入院して一週間ほど経ち、ショウは気がついた事があった。

それは…


「…あ!ショウちゃん、オハヨー。
体温と血圧はからせてね〜。」


若くて美人な看護師さんが、毎朝決まった時間にショウの体調を聞きに来てくれるのだが


「うふふ。ショウちゃん、羨ましいなぁ。
あんなイケメンな“お兄ちゃん”に、いつもお見舞いに来てもらえるんだもん。」



いつも、看護師さん達が来る朝のこの時間帯とお昼過ぎ、夜とリュウキはお仕事の報告と
指示がある為一時間ほどどこかへ行く。

いくら仕事が休みでも、それだけはしなきゃいけないらしい。

どれだけ仕事が忙しくて大変なのだろう。

リュウキは、いつも一、二カ月に一回だけ
一日〜三日くらいまで丸々休みの日がある。

長い時だと半年に一回しか帰って来ない時だってある。

休みの時でも、帰って来たと思ったら
急な仕事が入ったとかで玄関に入る前に仕事に戻る事もざらにある。


どんな仕事をしているのか全然知らないけど。


屋敷の若いメイド達の噂話だと

“グータラで、とにかく女にダラシがなく女遊びばっかりして家に帰って来ない”

“資産家でお金持ちだから毎日遊んで暮らしている。”

“おブタ姫は、遊んで捨てた女の子供で
可愛くないから奴隷売りから、サクラ様を買って無理矢理面倒見させている最低クズヤロー。”

“きっと旦那様も、おブタ姫みたいに
ブクブク太った不細工なキモいオッサンに違いない。”

なんて、散々な酷い言われようだ。

だけど、お婆は教えてくれた。
リュウキは仕事がとても忙しくて滅多に家に帰って来れないのだと。

ちなみにだが。リュウキは滅多に家に帰って来ないし、身の周りの世話は古きメイド達にお願いしているので若いメイド達はリュウキの姿をあまり見た事がない。
それに、リュウキの見た目が若過ぎて
家に帰って来てもたまに来る客人にしか思われていない。


リュウキが来る度に、まさかこの人が
この屋敷の主だと思わないらしく


“ねぇ!あのお客様、また来たよ!
めっちゃイケメンだよね。”

“メイド長達がお世話しに行ってるくらいだから偉い人よね。”

“すっごく、色気感じちゃうんだけど…遊びでいいから一度は抱かれてみたい。”

“凄く強そうなんだけど軍人さんか何かかな?”


など、色めき立っている。

そんな噂話が聞こえる度に、ショウはそれが
お前たちの言ってる“グータラで遊んでばっかのデブス”だよと心の中で悪態をついていた。

何回か、その人は私のお父さんだよって教えた事があったが

“こんな若いのにあり得ない。”

“お嬢様が言ってる事が本当なら、お嬢様は
あの方が幼稚園か小学校に通ってる時にできた子どもって事になりますよ?”

と、ショウの事を嘘つき呼ばわりして、爆笑してきたのでそれ以来もう言わない。


この看護師も同じような事を言っている。
この看護師だけじゃない。病院内でリュウキを見た人達みんなそう言ってくるのだ。


“イケメンなお兄さん”だと。


ショウは、お兄ちゃんじゃなくて“お父さん”
なんだけどな、と、心の中で思いつつ
若いメイド達に嘘つき呼ばわりされ爆笑されたトラウマから黙っていた。


「ショウちゃんは、お兄ちゃんに全然似てないね。」


…チクリ…


リュウキと全然似てないと言われ、ショウは心が痛んだ。

若いメイド達にも病院で知り合ったお医者さんや看護師さん達、患者さん達に結構な頻度でよく言われる。

患者さんのお見舞いに来た人達が

“あの子とお兄さん絶対血が繋がってないよね。”

“だって、全然似てない。”

“同じ兄妹で、イケメンとデブスって…あんなデブスが妹とかお兄さんかわいそ。”

なんて、ヒソヒソ話してるのも聞いた事がある。


だから、最近もしかして本当に
自分とお父さんは親子じゃないのかもしれないと思うようになっていた。

…だって、こんなに似てない。


「お父さんとお母さんは仕事で忙しくて来られないの?」


看護師さんの質問に、ショウはお父さんは
来てると思いつつ答えられずいると


「…色んな家族がいるもんね。
いいのよ、無理して答えなくて。大丈夫よ。
だって、私こんな仕事しているから
色んな家族の事情があるってのも理解できるし分かってあげられる。」


そんな事を言ってきた。

こんな内容の事を言ってくる人達は大抵…


「…だから、私ね。ショウちゃんやお兄ちゃんを支えてあげられると思うんだ。
何かあったら、いつでも相談にのるよ?
私なら、ショウちゃんも大事にできるし。
お兄ちゃんにも、そう伝えておいてね。」


と、何故か、“自分がこんな事を言ってたよ”って、リュウキに伝えてくれという。

その事をリュウキに伝えれば、気にしなくていいと苦笑いが返ってくる。


お婆に、その事を話せば


「旦那しゃまは、無駄にモテましゅからな。
お嬢しゃまと仲良くすれば、旦那しゃまと
恋仲になれると勘違いしているのでしょう。ひゃっはっはっ!」


なんて、笑いながら言って、騙されないように気をつけろと付け加えられた。

今までも、家のメイド達の様子を見て何となくリュウキがモテている事は察していたが。

そういえば…サクラを見慣れ過ぎている自分とメイド達は、リュウキは“なかなかのイケメン”と、思っていたのだが…それはちょっと違ったらしい。


ここに来て、周りの様子や話を聞いて
どうやらリュウキは“なかなかのイケメン”
どころか“かなりのイケメン”らしい。

ただ、サクラが特別…別格にイケメンだった。

だから、そんなサクラと並ぶとなかなかの
イケメンと錯覚してしまう。

なんと、恐ろしい…。

そのいい例が、自分の家で働いている若いメイド達だ。何故か彼女達は皆が皆、美女揃いで自分はモデルにスカウトされたとか〇〇美少女コンテストで2位だったとか、ワールド美女コンテストで優勝したって人までいた。
そんな、自分の美人っぷりを自慢しまくっているメイド達もサクラと並ぶと、霞んで見えてしまうのだから。


確かに、若いメイド達(5名)もヨウコウ達も美形だが、リュウキもそれと同等に美形だと今更だが感じた。

そうなると、サクラの美貌はいかほどか…
考えれば考えるほど恐ろしいくらいの美貌である。もはや、現実離れしている。


物心つく前から、ショウはそれを当たり前と見て育ってきたのだ。だから、ちょっとやそっとの美形は美形に見えないほど目が肥え過ぎていた。

それに、最近気がついたのだ。

証拠に、今思い返すと
ヨウコウ達と旅をしていた時、行く先々で
ヨウコウ達を見た人達が色めき立っていた気がする。

しかし、何故だろう?

美形ってなら、リュウキもヨウコウ達と同じレベルだと思うが…

リュウキのこのモテっぷり。

全然、知らなかったがリュウキはもの凄く
モテるみたいだ。

今は、ショウが病気だから大人しいが。

普段の俺様、傍若無人、デリカシーの無さを考えると全然モテそうにないが。
もし、自分がリュウキの娘でなければ大嫌いで近付きたくない人物になってただろうと
ショウは思うのだが。

アレを恋愛対象とかあり得ないでしょって
思うのだが…解せぬ…。趣味が悪い人が多過ぎる。


では、サクラは…?


サクラは、側にいるのが当たり前過ぎて
今の今まで考えもしなかったが。


あんなに美しく、優しい、気遣いもできるとなれば、モテるのではなかろうかと考えた。

実際、自分達が美人だって自覚のある傲慢な若いメイド達でさえ、サクラにうっとり見惚れ美しいと褒めちぎっている。

それが、外に出たらモテないわけがないと
ショウは、今、考えた。

モテるという事は、男女の恋とか愛とかそんなのも出てくるわけだが

自分がデブスで何も取り柄がないと知ってから、恋だの結婚だの無理だと思い諦めてしまった。
ショウはいつしか恋愛ざたにほとんど興味を無くし自分には関係のない遠い世界だと思うようになった。

現実はあり得ないから、妄想の世界で恋に恋してはいるが…。


幼い頃、まだ現実を知る前までは
自分がサクラより美人と疑わなかった頃は
よくサクラに

“私がサクラのお嫁さんになってあげる”

なんて、勘違いも甚だしい事を毎日のように言ってたし、将来、自分はサクラと結婚するのだと当たり前に思っていた。

現実を知った時も、今思い出しても
思い出したくもない赤っ恥な黒歴史である。


だけど、ここにきて色々考える事が多くなり

やっぱり、気になるのがサクラの恋愛事情である。


サクラも恋とかしてるのかな?

恋人とかいるのかな?


そんな話、聞いた事なかったから
そんな事も知らないや…。


リュウキやメイド達の話では

サクラは美貌ってだけでなく、勉強や運動、武器術、波動、魔法…様々において優秀だと言っていた気がする。

現に、中学の時には飛び級で某有名大学院まで卒業しているらしい。だが、学生の時間も大事だとリュウキがサクラを高校に入学させたって話も聞いた事がある。


本当かどうかは知らないが、これが本当
だったらサクラはとんでもないスーパーマンだとショウは思った。

そんな凄い人が、一生ショウのお世話をする…ああ、確かにそう考えると勿体ない。
宝の持ち腐れとは、まさにこの事を言うのかと今更だがそう思った。

だって、サクラについて今の今まで、そこまで考えた事なかったから。


じゃあ、サクラは将来、凄い職業に就いて
自分に見合った超絶美人な人と結婚して…


…モヤ…


…なんか、嫌だなぁ…


自分が嫌だと思ったところで、何も起こらないけど。

なんか、さみしい。

心にポッカリ穴が空くような気持ち。


…どうせ、もう会えないのだしサクラの事は考えないようにしよう。


そう思うショウだった。


リュウキにお昼ご飯を食べさせてもらっている時、ショウは最近感じた自分の疑問を
リュウキにぶつけてみた。


「…あのね、お父さん。」


「ん?どうした?」


リュウキは、柔らかな表情でショウを見ている。


「…私って、お父さんの本当の子どもじゃないの?」


そう聞いてみると

リュウキは一瞬驚いた顔をしたが、何か思い当たる事があるのだろう。少し深刻な顔をしたのでショウは不安でいっぱいになってしまった。

不安そうなショウに、リュウキは苦笑いし



「お前は、正真正銘、血の繋がった俺の子どもだ。」


と、言ってきた。でも…


「…本当?だって、みんな私とお父さん全然似てないって言うよ?
それに、お父さんの年が若すぎるから親子としてあり得ないって…」


ショウは、喋りながらポロリと涙を流してしまった。

…あれれ?おかしい。
別に、お父さんから嫌われてるはずの自分がお父さんと親子じゃないって分かっても何とも感じないと思ってたのに。

なのに、なぜか涙が出てきてしまう。

そんなショウの姿に、リュウキは驚き



「…ショウ、お前…」


と、呟くと


…そっと、ショウを抱きしめ


「…お前には、言えない事も多いが嘘は言わない。約束しよう。
お前は、俺の子どもで間違いない。絶対にだ。信用がないなら血縁関係の証明できるものをいくらでも用意しよう。」


リュウキは、エグエグ泣くショウの背中をポンポンと慰めるように優しく叩いた。

なぜかな?ショウが悩んで泣いてるっていうのに、どうしてだかリュウキの喋る声が嬉しそうに聞こえるのは。

…バカだと思ってバカにしてるのかなと、
ショウは少しばかりムッとした。


「…じゃあ、どうしてこんなに似てないの?」


って、ショウが訪ねるとプッと少し吹き出す声が聞こえ


「お前はお母さん似だし、何より太ってしまって原型をとどめてないだけだ。」


なんて、言うものだからショウは



「…お母さんって、不細工だったの?」


と、聞いた。


「いや、全然。容姿は、いたって平々凡々。
中の下って感じだったな。だから、ブスではなかった。」


…あ、やっぱり、お母さんって美人ではなかったんだ。


「…お母さんの事、遊んで捨てたの?」


って、ショウの言葉に、少しの沈黙の後


「…………。“遊んで捨てる”って、どういう事か分かるか?」


リュウキが逆に質問してきて、どうしてそんな事を聞くのかと首を傾げながら



「…カラオケ…とか?」


友達と遊んだ事がなく、友達との遊びに対しての知識が乏しかったショウが真面目に考え導き出した答えにリュウキは、ブホッ!と、盛大に吹き出し笑っていた。

ムカつく。こっちは必死こいて考えて答えたっていうのに。


リュウキは「そうか、そうか。そうだな、
それも遊びだな。」と、言ってなぜか頭を撫でてきた。

…なんか、バカにされたようで頭を撫でられても嬉しくない。



「…そうだな。お前に、お母さんの事話した事なかったな。」


そう言うと、リュウキは柔らかな表情で
ショウの顔を見つめ



「俺とお母さんが出会った頃には、もうお母さんの寿命が短い事が分かっていた。
けどな、俺はお母さんが好きで諦めきれなくて、お母さんの寿命が短いのを知りつつ結婚しお前が生まれた。
お母さんは、お前が生まれてすぐに死んでしまったが…。」


と、教えてくれた。

メイド達の噂話とかけ離れた話に、ショウは驚きを隠せずいた。

…そっか、だから私にはお母さんが居なかったんだ。

私が可愛くないから捨てられたってわけじゃなかったんだ。



「お母さんはな。お前が生まれた時、凄く喜んでいたよ。もちろん、俺もな。
だから、お前を残して死んでしまう事を悲しんでいた。お前の成長を見られないのが残念だと。」


リュウキは、その時の事を思い出してか
いつになく弱々しい顔をしていた。今にも泣き出してしまいそうで、どうしたらいいか
戸惑ってしまう。

ショウは、そんなリュウキの姿なんて見たくなくて慌てて話題を変えた。



「…みんな、お父さんの事…私のお兄ちゃんだって言ってるけど?メイドさん達には、
お父さんにしては若すぎるって、嘘つきって
いっぱい笑われちゃったよ?…どうして?」



「…ああ、それはな。
世界の国によって、老いるスピードも寿命の長さも違う事は知っているか?授業で習ってるはずだが?」


と、聞くリュウキに、ショウはうなづいた。
それくらいは、勉強嫌いな自分でも知っている。幼稚園の子だって知っている事だ。

だいたいの国は、一般的に20才くらいには体が成長しきって、そこからどんどん老いてくる。平均寿命は男女合わせて85才だと。

けれど、種族や術を極めた人のごく一部の人は、老いるスピードも寿命の長さも圧倒的に違うと聞いた事がある。中には、不老不死の人間もいるとか。

自分達のいる国は、老いと寿命は一般的な
長さとスピードの国だ。
だから、老いるスピードが遅いだの600年生きるだのという話はとても信じられない話で夢物語に思われている節がある。


「俺はな、18才の時に呼吸術と気術を極めて
そこから、さほど年老いなくなった。
だから、35才の今も姿は18、19才の頃のままだ。寿命は分からないが…」


そう教えてくれたが、呼吸術と気術って何?とも思ったが、極めたって話を聞いて

…あれ?実は、お父さんって何気に凄い人?と、思った。


話を聞いて、色々と疑問は解決したが

…人の噂ってものは、あまり当てにならないものだなと思った。

中には、本当も混ざっているのかもしれないけど。


そう学習した、ショウであった。


そんなショウを見て

素直に納得してしまうのか、我が子は…。
と、リュウキはショウの素直さに可愛いと思いつつ、それ以上に心配になってしまった。


そのあと、リュウキはいっぱいショウの頭を撫でて

人を騙す悪い人間もいるし、嘘つきもいるからあまり人の話を信じ過ぎるのもよくない。
と、説明したが

バカな我が子は、リュウキの言っている意味がよく分からなかったらしく首を傾げキョトンとしていた。


…どうしよう…俺の子がバカ過ぎる。


けど、そんなところも可愛く思えるなんて、自分はどうにかしてると。


バカな娘と自分に頭を抱えた。