけた。

その姿に大聖女達は心打たれ、大神官が急かすのを強く制し


「もう、いいです。私達はあなた方の言い分を信じます。先ほどまでの無礼、申し訳ありませんでした。」

と、大聖女達は深々と頭を下げてきた。

大神官は面白く無さそうにチッと舌打ちをし

「醜怪風情が調子に乗りやがって。そんな卑しい下種など人ではない。」

誰にも聞こえないくらい小さな声で呟きソッポを向いていたが。

もちろん、その声はオブシディアンの耳には届いている。
こういう時、隠密としての才能と厳しい鍛錬の賜物は諸刃の剣でもある。

聞こえなくてもいいものも聞こえてしまうのだから。


『…いえ。初対面で信じるなんて無理な話です。こんな事でボク達の話に耳を傾けていただける事ありがたく思います。』


シープは大神官の様子を見ていて、何か嫌な事でも言ってるなと感くぐっていた。大正解だ。

…アイツ、本当にむかつく!

怒りでボンボン頭を噴火させながら大神官を睨んでいるシープの顔が、向こうに見えないようオブシディアンはシープの前にスッと移動していた。

動いたと感じさせない動作とスピード、自然さでオブシディアンが移動しただなんて誰も気付いていなかった。