「知ってるも何も…!!?
…は?ソウ王子、あんた…本当に何にも知らないのか?幼少時代から今の今までチヨと一緒にいたってのに?」


ルナは、ソウの言葉に驚きを隠せない様子だった。

ソウとルナの様子を傍観して見ていたゴウラン達だが、ソウの関係者であるピピ達は自分達はどう動くべきか悩んでいた。

ソウが殴られる時、止めるべきなのは分かっていたが、王族を舐めていた所もあるのは確かではあったが、、、それにしてもだった。
思いのほか、ルナの瞬発力が優れていたためピピが止めに入ろうとした時には時すでに遅し。

ソウは、ルナの拳により地面に叩きつけられていたのだ。

それだけではない。何やら、ピピも気になる内容が聞こえてきたし、チヨに対するソウの言動が許せずいたため本来ソウを助けなければならない立場でありながらも、ルナを止めるのも憚れていたのだ。

ピピはとりあえず、もう少し様子を見てみようとゴロウと話し少し離れた場所から二人の様子を見ていた。


「好きでチヨと一緒にいた訳じゃないよ。ルナ殿も知っていると思うけど。
俺達王子、姫には、5才を迎えた時に年の近い地位の高い子どもが遊び相手としてあたえられる。
それで、俺に与えられたのがチヨだった。
たったそれだけ。俺にとってチヨはそれ以上でもないし、それ以下だ。」


ソウは、少しウンザリした様子で話し始めた。


「あんなど田舎の貧乏貴族の娘が、俺の友達として選ばれた理由は単純にそれが城内での俺の評価だって事。
周りの王子、姫達は、地位も高ければ容姿も優れた優秀な友達を与えられていたのにね。
俺には、あんなのが与えられた。
子どもながらに色々察して、更にやる気を無くしたよね。誰も俺を助けてくれる人なんていない。俺はいつも一人だった。」


なんて、話してくるソウに
ルナをはじめ、ピピ達は

“あんなの”“与えられた”だと?ソウは、チヨや他の王子達の遊び相手は物や道具だと思っているのか?
ソウの話ぶりは、そう感じざる得ない言い方だった。

人権を無視した様な口ぶりに、ピピ達どころかゴウランとミオも今すぐにでも飛び出して物申したい気持ちでいっぱいだった。

怒りのボルテージが急上昇しはちきれんばかりになっていたルナは、ソウの言い様に爆破寸前だったが、そこをグッと抑え


「テメーの身の上話なんざ、どうでもいいんだよ。それがどうした?自分一人が可哀想とでも言いたいのか?そんなに自分だけが可哀想かよ?
つーか、聞き捨てならねー事あんだけど。なんつった?一人だった?チヨがいたのに?」


と、なるべく話の内容を逸さぬよう冷静に話を持っていこうと心がけた。

チヨの話をしていたのに、ソウの話はいつの間にか自分の話にすり替わってるし。
何なんだ、コイツ!?と、ルナはイライラしながらも何とか気持ちをググッと抑えて。

すると


「チヨがいた?あんなの居てもいなくてもどうでもいい存在だろ。むしろ、あんなヤツ居ない方がマシだった。」


なんて、ソウは鼻で笑っていた。
ソウの態度に、ルナはついにカッと頭に血が上り


「ふざけろ!!!そういやぁ、テメー。チヨの事デブって言ってたよな?
…なあ、覚えてるか?出会ったばかりの頃のチヨの姿。めちゃくちゃガリガリに痩せてただろ!?」


と、声を荒げソウを勢いよく揺さぶった。


「…あんまり覚えてないけど、俺の遊び相手(友達)として選ばれて裕福になって食べたいものを食べたいだけ食べてあんなダラしない体になっただけなんじゃないかな?」


ルナに揺さぶられながらも、そんな悪態をつくソウにルナは…チヨ、お前が必死になって守ろうとしてたヤツはこんなヤツだぞ?知ってたか?と、苦しく痛む胸を押さえながら昔の事を思い出していた。

ルナが初めてチヨと出会ったのは、ルナが血反吐が出るほど厳しいハナの訓練を受けてる最中だった。

そこに、一人の少女がハナの前に現れ土下座をしてきた。

『お願いします!私を団長様の弟子にして下さい!』

と、必死の形相で頭を下げてきた、強い訛りが特徴の少し強く握っただけで折れてしまいそうに華奢で小さな女の子。それが、チヨだった。



「バッ…!嘘だろ…?
あれは、チヨの努力の賜物だ。…なあ、知ってるか?お前を守ろうとチヨは、オレの師でもある聖騎士団長ハナの下に弟子入りした。
あの弟子を取らないで有名なハナ師匠の弟子になるってのは生半可な根性じゃなれねー。」



聖騎士団長ハナは、弟子を取るのはガラじゃないとどんなに懇願されようが金を積まれようが権力で圧をかけられようが一切弟子をとることはなかった。
ルナは“例外”として、そんなハナが根負けして弟子にしたのがチヨだった。当初、チヨを弟子にした時もハナは

『あの子は、芯が強いがあまりに優し過ぎる。お人好し過ぎる。
しかも、虚弱体質っていうのか?人より筋肉が付きにくい上に…どう足掻いても戦える体にすらないな。つまり、武の才能が無い。
どうせ、いつか諦めるだろ。』

と、苦笑いしつつも、チヨが根をあげるまではと何だかんだ言いつつ面倒を見てきた。

しかし、チヨのド根性と気合いはハナの想像を遥かに上回るもので、泣きながらもゲロを吐きながらもぶっ倒れながらもハナのしごきに耐えに耐え今に至ってるのだ。

チヨのあの体は、チヨが死ぬ思いで何とか手に入れたチヨの戦闘スタイルにあった体。
肉体改造する為に元々食の細いチヨは、食べては吐き食べては吐きを繰り返し死にものぐるいで無理矢理作り変えた体。

それを間近で見ていたルナは、チヨに『こんなの見てらんねー!お前は十分やった!!これ以上やったら、お前が死んじまう!』と言って、何度やめさせようとした事か。

見ていても苦痛なくらい、チヨは頑張りを通り越し自分をいじめ過ぎていた。

おかげで、チヨの頑張る姿を見るたびにルナは痛々し過ぎて見ていられなかったし、何なら泣いてハナにチヨを弟子から外すようお願いしていたものだ。

そのくらいに、チヨは想像を絶する努力をしてきたのだ。

その結果、ハナも『ここまでになるとはな。驚きでしかない。』と、驚きを隠せないほど
戦闘能力皆無だったチヨは訓練学生でも屈指の実力者となったのだ。


「…え?チヨが騎士団長の弟子?」


そんな事を思い出しながら、ソウに話せばまさかのこの反応。


「…嘘だろ?お前、そんな事も知らなかったのかよ。」


今の今まで、チヨを召使いみたいに扱き使い続けてこれかよ。と、ルナは絶句するしかなかった。
城内でもソウのだらけっぷりは有名だった。
ソウは落ちこぼれ。その遊び相手(城の掟により選ばれた友達)は落ちこぼれに相応しい最下位の貧乏貴族が選ばれたという噂も耳にした。

挙げ句、落ちこぼれ王子は、その遊び相手が召使いの如くアレやこれと世話をしなければ何もできないデクの棒、と。

ソウのダラけきったその姿は、何度かルナも目撃していた。
嫌だと首を振り駄々をこねるソウに、仕方ないとばかりにチヨは自分より大きいソウをおんぶして歩いていたのを目にした時には、赤ん坊かよ、と、思わず心の中でツッコミを入れイライラしていた。
あんなハードな訓練をして学校に行って、ソウの世話をして…いつか、チヨが過労死してしまうんじゃないかとルナは恐怖していた。

あまりにチヨが不憫に思えて訓練の休憩中に、あんな怠け者なんて放っとけよ。と、ルナは毎回のようにチヨを諭していた。
それでも、チヨは『ソウは頭がいいから大人の裏の心も読みとっちゃう。深く傷ついて心を閉ざしているだけだ。だから、少しの希望でも見つけ出せれば、きっと立ち直ってくれる。』と、ひたすらソウの世話を焼き続けていた。


「元々チヨは総合的に見て戦闘能力はないし、まるで向いていない。そんなチヨがここまで強くなったのは、底知れない努力をしてきたからだ。チヨは、よく言ってた。

『ソウ王子は凄い人なんだ。いつの日にか希望を見つけ出して前を向いて歩いてほしい。自分は、ちょっとでもそれの手伝いができたら嬉しい。』

って、お前が立ち上がり前に進む事を信じて、ずっとひたすらにお前の盾となって色んな物からお前を守ってきた。」


「チヨが手助け?アイツ、どこまで自分に自信があるんだよ。烏滸がましいにも程があるよ。
それに、俺はアイツに守られた覚えなんて何一つないけど?俺の身の回りの世話なんて頼んだ覚えないけど?それは、アイツがやりたくて勝手にやった事だよね?
…ほんと迷惑だし、恩着せがましいったらさ。

それに、チヨはあの程度しか実力もないのにルナ殿は妙にチヨを褒めるね。…もしかして、ルナ殿もチヨ同様に弱いの?
その程度の実力で、よくハナ団長の弟子を名乗れたもんだよね。」


ルナが、チヨの気持ちを代弁すると、ソウが薄ら笑いを浮かべ心底余計なお世話だと言わんばかりに顔を顰めて見せた。


「……お前ッッ!!?…マジのクズじゃねーか。
こんな、どうしよもねー奴の為に…チヨ、お前もお前でバカ過ぎる!!!もっと、人を見る目を養えよっ!!
お人好し過ぎるから、こんな事になるんだろが!!!こんなヤツ、信じたばっかりに自分が傷つく羽目になるんだ!!!チヨ、バカ!マジ、バカ!!!」


思わず、心の声を口から吐き出したルナ。そうでもしなければ悲壮感に苛まれ、やるせなさ過ぎてやってられない気持ちになったから。

そんなルナに、ソウはムッとした顔をし


「チヨもあなたも好き勝手言ってるけどさ!
チヨは俺に夢見過ぎなんだよ。チヨが俺の為に頑張ってた事くらい知ってる。だけど、それが俺にとっては大きなプレッシャーになってた!!俺にとってチヨの存在は重荷でしかなかった。
なのに、周りはチヨばかりねぎらい憐れむ。俺の事を見てくれる人なんていなかった。」


確かにソウの言う事も一理はあるかもしれない事もない。だが、長い付き合いなら分かるはずだ。

チヨは見返りなんて求めてないし、どんな結果であろうとソウが前を向いて歩いてくれる。それだけで良かったって思うようなそんなヤツだと。

…呆れた。結局コイツは、自分の事ばかりが可愛くてチヨの事なんて少しも見ようともしない。そればかりか、チヨの批判ばかりして全てをチヨのせいにしてる。

ダメだ。こんなヤツに何言ったって全然伝わんねー。

…チヨ、ごめんな。オレ、コイツ無理。

ルナは、心の中に虚しさばかりが広がり、こんな奴(ソウ)に怒りをぶつける事すら馬鹿らしくなってしまった。
すっかりソウに対する関心がなくなったルナは何の価値も見出せなくなったソウから離れた。


「チヨの気持ちが独りよがりの一方通行だったって事はよぉ〜く分かった。
うちのチヨが暴走しちまって悪かったな。
けど、もうチヨはいない。あんたは、もうチヨに囚われなくていい。自由だ。良かったな。」


先程まで熱くムキになっていた人間とは思えないほど、ルナはスンと冷めきった雰囲気に変わり投げやりな言葉に変わっていた。
なんなら、ルナはこの場にいる必要性を感じなくなりソウに背を向け立ち去ろうとしていた。


「…は?何、それ?俺に対する嫌味?
言われなくても、チヨが居なくなってせいせいしてるよ。
それにしても、チヨの代わりにルナ殿が謝るなんて、それこそルナ殿はチヨの何なのさ。」


ルナは、チヨの名前を出されるとどうしても反応してしまう自分に苦笑いしながら


「ああ、それも知らないのか。けど、チヨと関係のなくなったあんたにそんな事教える義理建もなくね?」


と、ソウを見ることもなく、それだけ言葉を残すとさっきまでの熱さはどこにいったと疑問を持つ程にあっさりと居なくなってしまった。


ここで、大きくショックを受けた者が一人。

ゴウランだ。

その場を見ていたゴウランは酷くショックだった。

本当にソウ王子はチヨと幼い頃から一緒に居て、こんなにも知らないものなのか?
あんなに世話されといて?ソウの為に必死になって頑張るチヨの姿に何一つ心を揺さぶられる事もなく無関心だったというのか?
こんなにも無碍扱いするなんて…。

ゴウランは、ヨウコウの遊び相手(友達)だから。チヨと同じ立場だ。
チヨの気持ちは何となくは分かる。幼い頃から、王子の側に居てその立場や境遇など王子の後ろから色々見て感じていくうちに、なんとか力になりたいと思う様になってくる。

ゴウランも、ヨウコウの為に色々世話してるし毎日のように相談という愚痴を聞き自分の事の様に心を痛めながら親身になって聞き励ましてきた。

きっと、あの様子だとチヨだってそうだったに違いない。それどころか、先程のルナの話を聞く限り、自分よりずっとずっとチヨは、ソウを信じ尽くしてきたに違いない。

それを否定され、まして無関心ときたら…どれほど…。

それより、王子や姫達は分かってない。
遊び相手(友達)に選ばれた自分達の事を。確かに、王子の遊び相手に選ばれるのは光栄な事。

だが、幼い自分達にそれを理解する事は難しく、同じ年の子供達と一緒になって遊びたい、自由に動き回りたい、甘えたいという欲求でいっぱいだ。その感情を押し殺して最優先で王子に尽くさなければならない。
王子に縛られ王子に気を使いっぱなし。
王子の機嫌を損ねただけで大人達から説教されたし。自分はなかったが酷いと折檻されたなんて話も聞く事も多々あった。

日々、王子や大人達のご機嫌を伺う日々。
その上、王子の遊び相手として恥ずかしくないよう常に勉強や訓練でトップクラスで居続けなければならないプレッシャー。
挙げ句、王子に近しい存在として周りから嫉妬され“王子の金魚のフン”など陰口だって言われ続ける。

他にも色々思う事はあるが、それを知っていてのあの態度なのか?

…それは、俺達“遊び相手(友達)”を軽んじているという事。それより、ソウ王子はチヨの事を同じ人間として見ていたかも危うい。

少なくとも、ヨウコウ様はソウ王子の様に俺を無碍扱いすることはなかったし、こっちの事も少しだけど気にかけ知ろうとしてくれたから、そこまで深く考えることはなかったが。
…これは酷いとゴウランは、ソウに対し憤慨していた。

ピピとゴロウは、チヨの事を思うとゴウラン同様酷くショックを受け遺憾に思った。

そして、ゴウラン達一同はルナの後ろ姿を目で追った。

…今、どんな気持ちであろう。やるせない気持ちでルナを見ていると



「おい!…まったく、お前はどこほっつき歩いてたんだ?探したんだぞ!」


と、筋肉ムキムキの美女がソウに走り寄ってきた。


「ああ!ワリー、ワリー!
ちょっと、チヨ探してた。」


先程までの怒りに満ちたルナの姿はどこへ行ったのかというほど、ルナは何事もなかったかのようにナハハハと苦笑いながら筋肉ムキムキ美女にあっけらかんと話している。


「…で?見つかったのか?」


筋肉ムキムキ美女は、やれやれといった感じに腕組みをしルナに聞くと


「…………」


無言で、筋肉ムキムキ美女を見上げていた。こちらからはルナの表情は伺えないが、筋肉ムキムキ美女は表情を歪め二人の間が重苦しい空気に変わっていた。


「……そうか。宿でゆっくり話を聞こう。みんなも待ってる。」


筋肉ムキムキ美女が、そうルナに声を掛けると


「…ワリーな、レオン。」


ルナは、ニッとレオンと呼ばれる筋肉ムキムキ美女を見ると二人はゆっくりと自分達の宿へと戻って行った。


…しかしながら、あの筋肉ムキムキ美女がレオンというのか。と、ゴウランとミオは思った。
おそらく、あの人があのお喋りな兵士が言っていた“注目されている実力者の一人”。

背がやたらと高く、おそらく190センチ近くありそうだ。女性ボディービルダーかというくらいに筋肉がムキムキで美しさもあった。
金髪の髪に小麦色の肌で、全体的に麦畑を思わせるような金色の中に鮮やかな濃いエメラルド色の目は印象的だ。キリリと勇ましい顔立ちも相まっていかにも強そうだった。

彼らの姿を見送ってから、ソウに目を向ければ地べたに座ったまま動かない。
イライラし過ぎて落ち着くまで立ち上がらないつもりなのかと様子を見ていると


「…なに、ボーっとしてるんだよ。早く、起こしてよ、チヨ。」


ソウは苛立った様子で声を荒げ上を見上げると、ハッとした様に固まった。

それから、しばらくフリーズし顔を顰め
頭の後ろをワシワシ乱暴にかくと深いため息をつき面倒くさそうにノソリと立ち上がった。

その様子を見たピピとゴロウは何とも言えない気持ちで顔を見合わていた。


チヨがチームから抜けてからというもの、幼い頃からチヨに世話されっぱなし、守ってもらうが当たり前だったソウは
自分の身の回りの事は誰かがやってくれるのに体が慣れていて自然と体がそう動いてしまう。

自分が何もしなくても、誰かが何とかしてくれるだろうと。

だが、今はソウの手足となるチヨがいない。

チヨが居ない代わりに必然的にピピやゴロウが、ソウの面倒を見なければならなくなったわけだが、チヨの様に何でもかんでもやってあげられる訳ではないし限度だってある。

自分が思った様にピピとゴロウが動けない、あるいは動かない事、挙げ句、文句や説教までされるので、ソウは日々苛立ちが募っているようだ。

そんな日々を二人は思い出し

そもそも、ピピは一般人(ゴロウ)の用心棒でありゴロウは一般人。
何で、自分達がお前の身の回りの世話をしなければならないんだ。
自分達はお前の召使いなんかじゃない!
この旅は、身分関係ない平等な立場じゃなかったのか?
なんて、二人はストレスでどうにかなりそうになっている。

ウンザリした気持ちでピピとゴロウは深い深いため息をつき、チヨは幼い頃からこんな奴の為に世話をしていたのかと頭の下がる思いだった。

だが、チヨは、こんな甘ったれから解放されて良かったのではないか。ソウもこれをいい機会に甘ったれ根性から少しはまともな人間になれるのではなかろうかとも考えていた。

何よりも、今こそチヨの有り難みを思い知れ!チヨを罵った事を後悔しろ!自分の傲慢チキを反省しろ!!と、いう気持ちが二人は大きかった。



一方、ルナとレオンは宿に戻る間にこんな話をしていた。


「お前と旅をしていて気になっていたんだが、お前とチヨは相弟子という他にどういった関係なんだ?」


と、何気なくレオンは聞いた。
すると、ルナは


「…ん?それって、どういう事だ?」


レオンの質問の意味が分からないとばかりに首を傾げレオンを見上げた。


「…何といったら、いいのか。
前から思ってたんだが、お前相弟子と言う前にチヨの事が好きなんじゃないか?」


そう、レオンが言うと


「おう!チヨの事は大好きだぜ!!
小さい時からずっと一緒にいる妹弟子なんだ。当たり前だろ!!」


と、ニカッと笑い元気よく答えた。
レオンの言っている意味合いとはかけ離れた答えに、レオンは少し頭を抱えた。

ルナは、洞察力が鋭い。が、しかし、自分に対してはどうしたもんか疎すぎる。

しかも、友達と遊んで食って寝て武術で体を動かしている方が断然に楽しいらしく、恋愛には、そこまで興味が湧かないらしい。

だから、ルナは周りから向けられる恋愛的な好意に気が付かない。

ルナのこの容姿と性格のアンバランスさがいいのか、よくモテる。

モテるが、本人はその向けられた好意に気づかない。遠回しの告白やアプローチだとルナ本人に伝わらない。

猛烈なアタックに、直接的な告白を受けてようやく愛の告白だと気がつく様な呆れる程の鈍さ。

その告白に返す言葉も決まっていて


『ワリー、興味ねー!』


で、終わる。本人に悪気はないだろうし、本当に興味がないのであろうが相手が可哀想である。


「…聞き方が悪かった。では、これではどうだ?チヨに恋人できた。もしくは結婚したらどう思う?」


「…ん?チヨに?
…う〜ん?んな事、考えた事なかったな。
けど、チヨが幸せならいいじゃないか?」


「そうか。なら、いいんだ。
お前が、毎日のようにチヨを気にしてるのを見てな。もしかしたらと思っただけだ。」


レオンは、そう言うとこの話について話す事は無くたわいもない普段通りの会話に変わっていた。

だが、ルナはレオンからチヨの事を聞かれてから喉に小骨が引っかかる様な気持ちになり、何故こんな気持ちになっているのかと顎に指を乗せ体ごと頭を捻りながら考えていた。

そこに、何というタイミングの良さか。

ソウの元カノであるミミとミミの今カレであるレッカが前を歩いているのに気づいた。

二人は、人目を憚らず腰を抱き合い、周りに見せびらかすようにチュッチュ、チュッチュとキスしまくりその合間にベロチューまでしていた。…気持ち悪い。

ルナとレオン、周りの人達もウゲ…!と、思い顔を顰めた。

そんな周りの反応なんて二人は何のその。

レッカは欲望を抑えられず。
レッカはミミの首筋を舐めたり、ミミのミニスカートの中に手を忍び込ませたりと度の過ぎたイチャイチャを披露していた。
ミミも悪い気がしてないどころかノリノリである。

キャバクラの事はよく分からなく勝手なイメージで申し訳ないが、質の悪いキャバクラを見ているかの様だ。キャバ嬢とタチの悪い客みたいな。

周りはドン引きである。

そして、我慢ができなかったのであろう。レッカは大きな建物と建物の狭い路地裏にミミを引き連れ物の影に隠れた。

それを見ていた通行人やレオンもそこで二人が何をしているのか察した。おそらく、そうだろう。そうに違いない。そう思うと、本当に気持ち悪いし気分が悪い。

なんて、非常識で下品かつ軽率な奴らなんだとレオンをはじめ周りの人達も最悪なものを見てしまった、誰か警察に通報してくれないかなという気持ちでイライラした。

だが、意外な事にここである意味いい事もあった。

そんな非常識な光景を見ていたルナが


「…恋人って、あんな事するんだよな?」


なんて、ミミ達がせっせと大人の運動にはげんでいるであろう方向を驚愕の表情で見ている。
おそらく、ルナの特殊な目には物陰に隠れているミミとレッカの姿形がハッキリと見えているだろう。


「…なんか、嫌だ…」


ルナは、下を俯きポツリと言葉を溢した。
…え?と、思いレオンがルナを見ると


「…嫌だ!チヨには、誰も触れてほしくない!!」


と、ルナは声を荒げていた。そこで、ルナは自分の声で我にかえり

思ってしまった。


…ドクン、ドクン…


ミミとレッカを自分とチヨに重ねて見てしまい、どうしようもない熱が帯びてきて下半身がズクリと重くなった。

自分もあんな風にチヨに触れたい。
あんなのじゃなくて、もっともっと優しくチヨと…


ドキドキ


…あれ?


そう思ったら、どうしようもない切ない気持ちが込み上げてきて、無性にチヨに会いたい。

ルナの胸の中はチヨでいっぱいになっていた。

そういえば、いつも不思議に思っていた。
チヨと居ると、何故かいつもフワフワした温かい気持ちになるのだ。

自分では無意識であったが、周りの人達から
気がつけばルナはチヨの側にいる。
ルナはチヨにだけに紳士的だ。
チヨの前でだけカッコつけたがる。
チヨとの距離感おかしくないか?
近過ぎる。などと、よく言われていた。

それでも、深く考える事はなかったし気にする事もなかった。
みんなと同じように接してるつもりなのにな?なんて考えたりはしたが。でも、チヨといるとチヨの事を考えると、他の誰にも感じない気持ちがある気がして不思議だった。

だが、今回のソウとの出来事があり。
レオンの言葉で。ミミとレッカを見て。

そっか…そうなのか。と、ルナ今まで不思議だった謎が一気に解けてしまった。


「あ…オレ、チヨの事好きだ。」


と、難題の謎が解けたかのごとくルナの口からポロリと言葉が出た。

ルナが、自分で言葉にする事でルナの中にある引っかかりが消え胸にストンと落ちた。

そう思ったら途端にルナの顔はポ…ポポポッ!と、湯気が出るかの様に真っ赤になった。


「…そっかぁ。オレ、昔からチヨの事好きだったんだなぁ。そっかぁ、そうなんだぁ…」


そう噛み締める様に呟くと、グッと前を向き


「オレ、チヨを嫁にする!!
よし!今から、チヨを嫁にもらいに行く!!!
行こうぜ!」


なんて、元気ハツラツ。ちょっと、コンビニまでという感じに軽い調子で突拍子もない事を言ってきた。

レオンが…え?と、思った時には

ギラギラと目を輝かせ浮かれたようにテンション高く走り出すルナの姿があった。
その後をレオンは、どうせ、まだ何も中身なんて考えてないんだろなんて苦笑いしながら追いかける。


「あのな。張り切ってる所悪いが、嫁にするって言ってもな!まず、告白だろ!?」


「あ!そっか!!告白!嫁にするには告白だな!オッケー、オッケー!!」


「…何も、OKだとは思わないが。
その前に、チヨに振られたらどうするつもりだ?」


「あ、そっか!振られるって事もあるんだな。そこまで考えてなかったや。ハハッ!けど、諦めるつもりもねー!!」


「それはいいとして、その前に、チヨの居場所は分かるのか?」


「今から探す!協力してくれ!」


やれやれ。また、ルナの“ワガママ”が出た。
ルナが、そうと決めたら、それを曲げる事はない。…まったく、世話の焼けるやつだよ。
また、旅が遠回りになってしまうな。

それでも、そのワガママに付き合うのは嫌いではないんだよな。

ルナの“ワガママ”には、自分達も納得のいくきちんとした理由があるから。今回は…いつものワガママとは全く別のものだが…たまには、それもいいかと思う。
みんなも、きっと快諾してくれる事だろう。

結局、みんなルナが大好きなんだ。

と、レオンは困ったように眉を下げつつ笑みが深くなった。

宿に戻ってからの、みんなの反応が楽しみだ。
どんなに驚く事だろうか。

なにせ、ルナのチヨに対しての気持ちのあまりの鈍感さに、どうにかならないものかとヤキモキしていたのだから。