サクラは話の話は続く。


「エリス様の怪我が完全に完治してから、エリス様は家に戻る事になった。
エリス様が退院の日、ベーレは仕事を早退しエリス様を迎えに来た。

迎えに来たベーレを見て、エリス様は驚愕に満ち青ざめた顔で

「…ベーレ?大丈夫なの?」

と、ベーレを心配し見ていた。その様子にベーレは、最近寝むれていない自分はさぞ青白い顔をしているのだろう。と、思い

「大丈夫だよ。バドが心配で少し寝不足気味だっただけだよ。バドの病気が完治して家に帰って来るんだ。もう、大丈夫。」

エリス様に心配掛けまいと、ニッコリ笑って見せていた。

「…本当に?お医者さんに診てもらお?怪我で大変な事になってるよ?」

何故かエリス様は、必死になって医者に診てもらった方がいいと訴えかけた。そんなエリス様を不思議に思ったが、長く入院して疲れているのかもしれないと思ったベーレは

「お医者さんも大丈夫だって言ってたから、ね?心配ありがとう。」

そう何度も何度も、エリス様を諭し落ち着かせた。

だが、俺はエリス様から聞いて知っている。
最初ベーレが浮気をし男と体の関係を持った時、エリス様は言った。

「…あのね…。ベーレの顔がおかしいの。
目の色がね。最初から赤かったけど…今、赤と黒が混じった様な色に変わっちゃった。それにね。ベーレのホッペに凄く大きなソーセージみたいなイボがくっ付いてたの…何だろう、アレ。
…でも、みんな、その事に触れる人は居なくて…」

と、ベーレの目の色の変化とベーレにくっ付いた“何か”について不安を抱えていた。

だが、それは

ベーレが浮気を重ねれば重ねるほど

「…やっぱり、おかしいの!ベーレの色んな所に、シワのついた穴とかパッカリ肉が割れてたり、大きなソーセージも!色んな色の毛もモジャモジャいっぱい生えてるのもあって!
それが、いっぱいできてたの!!?アレは何なの?…絶対、病気だよ!!」

それが、一つまた一つと増えていきエリス様は、そんなベーレを心配していたし。
ベーレの数回目の浮気の時には、それがどんな行為なのかしっかりと把握できる様になっていた。

何故なら、聞きたくなくて見たくなくて耳や目を塞いでも見聞きできてしまうらしいエリス様は、ベーレと愛人達の会話もそっくりそのまま聞いてしまっていたのだから。
嫌でも分かってしまうし、ベーレと愛人達とでエリス様を馬鹿にし嘲笑ってる事も知っていた。


“あのブスに近づいたのは金の為だ。それ以外ない。俺は金と結婚したんだ。”

“大丈夫だって。バレやしねーよ。
理想のいい夫を演じてるから、あのバカは俺様の事を信じ切ってるぜ?チョロ過ぎて逆に不安になるぜ。お陰で、俺様は自由に遊んで暮らせてるがな。”

“…は?あのブスとはヤらねーよ。誰が好き好んで、あんなブス相手にするかよ。キモ過ぎるから、上手い事言って寝室も別々にしてるってのにさ。”

“キモいって言えば、アイツの料理な。アイツ、不器用だし要領も悪すぎて全然上達しねーのな。食えなくはないけど不味い料理で、いつも食べんのに苦労すんだぜ?
挙げ句、下手なくせに変に張り切って弁当作って持たされるし最悪ったらねーよ。
そもそもの問題、あんなブスに作ってもらった飯なんて気持ち悪すぎて食いたくねーんだよ。”


他にも、エリス様を酷く傷付ける様な内容の話を多くしていた。

退院してからは、ベーレ同様にエリス様もいい妻を演じていた。…単純にタンユからの暴力が怖かった為だ。

だが、ベーレと愛人との会話でエリス様の料理が不味いし、そもそもエリス様の様な不細工に作ってもらった料理なんて気持ち悪くて食べたくないというベーレの気持ちを知ってしまってから料理を作る事は一切無くなった。

代わりに、料理人を頼んで作ってもらう事にした。最初、戸惑ったベーレだったが、料理に飽きてしまったというエリスの言葉を信じ

「料理作るのって疲れちゃうもんね。気が向いたら、また作ってほしいな。」

と、笑って大丈夫だと言っていた。

そして、日に日にベーレは、残業だと言って家に帰って来る時間が遅くなっていき。更には、出張だと言い不倫旅行に出掛ける事が多くなっていった。

もちろん、全てエリス様はお見通しで

毎日のように“寂しい”“どうして”と、酷く心を痛めては泣く日々だ。

使用人達もベーレに心奪われ、ベーレの妻というだけでエリス様は嫉妬の的になり、ベーレ不在の時、陰湿なイジメを受けていた。
もちろん、ベーレがいる時はとても優しい使用人達になる。

だから、使用人達がベーレ不在の時、エリス様にどんな態度をとっていたのかベーレは知らない。

そして、ついに


「…ねえ、ベーレが化け物になっちゃったよ。もう、ベーレが何を言ってるのかも分からないの。何か言ってるんだろうけど全部、おならの音にしか聞こえないの。
穴から、白いドロドロした液体も垂れ流すようになってて…。

みんな…私の事嫌いみたいだし…。

…私、もう、こんな生活嫌だな…。

ひとりぼっちは嫌だよ…」

と、エリス様は泣いた。
俺はエリス様の頬にピットリとくっ付く仕草をし、“エリス様は一人なんかじゃない。俺がいる。ずっとずっと一緒だ。”と、懸命に心で訴えかけた。聞こえる筈もないが、それでも俺は必死に伝わってくれと強く祈っていた。

そんな、ある日ベーレは長期の出張があると言いエリス様を心配する言葉をたくさん掛けて出掛けて行った。これは、本当の出張のようだ。
だが、出張先で愛人達と楽しむのだろうから、不倫旅行と大して変わりはないように思うが。

もう、既にベーレの言葉はエリス様に届かないのだが、いい妻を演じているエリス様はずっと笑顔を貼り付けたままで、それをいいようにベーレは受け取っていたようだ。

ベーレが長期の出張に出てから、エリス様は言った。


「…もう、耐えられないよ…。ここから逃げたい。」


その言葉を聞いた時、俺は決心した。

今まで、どんな事があっても温室育ちのエリス様は外に飛び出す事など不可能。
…生きてさえいれば、いい方向に向かう可能性だってある。そう信じ、行動に出なかったし。何より、その時のエリス様にここを出て行こうと訴えかけたとして、ここを抜け出す勇気がなかったと感じていた。

ここに居たって希望なんてない。あるのは、絶望という名の暗闇だけだ。
このままでは、不幸だけが更に加速していくばかり。

一か八かだが、その時が来たのだと思った。

俺は精一杯、全身を使いエリス様に訴えかけた。

生まれた時から一緒にいたという事もあり、俺が訴えかけた事を何となく察する事ができるようになっていたエリス様は


「…うん。逃げよ!」


そう言って、そのまま何も持たずに俺に誘導され家を飛び出して行った。

俺は、エリス様の本当の親のいる場所へと導いた。

だが、この時俺は失念していた。
人の体は弱いという事を忘れていたのだ。

食事もさる事ながら寝る事、体力の問題。
外には、人間や害虫、獣などあらゆる敵が多くいる事。他にも、様々な問題があったのだ。

俺は肉体を失ってから、しばらくが経っていてその感覚を忘れていた。

エリス様の精神や体力など考えようとしても、俺には体が無く食べる事も寝る事もない。いくら動いても疲れない。風呂に入らなくても汚れる事もない自分には想像の限界があった。

できるだけ、先回りしエリス様にとって危険かどうか判断し、できるだけ安全なルートで導いていく。虫や爬虫類などにも気をつけ、エリス様に害のないよう進む。

宝石を買い取る店に導き、エリス様の周りに勝手に出てくる宝石を売らせ金を手に入れ、それで飲食や寝泊まりもできた。
そして、乗り物を使い悪戦苦闘しながらも順調にエリス様の親のいる場所へと近づいて行った。

だが、今まで外に出た事のないエリス様は長旅の途中、体力的にも精神的にもいっぱいいっぱいだったのだろう。酷い疲れから体調を崩し、高熱を出し起き上がるのが困難になってしまった事もあった。

時には、ぼったくりにあい金品全て奪われた事もあった。
宝石を金に換える店などそうそう無い。無一文な為、公園やベンチがある場所などで野宿をした事もあった。そういう時は、必ずといっていいほど体調を崩し苦しそうにしていた。

それをどうにか乗り越えて先に進むが、ここで大問題が出てきた。エリス様の親は、この国ではない別の国の人物だという事に俺は気づいた。

何故なら、エリス様を導き行こうとしている場所は海の向こう。海を渡る乗り物に乗るには身分証明書が必要だと言われたのだ。

焦った俺は、どうにかして海を渡れないか模索し、色々見て様子をうかがっていた所。ある貨物船に着目した。それはエリス様の生まれ故郷に向かう船だという。
しかも、果実を積んでいる船で、他の乗り物と違って審査も少ない。

これだ!と、思った。

少々、危険ではあるが、セキュリティガバガバであるこの船に乗り込むしか方法がない。

そう判断した俺は、エリス様をそこに導き果物の入った大きなコンテナの隙間に隠れるよう指示した。

そして、俺の思惑通りエリス様を乗せた船は、エリス様の生まれ故郷に向かい出港した。道中、エリス様は不安と船酔いに悩まされて苦しんでいたが…数時間で船は、エリス様の生まれ故郷に着いた。

人に見つからないよう警戒し、エリス様を誘導し何とか国にたどり着いた。

この国とあの国の言語が一緒だという事。発音こそ、違う所は多くあるが何とか通じる。
だから、エリス様が偽父であるタンユに誘拐されタンユの故郷である国に軟禁された時もそこの人間達と会話する事ができた。

もう少しだ。もう少しで…

そう思い、俺は張り切ってエリス様を誘導しようとした時だった。

「……気持ち…悪…目がグルグル……助け……」

…ドサリ…

………エリス様ッッ!!?

精神的にも肉体的にも限界を迎えていたエリス様は、町に向かう途中、気を失って倒れてしまったのだ。

あの家を出てから、度々体調を崩し泣いて辛いと訴えかけていたエリス様だが、何だかんだで難を乗り越えていたから大丈夫だと思っていた。

最近、前にも増して体調が悪い事を訴えかけていたエリス様。だが、休み休み進めば何とかなると俺は甘い考えをしていた。

その結果がこれだ。

俺は焦るばかりで、何もできない。誰か…誰か、エリス様を助けてくれッッ!!!

俺は悲鳴に似た叫びで助けを求めるが、誰一人として俺に気付いてくれない。

そこから、しばらく助けを求めても人が来る気配すらなく…俺はどうしたらいいんだと途方に暮れていた。

何度、もうダメだと諦め掛けた事か…

それでも、完全には希望を捨てきれず助けを求めて…諦め…それを繰り返していた。

そして、希望と諦めの葛藤でもがいていた時だった。

通行人が倒れているエリス様を見つけ、そこからエリス様は乗り物に乗せられ病院に入院する事になった。

身分証明書もないエリス様に、周りの人間達はどうしたらいいものかと困り果てていた。
そして、色々話し合った結果。正体不明の少女として、どう対処するべきかと政府に相談する事になった。

そこから、しばらくして

…何という奇跡か。

エリス様に会いに、エリス様の実の父親が病院を訪ねにきたのだ。

だが、離れ離れになって7年は経つ。
当時、5才だったエリス様も、もう12才となった。成長した体は、当時の姿とは全然違う。会ったとして、はたして自分の娘と分かるものか。

俺は、ここまで来たはいいが、それ以上の事まで考えていなかった。
とにかく、あの地獄の様な場所から逃げ、本当の親のいる場所まで来れば何とかなるだろうと安易な考えしかしていなく、会ってどうするのか…どうやって実子だと分かってもらうか。そこまで考えていなかったのだ。

今更になって、これからどうなってしまうのか色々な事を想定して不安に駆られてしまった。

その時だった。エリス様の事について説明する医師とエリス様の実の父親、そして部下数名がこちらに向かって来るのが分かった。

「…はい。この少女はーーの山道で倒れていたらしく。三日経った今でも、目を覚ましません。」

「そうか。行方不明者のリストにも載ってない。捜索願も出されていない少女か…。
年の頃は、11才〜13才くらい。」

そして、ついに親子の対面となった。
エリス様の実父は、様々な管だらけでベットの上に寝ているエリス様を見ると、一瞬大きく目を見開き、クシャリと表情を崩すと少し言葉を失っていた。

「……すまないが、急遽俺とその子のDNAを調べてくれないか?」

驚く事に、一目エリス様を見た実父は、自分とエリス様の血縁関係を調べようとしたのだ。

「…え?ビクター様、今なんと…?」

医師は驚き、エリス様の実父ビクターに聞き間違いかと何度か聞き直していた。

「…この子は、7年前に行方不明になった俺の子に違いない。確信がほしい。今すぐに調べてくれ。」

そう言って、エリス様とビクターが血縁関係にあるか急遽検査する事となり、病院は一気に慌ただしくなった。

そして、また驚く事にビクターは俺を見て言った。

「…お前が何者かは分からない。俺の目からは青白い光の玉にしか見えないが。我が娘アイルが生まれてから、ずっとアイルの側にいたな。
…お前が、アイルを俺の元まで連れて来てくれたのか?」

そう問いかけるビクターの言葉に俺は驚いた。まさか、エリス様だけでなくビクターにも俺の姿が見えていたという事に。

俺は、その問いに必死になって答える。

「…そうか。ありがとう。
実はな、この子を一目見て今は無き妻マリンにあまりに似ていた事。そして、何よりお前がアイルの側にいた事で、絶対にこの子は俺の子供だと確信した。
様々に手を尽くし探し続けて…7年か…長かった。方時も忘れる事などなかった。…それが、ようやく…」

と、ビクターはエリス様の痩せ細った手を両手で包み額をくっ付けるとボロボロと大粒の涙を流し、遂には声を出して泣いていた。

後ろに控えていた部下達もその姿を見て大泣きしていた。

「…良かったですね、ビクター様。本当に…」

「…ようやく…」

ずっとビクターを見て来た部下達もそれぞれに、声を掛けて泣き止むのにしばらくかかっていた。それくらいに、ビクターは大きな苦しみに耐え相当な苦労をしていたに違いない。

そして、当たり前だが検査の結果、エリス様とビクターの血縁関係が証明され…まあ、そこで色々あったがそこは割愛する。

ビクターが本当の父親と言われ、最初こそ警戒し緊張していたエリス様だったが、ビクターにこれでもかという程の愛情を注がれ大切にされた。
ビクターの部下達、屋敷の使用人達にもそれはそれは可愛がられ大事にしてもらったエリス様は少しずつ心を開き、直ぐに打ち解けていった。

当時、エリス様が行方不明時に一緒だった女中は、その後責任の重さに堪えられず心を病み療養中だという話も聞いた。

後で、エリス様はビクターと一緒にお見舞いに行く事になった。

国は、武将であるビクターの娘が戻ってきたという話題で祝福ムードでいっぱいだった。

そして、ビクター達はエリス様の証言により、エリスがどこに住んでいたのか知る事となる。

ビクター達はまさか、別の国にアイルが居たなんて…どおりでいくら国内をくまなく探しても見つからないはずだと。奇跡という他ないと、その奇跡に驚き感謝していた。お前のおかげだと俺は何度もビクターに感謝された。

それから、エリス様がどんな生活していたのか、どういう状況であったのか詳しく聞いていった。
その話を聞き、ビクター達は誘拐犯であるタンユは絶対に許さない…地獄を見せてやると腹の底から憎しみを抱いた。そして、夫というベーレに激しい怒りを感じていた。

二人は絶対に許さない。特にタンユには地獄を…。ふつふつと怒りや憎しみが溢れていたようだった。

ビクター達は、自分達が持ってるあらゆる手段を使いタンユとベーレ二人を調べていくと今現在の現状を知る事ができた。

まず、タンユだがエリス様が消えてから必死になってエリス様を探しているが見つける事はできず、それからドンドン家が衰退している。
ベーレからも見切りをつけられ出て行かれたらしい。
おそらく、近い未来タンユは一気に貧乏商人に戻るだろう。タンユの本来あるべき姿に戻るだけだ。


そして、ベーレについては

ビクターもベーレの事は、よく知っていたらしい。世界でも有名な旅芸人の一座で、この世のものとは言えぬ美しさを売りにその名を轟かせて劇団を支えていたのがベーレという役者だった。

ビクターは国でも上位の地位についているので、王や部下達と一緒に何度かその演劇、パフォーマンスを見た事があったらしい。そこで、ベーレを見たという。

風の噂で、ベーレは劇団を抜け、急に大富豪となった商人の娘と結婚したと聞いたが…まさか、その娘というのがアイルだったとはと、まさかの事にビクターは頭を抱えていた。

一気に大富豪になった商人がいたとは聞いた事があった。貧乏商人だったのに、まるで夢か魔法でもかけられたように一週間もない内に金持ちになり、一ヶ月もなく大金持ちに、一ヶ月も過ぎれば富豪に…半年も経った頃には世界一の大富豪になったという夢物語のような話を聞いた。
だが、時を同じくして愛娘のアイルが行方不明となっていて、そんな話などどうでもよく思っていたが…と、もっと視野を広げて調べていれば…と、深く後悔をして落ち込んでいた。

そして、ベーレの事だが。
エリス様が消えてから血眼になりながら行方を探しているという。
ベーレはかなり優秀なのだろう。どう調べ上げたのか、どうやら、ビクターに目をつけこの国について調べ始めているという。
調べて探っているうちに、エリス様がタンユの本当の娘でない事を知るなりすぐさまタンユと縁を切り家を出たという。

おそらく、ベーレがここに来るのも時間の問題だろう。ベーレには、それだけの財力と権力、力がある。

それを知り、ビクターは

「…何なんだ、コイツは。イカれてるとしか思えん。妻を騙し蔑ろにし嘲笑っていたくせに、行方不明になると血眼になって探すだと?
探して、どうするつもりなんだ?…分からん。こんな、イカれヤローに娘は絶対に会わせられない。何があってもだ。」

と、様々な事を想定し対策を練っていた。

そして、ある対策を思いついた。その対策の為には、今すぐにでも誘拐犯としてタンユを国際手配し捕まえたいのは山々だが、そこをグッと我慢して後回にするしかない。
それも、娘を守る為には仕方ないと、タンユを今すぐ取っ捕まえて処罰したい気持ちを堪え、ベーレについて隅々まで詳しく調べなければと考えたようだ。冷静かつ賢明な判断だと思う。

ベーレについて調べれば調べるほど、謎も多かった。いつ劇団に入団したのか、どこの生まれなのか一切が不明。気付いたら劇団にベーレが所属していたのだという。

いつの間にか劇団に入り、いつの間にか劇団を抜け世界一の大富豪の娘と結婚したというのだ。

劇団時代のベーレについて団員に聞いても覚えていないという。そんな団員がいたなんて知らないと。…おかしい。

大富豪の娘と結婚してからのベーレは、実力を遺憾無く発揮しあっという間に総合司令官まで登り詰めた。その話は、ビクターもよく知っていたそうだ。

天に愛されし男と言われるだけあり、ベーレは才能や実力、頭脳までも全てにおいて天才的だという。

そうでなければ、一年足らずで総司令官などにはなれないし。どんな天才であろうとそんな短期間で…あり得ない。異例中の異例だろう事は確かだ。

そう考えると、実力だけでなく相当なまでに頭が切れズル賢い可能性が高い。調べれば調べるほどベーレの優秀さ天才ぶりが見て取れ厄介な相手だと思った。これは一筋縄ではいかないと。心して戦わなければといけないとビクターは思ったようだ。


そして、遂にその時がきた。


自分達の想像を遥かに超える速さで、エリス様の居場所を突き止めビクターの元へとやってきたのだ。

久しぶりに見るベーレは、痩せ細って衰弱している様に見えたが、その美貌は衰えずその衰弱した姿さえ儚さという魅力に変え…悔しくて言いたくはないがそれでもヤツは美しかった。

「ここに我が愛しの妻、バドがいると知り迎えに来た。どうか、会わせてくれないだろうか?」

ベーレは、ビクターの屋敷の前で使用人に挨拶をしていた。

「お引き取り下さい。ここには、バドというあなたの奥様はいらっしゃいません。」

使用人も詳しく事情を知っていた為、ここは絶対に通せないと頑張って対抗していた。
…何人か、ベーレの美貌に腰を抜かして使い物にならない者もいたが。この緊急事態に、使用人達はかわるがわる来ては応戦していた。

だが、ベーレの美貌と頭脳に負け屋敷に通さざる得なくなった。その時の使用人達の悔しそうな表情を見てベーレは鼻で笑っていた。


そして、ビクターとベーレは対面する事となりバチバチの頭脳戦が始まる。互いの腹の探り合いから始まり頭が切れる者同士、もう互いを調べ尽くし分かっている状態だ。それすら互いに分かっているのだろう。
多彩、多様な心理戦も加え、頭脳戦はヒートアップしている。互いに譲らない戦いが繰り広げられている。

二人の頭脳・心理戦のスタイルは

ビクター・威風堂々たる絶対的王者(威厳)VSベーレ・一騎当千の天才カリスマ(挑発)。

そんな感じだろうか。

部下や使用人達も固唾を呑んでこの戦いを見守っている。

そして、長期戦の末

このままでは埒があかないと白旗をふったのは

「…はあ。しつこいな。ああ、そうだ。
ベーレ殿の言う通り、“バド”は7年前に行方不明になった我が娘だ。最近になって、運命の導きにより奇跡的に見つける事ができた。」

ビクターだった。

ベーレの情報網と推理力は凄まじく、どんなにビクターがそんな者は知らないとかわした所で、ベーレが集めに集めた逃げようのない証拠などにより追い詰められてしまったのだ。
何より、諦めを知らないかの様にベーレは蛇が絡み付いてきたの如くしつこかった。

だって、そうだろう。ここにエリス様が絶対に居ると確信していたのだから。しつこくもなるだろう。

「…本当は、絶対に会わせたくなかったのだが。」

ビクターは、深いため息をつくと諦めた様な顔をし仕方無しに渋々ベーレを屋敷の最上階へと案内した。

そこに案内されたベーレは

「…え…?」

驚きのあまり声を失い立ち尽くしてしまっていた。

それもそうだろう。そこ一体は、白に統一された空間で色とりどりの花が色を飾っている。
その真ん中に大きな石塔が立っていたのだから。その石塔には“アイル、ここに眠る”の文字があった。

「娘が見つかったのは我が国の農道。農道で倒れていたのを通行人が見つけ、そこで病院へ運ばれたそうだ。
アイルは見つかった当初、それはそれは痩せ細っていて薄汚れた状態だったらしい。意識を失っていたアイルは三日間目を覚ます事はなかった。その間に、様々な処置がなされ検査をした結果。

…余命宣告がなされた。

酷い生活だったのだろう。精神も肉体もズタボロの状態だった。元々だったのか、もしくはここまで逃げて来る道中に病にかかったのかは不明だ。

俺はショックだった。ようやく見つかった娘に余命宣告…残酷な世界だと思ったな。

だが、それでも、その短い間だけでも…そう思い精一杯に娘に愛情を注いだ。それに応えるようにアイルも娘として精いっぱい生きてくれた。そして、つい…数日前…」

と、涙ながらに話すビクターの話を、信じられないと現実を受け止められず目を見開き固まっていたベーレだったが、少しずつ頭の中で整理し始め理解した瞬間

「…もう、いい…やめろ…」

と、俯き静かに呟き、ポタリ…と一粒の涙を落とした。

それでも、話を続けるビクターに


「やめろと言ってるっっ!!!?」

強く声を荒げ、握り拳を作り全身を震わせながらビクターを睨んできた。そして、何を思ったか勢いよく石塔に向かって走り出すと、石塔を倒し中の物を掘り出そうとしていた。

それに驚き、ビクターや部下達は必死になってベーレの奇行を止めようとした。

「な、何をしているんだ!?やめろっ!!」

「うるさいッッ!!テメーはすっこんでろ!
バド…バド!こんな狭い所に閉じ込められて可哀想に…。今すぐ、助けてやるからな。待ってろ!」

ベーレは、屈強な部下達が何人束になってもびくともせず止める事が出来なかった。こんな細い体のどこにそんな力がと驚くばかりだ。

そして、石塔の下にある小さな箱を取り出し、中を開けるとビー玉くらいの大きさの宝石が二つ入っていた。
それを手にキョトンとしているベーレに

「…死体は焼いて骨になったが。生前、何故かいつも娘の周りには宝石が転がっていてな。
宝石にゆかりのある子だったから、その思い出を込めて特殊な技法を使い娘の骨を宝石にしてもらった。
出来上がった宝石はハートの形をしていたんだが…加工で不備があったんだろうな。二つに割れてしまった。」

と、説明するビクターに、ベーレは納得したらしく黄色い宝石二つを胸に抱きしめ静かに泣いていた。

「…本当は、浮気三昧、娘の悪口を言いたい放題の愚夫殿には、娘の眠っているこの部屋には一歩たりとも踏み込んではほしくなかったんだがな。」

そう嫌味を込めて話しかけるビクターの言葉にベーレの肩は大きく揺れた。それからベーレは壊れたロボットの様にギギギとビクターを見ると

「……どこから、そんな話が?」

と、声にならない声でビクターに問いかけた。すると、ビクターは

「それは、娘から聞いた話だ。」

と、ベーレを見下ろし冷たく言い放った。
それを聞いて世界の終わりとばかりに絶望的な表情を浮かべベーレは口をパクパクさせながら

「…嘘だ…。お前は、娘が死んだ腹いせにそんなデタラメを言ってるんだろ!?」

そう言って、ビクターを睨みつけた。

「デタラメなどではない。考えてもみろ。
なら、我が娘はなぜボロボロになってまで、ここまで逃げてきたと思う?」

そう言われ、目を大きく見開くベーレ。

「…知っていたそうだ。お前が、大勢の者と浮気を重ね自分を裏切っていた事。そこで、自分の悪口を言っては笑っているお前の愚行をな。
そして、タンユの虐待。使用人達からの陰湿ないじめ。…そこで、もう耐えられないと一心不乱に逃げてきたそうだ。」

「……知って…いた?タンユからの虐待??…いじめ???」

今、初めて知る情報ばかりだったのだろう。
ベーレは、ビクターから宝石に変わってしまったエリス様に視線を移し

「…バド…それは本当なのか?
もし…もしその話が本当だったとしたら…俺様はどうしたらいい?どうしたら許される?
…気が付けなくて、ごめん。守ってあげられなくて…バド…バド…」

そう話しかけ、胸に抱いてしばらくの間そこから動かず罪の意識と後悔から泣いていた。

後悔するくらいなら、最初からエリス様を裏切るなと言いたいが。
結局、コイツは前と同じ事を繰り返してるだけだった。きっと、今反省した所でエリス様と再構築しようが、いつかまた、同じ事を繰り返してエリス様を傷つけ苦しめるだけだろう。…呆れる。

ひとしきり泣くと、ベーレはエリス様の宝石が入っていた宝石箱にエリス様の宝石を入れ、それを大切そうに持ってフラフラとここから出て行こうとしていた。

それに驚いたビクター達は、慌ててベーレからエリス様の宝石を奪い返そうとするがベーレは一瞬の内に姿を消してしまった。

どこに消えたのか近くを探すも見つからず、気味の悪い終わりを迎えたのだった。

おそらくベーレのそれは、幻の魔導で“ワープ(瞬間移動)”であろう。あるかもしれないと都市伝説くらいにしか思われてなかった魔導が実在し、それを使いこなすベーレの底知れぬ力にビクター達は夢でも見ていたのかと驚きを隠せず動揺していた。

そして、ベーレとの戦いも終わり


エリス様とビクターは、親子仲良く寿命が尽きるまで仲良く暮らした。

そう、ここまで聞いて想像していたと思うが、ビクターはベーレの事を調べに調べ性格などを推測、行動を予測し対策を練っていた。

これは、本当の本当に最終手段で、ここまではないだろうと思いつつ念には念を入れ仕込んだ事だった。使わないに越した事はないと思いつつだ。

エリス様を亡くなった事にして、上手くベーレを騙し諦めさせるというもの。細かい設定も練り最上階に墓まで作り墓の中まで細かくこだわっていた。

しかし、ここまでは流石に無いとたかを括っていたビクターだったが

ビクターの想像を超えるほどベーレは頭が切れ諦めも悪かった。もう、ここで失敗すれば終わりだという所までビクターは追い詰められ、まさかの最終手段まできてしまったのだった。

だが、最終的にビクターとベーレの頭脳戦はギリギリではあるが結果的にビクターの勝利で幕を閉じた。

ちなみにだが、ビクターは本当にエリス様が亡くなったと世の中に好評し喪にふくした。
それから一年経った頃に、エリス様を養子として迎え入れ新しい名前を与え仲良く暮らした。

もちろん、もしもの為だ。
念には念を入れなければ、少しの油断でいつベーレにばれ面倒な事になりかねないとしての事だった。それくらいにベーレは、頭がキレ厄介極まりないヤツだった。少しの隙も見せてはならないと徹底したのだ。

その後、エリス様は俺の必死な訴えと求愛により一生独身を貫いた。エリス様の最後を見送った年老いたビクターはどうなったのかは分からない。

それは当たり前だ。エリス様がこの世を去る時は俺も一緒だから。

ここまでが、俺の知る話だ。」


と、サクラは話を締めくくった。

リュウキはサクラが今まで歩んで来た二度の一生を知り、今のショウとサクラの関係に大いに納得できるものがあった。
確かに、そんな人生を歩んで来たならばサクラは今世、これほどまでに無い幸せな人生を歩んでいると言える。

…俺の邪魔さえなければな、と、リュウキは少し自分に突き刺さるものがありサクラに対して少々考えを改めようと考えていた。

もう少しだけ、サクラに優しくしてやろう。
そして、ショウとサクラの事も少しだけ…ほんの僅かなら…認めてやらなくもない、と。