『まず、ショウ様と最初に会った時に説明しておくべきだった。まさか、そんなに気に病むとは考えもしなかった。配慮が足りなかった…すまない。』


オブシディアンは、説明が足りなかったばかりに今までショウを不安がらせた事を詫び


『まず、説明するのは護衛の仕事について。
シルバーさんは、ショウ様を守るのが今回の任務だ。
仕事をするにあたって、会社の規約や依頼主からも様々な条件を出される。』


護衛の仕事についての簡単な説明をし始めた。


「…規約?条件?」


『そう。規約というのは組織、団体の規則や規定という事。』


「…む、難しい…。…よく分からない…」


仕事の説明の前に、言葉の単語の意味を理解させなければならない事にオブシディアンは少々手を焼いていた。
ショウが学校に行ってない事や家でも勉強しない事がここにきて仇となっている様だ。


『…会社の偉い人が決めたルール、決まりと言えば分かるか?』


「…そっか!ルール!」


なるほど!と、一つ物を覚えられてショウはとても喜んでいる。


『…そうだな。一つ勉強になったようで良かった。』


「教えてくれて、ありがと!」


ショウは教えてもらえた喜びに素直にオブシディアンにお礼を言った。

…だって、屋敷のメイド達にただ話し掛けるだけでも忙しい邪魔だと邪険にし相手にしてもらえなかったし、家庭教師はショウが理解しないうちにドンドン授業を進めていくばかりなので授業に置いていかれ…全然ついていけなかった。
家庭教師達は、物覚えの悪いショウの事をバカにしワザと早口で専門用語やショウの分からない様な難しい言葉を使って授業をし、それにショウがついてこれない事を嘲笑っていた。

そんな事をされたら、ショウでなくても大概の人達だってついていけない。当たり前である。

そんな陰湿なイジメが続き。
ついにショウは家庭教師の授業を断固拒否しそれから紆余曲折あり、代わりにサクラが勉強を教える事になる訳だが…。

ここで大きな大きな問題がでた。

これは、リュウキやお婆が危惧していた事でありおそらくそうなるであろう予想がついていたから、できる限り家庭教師の役割はサクラに任せたくなかった。

しかし、こうなっては致し方ないと二人は大きな大きなため息をつき、勉強しないよりはと妥協に妥協してサクラに家庭教師の役目も頼んだ訳だが…。

任せてみたら、やはりやはりであった。
それに、リュウキとお婆は頭を抱えている。

みんなの予想通り、サクラは勉強を教えるにもショウに超絶激甘であった。激甘を通り越して、砂糖に蜂蜜を混ぜるくらい悶絶級の甘さである。

ショウに合わせてとてもゆっくりゆっくり丁寧に教えてくれるのはいい。
それはいいのだが、何せショウに超絶激甘なので、ちょっとした事でもの凄く大絶賛する。
ショウは調子に乗りやすい性格な為、大絶賛されている内に有頂天になりいっぱい褒めてと期待の眼差しでサクラを見る。サクラもそれを察し、もちろんショウが望む以上に褒めに褒めまくる。その内に、ショウは自分が何を質問していたのか分からなくなり肝心な問題内容さえ忘れ正解があやふやなまま終わってしまう事もしばしば。

挙げ句、学校へ通うサクラの空き時間に少し勉強するのみで一つ一つが超絶スローペースなので全然授業が進んでいない状態だ。

これでは授業が全然進まず、教える側はイライラしてショウを殴り飛ばしたい気持ちになるだろう、ストレスになるだろうに…
何故かサクラは、そんな物は一切感じさせず、むしろ、とてもとても楽しそうにニコニコ笑顔が絶えず幸せそうに授業をしている。…サクラの精神を疑いたい。

しかも、ショウの“やりたくない”“飽きた”の一声で授業は無くなってしまうので、勉強してないに等しいのだ。

ちなみに、お婆は入れ歯の関係で滑舌が悪くフゴフゴ何を言ってるのか分からないので家庭教師の仕事は任せられないとリュウキに却下されている。お婆は納得してないが。

そんな事情も知っているオブシディアンは、ショウの頭でも理解できるよう出来るだけ噛み砕いて説明をし


『例えば、移動中に要人…つまり護衛が守るべき人の事だ。要人から一定距離以上離れない、肩時も目を離さない。要人に危険が迫りそうになったら身を挺して守るなど、他にもたくさんある。
その中には、私語を謹む、要人相手に深く関わらないといったものも含まれる。
…ここまで大丈夫か?』


途中、ショウが説明についてこれているか確認をしつつ話を進めていた。


「……えっと、護衛さん達は会社と雇い主に言われたルールを守らなきゃいけない!」


『…まあ、だいたいそんな感じだな。
だから、シルバーさんはショウ様と深く関わらない様にしている。それは、仕事上仕方ない事だ。決して、ショウ様を嫌っての行動ではない。』


「…でも、どうして仲良くなっちゃいけないの?」


純粋な疑問である。ショウは、みんな仲良くした方がいいのにと単純に思う。


『情が湧くと、冷静な判断ができなくなりミスしてしまう可能性があるからだ。護衛の仕事は一瞬の判断ミスが命に関わってくる。』


「…なんか、色々難しくて大変そうなお仕事だね。オブシディアンさんは、メイドさんだけどメイドさんもルールとか色々あるの?」


『…もちろん。』


「…そっか。お仕事って大変なんだね。
オブシディアンさん。いつも、ありがとう。」


そうなのか。仕事の種類によってもルールが違うし、そのルールも会社の為、雇用者の為に考えられたものなんだ。
オブシディアンの話を聞いていて、ショウはそう理解した。

そして、ルールを守りながら自分を世話してくれるオブシディアン、悪い人から守ってくれるシルバーの仕事は大変だなぁとショウは改めて二人に感謝の気持ちが芽生えた。


『……!!?…あ、ああ。』


どうも調子が狂う。ショウと一緒にいるようになってから、こんな何でもない事でもよくお礼を言われる。しかも、とても嬉しそうに。

しかし、彼女の境遇を考えると仕方ない事だと思う。彼女は、甘えた環境で育ち一般常識にとても疎かった。イジメで登校拒否していた事も大きいだろう。
屋敷にいるメイド達の陰口や嫌がらせのせいもあり、聞きたい事があっても“忙しい”だの何だの理由をつけ追い払い挙げ句、それを嘲笑うのだ。おかげで、ショウは人間嫌いになってしまった。

それもそうだが、一番近くにいるサクラ様がそれを許さなかった。サクラは何処かおかしい。

サクラは、まるで自分無しでは生きられないようショウを自分に依存させようとしている様に見える。

何故、そんな事をしているのか不明だ。

ただ、身震いする程までに恐ろしいくらいの独占欲と執着を感じる。

しかし、サクラのショウに対しての異常なまでの執着に何かかしら裏があるならば。
それを恐れ、王はショウとサクラを離したのだが。

もしもだ。もしも、本当にアレを好き好んでやっているとしたらサクラは、とんでもない変態だと思う。自らが率先して奴隷の如く何から何までショウのお世話をするなんて…超のつくドMにしか思えない。

本当に、何から何までなのだ。

赤ん坊じゃあるまいしそこまでやるか???と、いうくらいに。

そんな事を考えながらもオブシディアンは、何とかショウのシルバーへ対する不安を取りのぞけた事にホッと胸を撫で下ろしていた。

ここで誤解されたままであったら、シルバーの精神状態が大幅に崩れる可能性が高く、この先旅に何かかしらの支障が出るだろう。
後々が面倒なので、それだけは何としても阻止したかった。


「…でも、シルバーさん。私が失敗したりすると大きなため息ついてどこか居なくなっちゃうのはどうして?私が嫌いだからじゃないの?」


確かに同じ空間にいてそんな行動をされては、ショウがそんな風に受けとってもおかしくないだろう。

ここは仕方ない。


『…通常、口外されない事だが。
このままショウ様がシルバーさんについて誤解し続けられたら困る。だから、出来るだけ他の人達には言わない約束をしてほしい。』


「…え?…う、うん。」


『シルバーさんは、これが実践での初任務。
完璧に見えるシルバーさんだが、玄人から見ればまだまだ未熟。特に、精神面。
だから、心が掻き乱されたり冷静では居られなくなりそうな時、シルバーさんは深呼吸をして一旦心を静め心を落ち着かせる為に外に出る。これも、仕事の為だ。
だから、決してショウ様を嫌っての行動ではない。』


オブシディアンは、出来るだけ柔らかな言葉を選び丁寧に説明した。


「…そうなんだ。全然、知らなかった。」


ホッとする様子のショウだが、何故オブシディアンがそこまでシルバーの仕事に詳しいのか考えも及ばないだろう。そこまで頭が回らないのだ。この時ばかりは、ショウがおバカな子で良かったなと思う。

同時に…おや?と、思った。
ショウと旅をしていていつの頃からか感じる違和感。自分では気がついていないだろうが、ショウはシルバーを気にしている。
嫌われたくない。自分を見てほしいと切望している様に見える。ヨウコウ達の事も同じ様に気にしているが意味合いが全く違う気もする。

ヨウコウ達に対しては嫌悪と怯えから。
シルバーに対しては…。

ショウも年頃の女の子。
そういった感情が芽生えてもおかしくない。

…おやおや、これは。と、オブシディアンは苦笑いするのだった。