イケメン従者とおぶた姫。

宿に戻ってからがまた大変だった。

ミミは興奮のままに自分の無実を訴え、ヨウコウは親身になってミミの話を聞き、ゴウランとミオは勘弁してくれよ…とゲンナリしていた。

もちろん、サクラ達は自分達は無関係とばかりにミミを気に留める素振りさえ見せず、自分達の部屋に戻って行った。

「…ミミがこんなに可哀想な目にあったというのに。ミミを気にかける素振りさえ見せないとは!奴らには人の心があるのか!」

ヨウコウは、サクラ達の軽薄さに憤慨していた。

「ミミもとんだ厄日になってしまったものだ。
たまたま、気分転換に夜散歩していたら目の前で女神像が壊れ器物破損の容疑をかけられた。
無実だと分かり釈放され宿に向かう途中に、変態に服を破られ上半身を裸にさせられるなんてな。…酷い目にあったな。」

と、ヨウコウは可哀想なミミを抱きしめた。

ゴウランとミオは、女神像の件に関しても何かやらかしたんじゃないかという疑いの目でしかミミを見れなかった。

しかし、世の中には色んな変態がいるなと改めて思った。

夜中に見ず知らずの人に、
自分の裸体を見せて喜ぶ変態とか、盗聴・盗撮して喜ぶ変態など
聞いた事はあるが、まさか魔法を使い女性の上着を剥ぎ取って上半身裸にして喜ぶ変態もいたとは…。


ーーーーーーーーーーーーーー



宿に戻った時、オブシディアンはあえて四人部屋に変えショウ達と共に部屋にいた。

部屋に入るなりロゼは美獣から人の姿になった。

急に人の姿に戻るものだからショウなんて

「…ヒャァァッッ!??」

と、驚きの声をあげていた。

「お主様。すまぬが、変化し続けるには集中力もさる事ながら魔力も使うでな。人前以外では休憩させてもらいたいのじゃが…ならぬか?」

ロゼは申し訳なさそうに聞いているが、そういう態度にはとても思えない。

だって、人の姿に戻ったロゼはすかさずショウにピットリと絡みついてきて、
ショウの耳元で許しをもらう言葉を出しながら言葉の合間に耳元にキスまでしている。

「…そっか。魔法使ってるから疲れちゃうの当たり前だよね!そこまで考える事できなくて、ごめんね?」

ロゼの使った能力は“魔法”ではなく“魔導”であるが、ここには誰もそれを指摘する者は居なかった。
当の本人であるロゼが何一つ気にした様子がなかった事も大きい。

そんな事よりも、ションボリ肩を落として素直に謝ってきたショウにロゼは驚き、少し目を大きく見開きつつショウの次の言葉も待ってみた。

「ムリにネコちゃんにならなくても大丈夫だよ。一緒に旅できるように何か他の対策考えよ?」

と、懸命にロゼの事を考えてくれている主の姿に


…きゅぅぅぅ〜〜〜〜〜んっっ!


ロゼの心は、甘く締め付けられた。

…お主様、そこまで我の事を…

そう思ったら、自分のピンクの衝動を止められなかった。

「…お主様。我は最強ゆえ、変化魔導を使ったくらい何ともない。
それに、変化した姿をお主様が気に入り喜んでくれるのが嬉しい。
じゃから、休憩さえさせてもらえば全然問題ないぞ?」

「そうなの?ムリしてない?」

心配そうに自分を覗き込むショウに、ロゼの心臓はバクバクで

「…全然、ムリなどしとらん。」

「そっか!ありがと、ロゼ。」

ショウが満面の笑みでお礼を言った所で

「…し…辛抱たまらん!!!」

ロゼは我慢できないとばかりにショウをギュウッと抱きしめ、ショウの首筋や顔中にキスを落とすとゆっくりとベットに押し倒した。

そして

「…お主様、これから夫婦の時間じゃ。
我は初めてゆえ、お主様の気持ちいい所いっぱい教えてほしい。」

と、ロゼの声も表情も雰囲気までも、何だか凄くすっごくエッチでショウは思わず赤面してしまった。

雰囲気にのまれ動けずいたショウの顔に、非常に美しい顔が近づいてきて
ショウの心臓は破裂せんばかりにバックバック言ってるし、顔どころか首や胸あたりまで真っ赤かになってしまっている。

そんなショウの姿にロゼは興奮が高まり


…我のお主様、かわいい!

かわいい、かわいい!!お主様…お主様っ!

お主様ぁぁぁ〜〜〜〜〜っっっ!!!


と、溢れんばかりのお主様愛に語彙力を失い、心の中でショウの名前を呼ぶので精一杯だった。
ロゼの心の中は、ショウに対するピンクのハートで埋め尽くされている。

しかし

あと少しで、ショウの唇と自分の唇がくっつくという所で


「…誰がこんな事許すかッッ!!!?」


と、サクラの怒りの籠った怒声とともにロゼは奥襟を掴まれ、力任せにショウから引き離され床に落とされてしまった。

「…イテテテ…!な、何をするんじゃっ!?我とお主様との愛の時間を邪魔するでない!!」

と、ムクリと上半身をあげたロゼは、自分を投げ落とした相手に向かいプンスコ文句を言ってきた。

そんなロゼを見下ろし、鬼の形相でサクラは

「何が“これから夫婦の時間じゃ”だ!ボケッ!!!このクソエロ猫が!!」

ハアハアと怒りで息を切らしていたが、ショウの視線にハッと我にかえると

フー…と小さく息を吐き、乱れた髪と服をピシッと整えいつものクールなサクラに戻った。

サクラは冷たいロゼを見下ろすと

「いいか?現在のショウ様の生まれは商工王国だ。
その国では結婚は15歳以上と法律で定められている。ショウ様もそれで納得している。」

そこまで説明した所で、ロゼは目をパチクリさせ

「お主様も納得しておるのか?」

と、ショウを見てきた。
ショウも結婚は15歳からと知っていたのでコクリと頷いてみせた。
それを知りロゼは、雷に撃たれたような強い衝撃を受けたが

「な、なるほどのぉ。
お主様がそういうのじゃからそうなのであろう。なれば、お主様が15歳になるまで待とう。
それまでは、恋人という事になるな。
それも、また初々しいくて良い!」

なんて、夢に希望を持ち目をキラキラさせ一人で納得していた。それをサクラはシラけた目で見つつ

「…ラ…ニック…」

と、小さな声で呟いた。

「…む?」

なんの事を言ってるのか理解できなかったロゼは、サクラを見てコテンと首を傾げた。

「…だから、プラトニックだ。結婚前の男女がけしからん事をしてはならないと言ってるんだ!」

サクラは額に青筋を立て、らしくも無くロゼを怒鳴りつけた。

サクラの話を聞き、ロゼは

夫婦の営みが“けしからん”とは思えんが…。

確かに、夫婦の営みはウブいお主様にはちとばかり早いやもしれぬ。

…う〜む…

と、どうすればいいか悩みはじめていた。

そこに

「…俺はお前に話さなければならない事がある。」

神妙な面持ちをしたサクラが外で話そうと話を持ちかけ、ロゼは嫌だと突っぱねるものの

“ショウ様に関する大事な話だ”

と、説明した所で、仕方なく渋々サクラの話を聞く為

ロゼは、あからさまに嫌な顔をしつつ

「…お主様、ちぃ〜とばかり出かけて来るでな。
…我がいないうちに浮気なんぞ嫌じゃからな?お主様はとても可愛らしゅうゆえ…心配じゃ…」

ショウから離れたくないと寂しそうな顔をし、ぽん…とやる気の無い変化をし美獣と化した。

「ショウ様。私達は少し話さなければならない事があります。…少しの間、待っていて下さいますか?」

サクラも、少し寂しそうに眉を下げショウに聞くと

「…うん、大丈夫だよ。早く帰って来てね?」

ショウは不安気な声で心細そうに声を出し精一杯二人を送り出そうとしていた。

そんなショウの姿に

ピシャーーーッッ!!

と、ロゼは冷たい衝撃が体の芯に走り、ヒュッ…と心が冷たく縮む思いがした。

「…む、無理じゃ!
お主様を一人ここに残すわけにはいかぬ!我はお主様と残るで、サクラ一人でどこか行くがよい。」

ロゼはシオシオ〜…と心が痛み、我慢できないとばかりにショウの所に残ると訴えた。

…が…

「このバカ猫ッ!俺だってショウ様から離れたくない!
誰の為だと思ってるんだ!!ウダウダ言ってないで、行くぞ。」

すぐさま、サクラに首根っこを掴まれ部屋を出て行ったのであった。廊下からは

「…お、お主様ぁぁ〜〜〜!!」

と、いう悲痛な鳴き声(?)と

「黙れっ!バカ猫ッ!」

なんてサクラの怒号がこだましていた。
力では圧倒的にロゼの方が強いのだが、今現在サクラに弱味を握られた状態のロゼはサクラに逆らえないのだろう。

そんな二人の様子を見て


「…なんか、あの二人って!
…プスッ…プククク…笑っちゃいけないって思うんだけど…!ぷすすっ!」

ショウは笑いが込み上げ我慢できずいた。

「確かに、あれは笑ってしまう。あんな表情豊かなサクラさんは見た事がなかった。」

オブシディアンも何だか可笑しそうに少し笑ってしまっている。

シープはショウとオブシディアンが、何故そんなに面白そうに笑っているのか分からなかったが、
おそらく長い間の付き合いがあって分かる事なのだろうと、少しだけ疎外感を感じちょっぴり寂しく思った。

ただ、あの二人のやり取りを見ていて感じた事はショウ達の考えと一緒だろう。

「あの二人はまるで…」

シープは少し微笑ましい気持ちで言葉にした。

「二人が仲良しな事は嬉しいはずなんだけど…。サクラのあんなに生き生きした姿見た事なかったから…ちょっと…」

ショウは、あんなに表情豊かになるサクラを初めて見て、ちょっぴりロゼにジェラシーを感じ、むぅ〜と唇を尖らせていた。

それを見たオブシディアンは

…おや?

ここにサクラさんが居たら喜んでいただろうな。残念。

と、少し苦笑いしていた。

しかし長い。

サクラは“少し”と言っていたが、少しどころではない。
あれから三時間以上は経ち、もうすぐ昼になろうかという時間だ。

挙げ句、サクラから“言葉飛ばし”で

「理解力の乏しいバカ猫のせいで、まだまだ時間がかかりそうだ。
…悪いが、ショウ様の事を頼む。夕方には戻る予定だ。出来るだけ早く戻るようにする!」

と、いう一方的な連絡がオブシディアンに来た。

ロゼの様子を見て、あまりの危うさに危機感を抱いたのはどうやらオブシディアンだけではなかったようだ。
サクラもまた、ロゼを危険だと感じたのだろう。

“生まれたばかり”

と、言っていたから

“まだ、何も分からない”

のだろう。

何故、言葉を喋れるのか少年の姿なのに生まれたばかりというのか疑問だらけではあるが。

だから、ロゼには命の大切さは勿論の事、しっかりとこの世界のルールを教えなければならない。

しかし、あのロゼに誰が教えるのかという問題も出てくる。
ロゼはショウ以外誰の耳も貸さない。辛うじて、話を聞くのは同じ天守の一人であるサクラのみ。

本当ならば、ショウが教えられればいいのだが…ショウには荷が重すぎるし、残念ながら教えられるだけの頭を持っていない。

人に教えるという事は、思っている何倍も難しい事だ。
その事についてしっかり把握し深く理解していなければ教える事なんて不可能なのだから。

いつものサクラなら、それでも我関せずだったろう。
だが、ロゼの未知数の力を恐れてか、同じ天守として何かを感じたのか…或いは両方か。

何にせよ、ショウに関わる事なので動いたに違いない。もの凄く難航しているようだが…

とりあえずは良かったと思う事にしよう。

そして、二人が戻ってきたのは…日をまたいだ朝方であった。

お互いにソッポを向き、イライラしながら部屋に入って来た。
サクラに関しては傷や痣だらけで服もボロボロである。

二人に何があったのは分からないが、
二人ともげんなりといった表情も見受けられる事から、相当な言い争いをして互いに譲らなかったに違いない。

だが、早く決着をつけなければならない事も互いに分かっており、互いに渋々譲歩し無理矢理納得した形だろう。

そして、二人は同じタイミングで眠っているショウを見つけるなり

サクラは少しふにゃりと表情が和らぎ、柔らかな笑みを浮かべるとゆっくりとショウに近づいて行った。

ロゼは、パァァァ…!と、目をキラキラ輝かせ、耳と尻尾をピーンと立て喜びでシビビビっと震えるとポーンと元の姿に戻り


「…お、お主様ぁぁ〜〜〜ッッ!!
寂しかったぞ。会いたくて堪らんかったぁぁぁ〜〜〜〜っっ!!!」


と、両手を広げて喜びいっぱいに走り寄りショウに向かってピョーンと飛び跳ねた。

ロゼの力いっぱいの喜びの表現に、
ショウが起きてしまうと危機感を抱いたサクラは、すかさずパジャマ姿のロゼの襟元をムンズと掴み、眉間に皺を寄せギロリとロゼを睨むと

「お前のそういう所が“自分本位”だと言ってるんだ。」

と、ロゼだけに聞こえるよう言葉飛ばしを使い話した。

「……?」

自分のどこが自分本位だというのか分からないロゼは、不機嫌そうに無言でサクラを睨んだ。

「ショウ様は寝ている。
なのに、お前のデカい声や物音のせいで、心地良さそうに寝ているショウ様を起こしてしまうかもしれないんだぞ?
お前は、ショウ様の睡眠の妨げになりたいのか?」

そう言われ、首根っこを掴まれプラーンとぶら下がった状態からロゼはそっとショウを見た。

グーグーいびきをかきながら無防備に眠ってるショウに

…きゅん!

お、お主様が心地良さそうに眠っておる。

なんと無防備で愛らしいのじゃ…!

たまらん…はよ、はよ愛らしいお主様とくっ付きたぁぁ〜〜〜いっっ!!!

と、甘く胸を締め付けられ、フルフル体を震わせ幸せを感じていた。

だが、分からない。

何故、ショウを起こしてはいけないのか。自分はショウに、帰って来た事を知らせたいしギュって抱き締めて“おかえり”って言ってほしい。

「…う、う〜ん…」

ロゼがショウに会えた喜びを口に出し物音を立てた事により、ショウは眠りを妨げられむず痒く唸っていた。

ロゼは、お主様が目を覚ます!と、喜んで今か今かとソワソワしている。
“お主様、我は帰って来たぞ!”と、声を掛けてやるかなど考えていた時だった。

「このバカ猫ッ!本当にお前は、自分の事ばかりでショウ様の事を何一つ考えてない!」

と、ロゼの脳内にサクラの怒号が飛んだ。頭の中がキーンとして痛い。
また、この雑魚が自分の邪魔をするとロゼは、キッとサクラを睨みどうしてくれようと不穏な事を考えていると

「思い出してみろ。お前だって眠った事はあるだろう?」

サクラの質問に、ロゼは思い出す。

少しではあるが自分が生まれたての時、ショウがあまりに気持ち良さそうに眠っていたので自分もそれを真似て寝てみようと思い、ショウを抱き締め眠っていた事を。

…確かに、あれは心地いい。

「眠りとは、心身の疲れを癒す行為だ。人は眠らなければ生きていけない生き物。お前は、自分の眠りを邪魔された時どんな気持ちだった?」

と、問われロゼは、気持ちよく寝ていたのにサクラに睡眠の妨害を受けすこぶる不愉快に思っていた事を思い出し、イライラした。

よくも、あの時我の睡眠の邪魔をしてくれたな!!

最悪じゃった!!!

なんて思った所で

ハッ!!???

とし、キュッ…っと胸が冷たく縮んだ。

そして、ションボリと肩を落としサクラを見る。

すると、サクラは眉間に皺を寄せたままコクリと頷きロゼから手を放した。

それから、ロゼに見本を見せるかのように

そっとショウに近づき、床に膝をつくとショウの髪を静かにすきショウの耳元で

「…ただいま戻りました。遅くなって申し訳ありません。」

と、囁き小さくキスを落とすと、ショウに布団をかけ直し自分はシャワーを浴びに行った。

ロゼはさっきの事があり、ショウを起こしてしまいそうで怖かったがサクラを見習い、ショウを起こさないようドキドキしながら布団に潜り込み、ショウの顔を覗き込むと

「…お主様、すまなんだ…」

と、シュンとした顔をし謝るとショウのプニプニほっぺたに、むちゅぅぅ〜とチュウをし、ショウの背中からピットリと絡み付くように抱きしめ眠った。

ショウの体温や柔らかさ、匂いに包まれ癒されホッと息を吐き幸せいっぱいのまま、疲れのせいだろう。一瞬でストーンと眠りについた。

シャワーを浴びサッパリしたサクラは、スヤスヤ眠るショウに癒されそこに引っ付いている余計な物体にムッとするも、ハァ…と諦めのため息をつき、ショウを包み込むように抱きしめたくさんのキスを落としようやく眠った。


その様子を見ていたオブシディアンは、やれやれと思ったが、ロゼは良いも悪いも知らない赤ん坊だ。

ロゼを大魔王にしないよう、自分達がしっかり教育していかなければならないと心から誓ったのだった。

そして、いつの間に来て去って行ったのか分からないが、ロゼの“鑑定”をしに聖騎士副団長のフウライが来ていたらしい話をついさっき、リュウキから聞かされた。

ロゼは、ダリアかもしれないと疑いがあったからだ。

正直、自分もそうだと思っていた。

だが、結果として

ロゼは、ダリアと全くの別人だという事だった。

その結果には流石に驚いた。

何故なら、ダリアは全身真っ黒で、あり得ない程の美貌の持ち主。

他を寄せ付けない圧倒的力だと聞いた。

何より、ダリアは“天守の剣”だ。

話を聞く限りでは、とてもよく当てはまってはいないだろうか?

ロゼ…お前は一体何者なんだ?
本当にダリアとは関係ないのか?

おそらくロゼについてはリュウキも何かかしら動いてるに違いないし、珍しくサクラも積極的に動いている。
だが、それでも正直一抹の不安は拭いきれない。


ちなみにだが、ロゼの“ミミの上半身を消した事件”は、フウライの記憶改ざんにより

“どこかの変態にミミの上着は剥ぎ取られ、上半身裸にされた”

事にしたらしい。

記憶操作ができてしまうフウライの能力も恐ろしい。

何より記憶操作に限らず、フウライの能力や力はロゼ同様に未知数でまだまだ伸びるだろうと容易に想像できてしまう。

絶対に敵に回してはならない人物だと思うと思わずオブシディアンはブルリと身震いした。