サクラは参っていた。
きっと、この宴会もお婆が居たなら開く事は無かっただろう。
毎日がストレスで、最近胃も痛くなってきた。
波はあるが、酷い時は胃がギュッと握られた様に痛み冷や汗が出て起き上がれない時もある。
宴会の席に着いた今も、イライラし過ぎて胃が痛くてたまらない。
早く、この場から立ち去りたい。
だが、来て早々部屋に戻るなどリュウキが許さないだろう。
ご馳走に酒にと、遊女達はご機嫌にどんちゃん騒ぎだ。楽器の演奏、歌、ダンスなど色々行われ、芸を磨いている遊女達は流石と言うべき見事な芸達者っぷりだった。
…が、今のサクラには何一つ心が動かず、普段なら心地よく聴けていたであろう演奏や歌も寝不足の頭に響き耳障りなだけであった。
…ああ、ここにショウ様がいらっしゃったら喜んでいただろうなぁ。
ショウ様は、歌や音楽を聴くのが好きだったから。
なんて、ぼんやり考えていると
「…は、はじめまして!」
16、17才くらいだろうか?顔を真っ赤にし、緊張した面持ちでサクラに話しかけてきた女性がいた。
サクラは、いつもの如くツンとし無視を決め込んだ。
大した用もなく話し掛けてくる輩には、いつもこうして対処している。すると、相手も諦めて去っていくのだが。
「さっきから、ご飯も食べてないみたいなので…心配になっちゃいまして。」
この若い遊女は、サクラに近づこうとしたが緊張し全身がガチガチであろう事かつまずいて転けてしまった。
「…キャッ!」
その様子を楽しげに眺めているリュウキの姿も見える。
「…チッ!」
サクラは、リュウキにイラつきながらも
若い遊女がベチャッと転けたのも知らぬ存ぜぬ状態で無視をした。
「えぇ〜!そこは、助ける所でしょー。サックラちゃ〜ん!つっめたぁ〜い。」
少し離れた隣の席で、いい感じに酔っ払っているリュウキが茶々を入れてきた。
イライラし過ぎてどうにかなりそうだ。
もういっその事、この屋敷ごとリュウキを吹っ飛ばしてコテンパンにしてやりたい気持ちだ。泣いても許しをこいても絶対許さない。
何度、想像の中でリュウキをコテンパンにやっつけギャフンと言わせてやった事か。
実際には、そんな事はできないが。
できもしない想像をし虚しさを覚え、ハア…とため息を溢すと
さっきのすっ転んだ女が
「…は、恥ずかしいですぅ!」
と、茹で蛸のような真っ赤な顔をしてサクラの隣にちょこんと座ってきた。
「…あ、あの、食べ物が口に合わなくても、せめて水分だけはとった方がいいですよ?
あ!でも、お酒はダメですからね!
空っぽの胃袋に、お酒を入れたら体に悪いですから。」
そう言って、この女はサクラのグラスにお茶を注いだ。
なんで、お前にそこまで言われなきゃいけないのかとムカつきはしたが、実は喉がカラカラだったサクラは自分で飲み物を注ぐのも面倒だったので
何となく癪に触ったが、女が注いだ茶を口に含んだ。
それを見たリュウキが、サクラに近づき肩に手を掛けると
「その娘は、まだ誰とも繋がった事が無いそうだ。お前が、その娘を女にしてやれ。」
サクラの耳元でそんな事を囁いてきた。
…どれだけ俺を侮辱すれば、この男は気が済むのだろう?腹の底からフツフツと怒りが込み上げて来る。
「今まで、どんな女にもなびかなかったろ?
ショウには、あんなに欲情して盛りのついた犬みたいになってるのにな。
そこで、俺は考えた。デブ専か、ブス専あるいは処女厨なんじゃないかってな!」
本当にムカつく、コイツ!
俺の事だけならまだしも…ショウ様の事まで…!!
それで、この女を当てがってきたってわけか。
「苦労したんだぜ?まだ、仕込みのできてない遊女見つけんの。」
そんな事を得意気に話してくるコイツに殺意が芽生えそうだ。ムカつき過ぎてさっきから体が熱い。
いつもなら、ふざけるなと抗議しただろうが、今は面倒が先に立ち声を出すのも億劫なので無視をした。
しかし、気がつけば徐々に全体の雰囲気が変わり始め、異変を感じたサクラは
「…気分が優れない。先に休む。」
と、自分の席を立とうとした時だった。
グラリと目眩のような感覚を覚え、うまく立ち上がる事ができなかった。
…なんだ?心臓もドクドク脈うってるし、身体中が熱くてたまらない。
自分の体の異変に、思わずリュウキを見ると…数人の遊女達と絡み合っていた。
ハッと周りを見渡すと、ストリップダンスや卑猥なパフォーマンスが始まっていた。曲もエロチックなものに変わっている。
いつの間にか自分の大事な所もおっきしていたのに気づいたサクラは危機を感じ焦り、早くこの場を立ち去ろうとした。
…が、何故か体に力が入らず立ち上がれなかった。
それをいい事に、遊女達が次々とサクラに抱きつき体に触れてきた。
服の上ごしであったが、無理矢理引き起こされる快感と気持ち悪さが混じり
サクラは、堪らなく不快感を感じ強い吐き気に襲われた。
「…やっ…やめろ…、本当に…本当にやめてくれっ!」
必死の抵抗、ついには涙目になって懇願してきたサクラに、女達は嗜虐心を刺激され更に興奮してしまっていた。
「泣いてるのぉ?かわいい!」
「大丈夫だよ。気持ちいい事するだけだから怖がらなくていいんだよ?
いっぱい、い〜っぱい気持ちよくなろうね。」
女達の欲に塗れた姿に、サクラは恐怖を感じた。コイツらは、もう俺が何を言ったって聞いてくれない。
「良かったな。これでお前も男になれるな!どうせ、頭でっかちなお前はこのチャンスも物にできないと思ってな。
一服盛らせてもらったが効き目抜群だな。
万全のお前なら、みんな跳ね除けられただろうに。媚薬って凄いもんだな。体に力が入らなくなるのか。
いや、お前専用に作らせたこの特別性の媚薬が凄すぎるだけか!」
遠くで、ご機嫌なリュウキの声が聞こえる。
…一服、盛ったって、いつ…回らない頭で今までの事を思い返すと
…ハッ!
思い当たる事があり、あの自分の前ですっ転んで見せたあの女を見た。
すると、この状況に驚き青ざめカタカタと震えていた。
「…ご、ごめんなさい!旦那様に、これを飲ませろって言われて…ま、まさか、こんな事になるなんて…ごめんなさい!ごめんなさい!」
と、何度も謝って身を小さくしていた。
…クソッ!!!
はめられた!
あの時、面倒だからとあの女が入れた茶を飲まなければ!
そもそも、宴に参加しなければ…。
だが、リュウキの誘いを迂闊に断れば、ショウ様に被害が…。
何より、コイツがここまでするとは思ってもなかった。
コイツを少しでも信じてしまっていた自分がバカだった。
「…あ、謝るくらいなら、ここから俺を助けろ!」
謝る女に向かって、そう叫ぶと
「…ごめんなさい!こんなチャンス…もう二度とないって思うから!」
事もあろうか、女も震えながらも自分に触れてきた。
…最悪だ。もう、絶望しかない。
その時、サクラの頭に浮かんだのは他の誰でもないショウの姿だった。
服を脱がせまいと必死に抵抗し、唇を奪わせまいと口を腕で押さえ込み…サクラはもがいた。
絶対に、体を汚させてたまるか!
リュウキの思う壺になってたまるか!
この体は…この体も心も全てショウ様の物だ。…例え、それをショウ様が望んでいなくても。
サクラは、強く強くショウを思い心の底から会いたいと望んだ。願った。もはや、ショウに救いを求めるが如く懇願した。強く強く願った。
…ショウ様…ショウ様、ショウ様っ!
今すぐに、あなたに会いたい!!
すると、不思議な現象が起きた。
「キャッ!!?」
サクラの姿はあれど…サクラは半透明になっており動きも固まったまま動かなくなってしまっていた。
半透明なので、女達がサクラに触れようとするもスカッ…スカッとサクラの体を通り抜け触れる事ができなくなっていた。
それに驚き
「…サクラッ!!!?」
と、慌ててリュウキはサクラに駆け寄った。
リュウキが触ろうとしても、サクラに触れる事ができなかった。何度掴もうとしても空を切るばかりで。
それに焦ったリュウキは、すぐさま遊女達を帰すと商工王国一の魔道士を呼んだ。
「…まさか、こんな事になるとは…。」
そう、呟きながら呆然とするリュウキの耳に
「これは、一体どういう事でしゅか!!?」
と、ここに居るはずのないお婆の声が聞こえた。
ドキッとし悪さを見つかってしまった子供のように声のする方を向いた。
「何か、胸騒ぎがしましゅてな。クビを覚悟で引きかえしてきましゅた。」
お婆の姿を確認すると、リュウキは力が抜けたようにペタリと床に座った。
そこに、国一の魔道士も現れ
お婆と魔道士に、サクラがこうなってしまった経緯を話した。
※この世界では、Aランク以上の魔法使いにのみ魔道士の名と称号を与えられる。
リュウキの話を聞き、お婆も魔道士も呆れていて
「…旦那しゃまは、本気でサクラしゃまの貞操を奪わせるつもりだったのでしゅか?」
という、お婆の問いかけに
「サクラが、こうなってしまって、今更こんな事を言っても言い訳にしかならんが…。
本気で、遊女達にサクラの童貞を奪わせるつもりはなかった。
遊女達には、サクラをその気にさせられたら倍の金を出すと言った。
ただし、お触りは服の上のみ。直に、肌に触れていいのは、サクラの同意を得られたらと条件も出していた。
もし、本気でサクラが嫌がってるにも関わらず無理矢理関係をもとうとした者がいたなら止めるつもりだった。
もちろんサクラが乗り気になったのなら、それに越した事はなかった。
いや、それより自然に恋を覚えそれなりの経験をしてくれたら一番だったのだが…」
それを聞いて、少しホッとするお婆だった。
このバカリュウキが、少しでもサクラの気持ちを考えてくれた事に。
サクラが半透明になってしまったのはショックであるが、それより何よりサクラの貞操が無事で良かったと。
幼い頃からサクラを見守ってきたお婆には何となく分かる。
もし、サクラの貞操が奪われていたなら
サクラの精神は崩壊するであろうし、その時の事を思い出しては死んだ方がマシだと思う生き地獄を味わう日々になるのだろうと。
だが、ショウが一番のサクラは、汚れてしまった体でショウに近づけないとショウの前から姿を消し、影ながら身を削りショウを守るのだろう。
そんな想像をしていまい身震いしてしまった。
本当に良かった。それに比べたら、サクラにとってどんなに苦しかろうが辛かろうが…それに勝る苦しさはなかろうとお婆は感じていた。
だが、あくまでこれはお婆の考えであって、本当にそうなるか、そうなのかは分からないが。
当たらずとも遠からずであろう事は確かだろう。
「…まっちゃく!こんな事ばかりして、旦那しゃまは一体サクラしゃまをどうなしゃりたいのでしゅか?」
サクラの事は、魔道士に任せお婆はリュウキを問いただした。
「…罪滅ぼし的な?」
そう言ってきたリュウキに、お婆は
「罪滅ぼしでしゅと?」
と、聞き返した。
「アイツの大事な時間をショウの世話で奪ったうえ、そのせいでショウに対し気違いを起こしているサクラが哀れになったんだ。」
今更、そんな事を言うかとお婆は思ったが黙ってリュウキの話を聞いた。
途中で口を挟むと、これ以上言わなくなりそうだから。
「本来なら、アイツは女も選り取り見取りで遊び放題だし周りも放っておかないだろう。
きっと、友人もできて楽しい時間も過ごす事ができただろう。そんなアイツの楽しみと自由な時間を奪ってしまったんだ。
しかも、年頃だってのに女経験も無いんだぞ!?さすがの俺も同じ男として居た堪れなくなってな…」
と、話すリュウキに
お婆は、それはそれは深ぁ〜〜いため息をつき
「しょれは、あくまで旦那しゃまの考えであって。皆がみんな、旦那しゃまみたいな考え方とは限らないのでしゅ。
人はそれぞれ、考え方も三者三様。人の趣味も好みも違って当たり前。
何より、サクラしゃまは旦那しゃまじゃないんでしゅよ?
それを旦那しゃまの枠の中に無理矢理、サクラしゃまを押し込めようたって無理でしょう?」
と、お婆はお説教をした。
「旦那しゃまには旦那しゃまの考えや、好み、趣味があって。同じく、サクラしゃまにはサクラしゃまのーー」
お婆がお説教を続けていた時だった。
「…こ、これは、まさか!」
と、魔道士は驚きを隠せずいた。
魔道士の声に反応するようにリュウキとお婆は魔道士を見た。
「どうした!?何か分かったか?」
リュウキが魔道士に聞くと
「はい。おそらく…この者は、ワープ(瞬間移動)をしたのではないかと。」
と、魔道士は驚きの発言をしてきたのだ。
ワープを使えるなんて、風系統の魔法を使えるSクラスあるいは波動のSクラスくらいのものだろう。
しかも、いくらSクラスだとしてもワープを使えるとは限らないのだ。
「…しかし、調べたところ波動でのワープらしいのですが…術をうまく使いこなせず未熟。波動と風の魔法のワープとでは違いがありましてーー」
と、魔道士が説明しようとしたところ
「詳しい話は後で聞こう。
つまり、サクラはどうなってしまったのだ?」
リュウキに急かされ渋々、波動と風系統の魔法のワープの違いについての説明を中断した。
「は、はい。この者は、全ての体の細胞を目的地まで持って行く事ができず、分子レベルに細かくなった細胞がここに止まった状態にあります。
魂や意識は、分裂した別の分子レベルの細胞の方へ持って行かれたようです。」
それを聞いたリュウキとお婆は、これはただ事ではないと青ざめ
「…そにょ、魂と一緒の体はどこへ行ったのでしゅか?」
お婆は不安な気持ちを抑え、魔道士に質問した。
「…分からない。無事に目的地に着いているのなら時間が経てば自然とここに戻って来る可能性もあるが…
もし、完全にワープに失敗したなら時空の狭間に挟まれ身動きの取れないまま一生を終えるか…
もし、突き抜けようとした建物の壁や植物などの途中でワープしきれない時など最悪も最悪。
体がそれと一体になってしまうなど様々な最悪な事態が考えられる。
それほど、ワープは危険で難しい術なのです。」
魔道士のワープの危険性の話を聞き、リュウキもお婆も生きた心地がしなかった。
「残念な事に、自分に出来る事は有りません。」
魔道士のその言葉に二人は絶望を感じた。もう、ダメなのだろうと諦めかけたその時だった。
「ーー…あっ…!ああぁっっ!!」
と、微かな声が半透明なサクラから漏れてきた。
それから、声も大きくなるにつれサクラの体は実体を帯び
「…ハア…ハア…ショウ様、ショウ様ぁぁーーーーーっっ!!!」」
あまりの苦しさからか辛さからか、すがるように必死にショウの名前を呼んでいる。
そして、ついに
「…グッッ…!!!」
サクラの体がビクビクンと飛び跳ね、のけぞる頃にはサクラはしっかりとこちらに戻ってきた様子だった。
魔道士も信じられない、奇跡だと驚いていた。
魔道士が念入りにサクラを見ていたが、サクラの体に支障はなく無事に全ての細胞や魂など戻ってきたとの事だった。
サクラは、こちらに戻ってきてから
ハアハアと何故か色っぽく息を切らしていて体が火照っているように感じた。
サクラの苦しむ姿を見て、艶っぽく感じてしまった三人はこんな時になんて事を思ってしまっているんだと後ろめたい気持ちになった。
しかも、泣いているのか涙が出続けている。
…ワープの影響なのだろう。
使い慣れないワープをし、相当疲れているのだろう。
だが、何故だろう?どうしても、サクラがとてつもなく官能的に見える。
サクラの美貌がそう見せてしまっているだけなのかもしれないが。
サクラは、その後しばらく放心状態でうっとりとしワープの余韻なのか時折、官能的な甘い声を漏らすようにクスクス笑っていた。
…様子を見ているこっちは気味悪く感じるが、サクラ本人はとても幸せそうである。
あまりに、うっとり夢見心地なサクラに声を掛けられず
結局、サクラが落ち着き正気を取り戻したところで何が起きたのか話を聞いてみる事にした。
いつもなら、いかなる時も図太く話しかけるリュウキですら、今回ばかりはサクラに後ろめたさを感じ声を掛けられず気まずそうに見守っている。
サクラの今の状態は何なのか、大丈夫なのかと魔道士に聞くも
そもそも過去ワープを使う事例があまりに少なすぎる為、サクラの今の状態については何とも言えないと言った。
もしかしたら、ワープで大きく魔力や気を消耗すると共に、乱れも生じ副作用的なものが出て錯乱してしまっているのかもしれないとも付け加え説明した。
きっと、この宴会もお婆が居たなら開く事は無かっただろう。
毎日がストレスで、最近胃も痛くなってきた。
波はあるが、酷い時は胃がギュッと握られた様に痛み冷や汗が出て起き上がれない時もある。
宴会の席に着いた今も、イライラし過ぎて胃が痛くてたまらない。
早く、この場から立ち去りたい。
だが、来て早々部屋に戻るなどリュウキが許さないだろう。
ご馳走に酒にと、遊女達はご機嫌にどんちゃん騒ぎだ。楽器の演奏、歌、ダンスなど色々行われ、芸を磨いている遊女達は流石と言うべき見事な芸達者っぷりだった。
…が、今のサクラには何一つ心が動かず、普段なら心地よく聴けていたであろう演奏や歌も寝不足の頭に響き耳障りなだけであった。
…ああ、ここにショウ様がいらっしゃったら喜んでいただろうなぁ。
ショウ様は、歌や音楽を聴くのが好きだったから。
なんて、ぼんやり考えていると
「…は、はじめまして!」
16、17才くらいだろうか?顔を真っ赤にし、緊張した面持ちでサクラに話しかけてきた女性がいた。
サクラは、いつもの如くツンとし無視を決め込んだ。
大した用もなく話し掛けてくる輩には、いつもこうして対処している。すると、相手も諦めて去っていくのだが。
「さっきから、ご飯も食べてないみたいなので…心配になっちゃいまして。」
この若い遊女は、サクラに近づこうとしたが緊張し全身がガチガチであろう事かつまずいて転けてしまった。
「…キャッ!」
その様子を楽しげに眺めているリュウキの姿も見える。
「…チッ!」
サクラは、リュウキにイラつきながらも
若い遊女がベチャッと転けたのも知らぬ存ぜぬ状態で無視をした。
「えぇ〜!そこは、助ける所でしょー。サックラちゃ〜ん!つっめたぁ〜い。」
少し離れた隣の席で、いい感じに酔っ払っているリュウキが茶々を入れてきた。
イライラし過ぎてどうにかなりそうだ。
もういっその事、この屋敷ごとリュウキを吹っ飛ばしてコテンパンにしてやりたい気持ちだ。泣いても許しをこいても絶対許さない。
何度、想像の中でリュウキをコテンパンにやっつけギャフンと言わせてやった事か。
実際には、そんな事はできないが。
できもしない想像をし虚しさを覚え、ハア…とため息を溢すと
さっきのすっ転んだ女が
「…は、恥ずかしいですぅ!」
と、茹で蛸のような真っ赤な顔をしてサクラの隣にちょこんと座ってきた。
「…あ、あの、食べ物が口に合わなくても、せめて水分だけはとった方がいいですよ?
あ!でも、お酒はダメですからね!
空っぽの胃袋に、お酒を入れたら体に悪いですから。」
そう言って、この女はサクラのグラスにお茶を注いだ。
なんで、お前にそこまで言われなきゃいけないのかとムカつきはしたが、実は喉がカラカラだったサクラは自分で飲み物を注ぐのも面倒だったので
何となく癪に触ったが、女が注いだ茶を口に含んだ。
それを見たリュウキが、サクラに近づき肩に手を掛けると
「その娘は、まだ誰とも繋がった事が無いそうだ。お前が、その娘を女にしてやれ。」
サクラの耳元でそんな事を囁いてきた。
…どれだけ俺を侮辱すれば、この男は気が済むのだろう?腹の底からフツフツと怒りが込み上げて来る。
「今まで、どんな女にもなびかなかったろ?
ショウには、あんなに欲情して盛りのついた犬みたいになってるのにな。
そこで、俺は考えた。デブ専か、ブス専あるいは処女厨なんじゃないかってな!」
本当にムカつく、コイツ!
俺の事だけならまだしも…ショウ様の事まで…!!
それで、この女を当てがってきたってわけか。
「苦労したんだぜ?まだ、仕込みのできてない遊女見つけんの。」
そんな事を得意気に話してくるコイツに殺意が芽生えそうだ。ムカつき過ぎてさっきから体が熱い。
いつもなら、ふざけるなと抗議しただろうが、今は面倒が先に立ち声を出すのも億劫なので無視をした。
しかし、気がつけば徐々に全体の雰囲気が変わり始め、異変を感じたサクラは
「…気分が優れない。先に休む。」
と、自分の席を立とうとした時だった。
グラリと目眩のような感覚を覚え、うまく立ち上がる事ができなかった。
…なんだ?心臓もドクドク脈うってるし、身体中が熱くてたまらない。
自分の体の異変に、思わずリュウキを見ると…数人の遊女達と絡み合っていた。
ハッと周りを見渡すと、ストリップダンスや卑猥なパフォーマンスが始まっていた。曲もエロチックなものに変わっている。
いつの間にか自分の大事な所もおっきしていたのに気づいたサクラは危機を感じ焦り、早くこの場を立ち去ろうとした。
…が、何故か体に力が入らず立ち上がれなかった。
それをいい事に、遊女達が次々とサクラに抱きつき体に触れてきた。
服の上ごしであったが、無理矢理引き起こされる快感と気持ち悪さが混じり
サクラは、堪らなく不快感を感じ強い吐き気に襲われた。
「…やっ…やめろ…、本当に…本当にやめてくれっ!」
必死の抵抗、ついには涙目になって懇願してきたサクラに、女達は嗜虐心を刺激され更に興奮してしまっていた。
「泣いてるのぉ?かわいい!」
「大丈夫だよ。気持ちいい事するだけだから怖がらなくていいんだよ?
いっぱい、い〜っぱい気持ちよくなろうね。」
女達の欲に塗れた姿に、サクラは恐怖を感じた。コイツらは、もう俺が何を言ったって聞いてくれない。
「良かったな。これでお前も男になれるな!どうせ、頭でっかちなお前はこのチャンスも物にできないと思ってな。
一服盛らせてもらったが効き目抜群だな。
万全のお前なら、みんな跳ね除けられただろうに。媚薬って凄いもんだな。体に力が入らなくなるのか。
いや、お前専用に作らせたこの特別性の媚薬が凄すぎるだけか!」
遠くで、ご機嫌なリュウキの声が聞こえる。
…一服、盛ったって、いつ…回らない頭で今までの事を思い返すと
…ハッ!
思い当たる事があり、あの自分の前ですっ転んで見せたあの女を見た。
すると、この状況に驚き青ざめカタカタと震えていた。
「…ご、ごめんなさい!旦那様に、これを飲ませろって言われて…ま、まさか、こんな事になるなんて…ごめんなさい!ごめんなさい!」
と、何度も謝って身を小さくしていた。
…クソッ!!!
はめられた!
あの時、面倒だからとあの女が入れた茶を飲まなければ!
そもそも、宴に参加しなければ…。
だが、リュウキの誘いを迂闊に断れば、ショウ様に被害が…。
何より、コイツがここまでするとは思ってもなかった。
コイツを少しでも信じてしまっていた自分がバカだった。
「…あ、謝るくらいなら、ここから俺を助けろ!」
謝る女に向かって、そう叫ぶと
「…ごめんなさい!こんなチャンス…もう二度とないって思うから!」
事もあろうか、女も震えながらも自分に触れてきた。
…最悪だ。もう、絶望しかない。
その時、サクラの頭に浮かんだのは他の誰でもないショウの姿だった。
服を脱がせまいと必死に抵抗し、唇を奪わせまいと口を腕で押さえ込み…サクラはもがいた。
絶対に、体を汚させてたまるか!
リュウキの思う壺になってたまるか!
この体は…この体も心も全てショウ様の物だ。…例え、それをショウ様が望んでいなくても。
サクラは、強く強くショウを思い心の底から会いたいと望んだ。願った。もはや、ショウに救いを求めるが如く懇願した。強く強く願った。
…ショウ様…ショウ様、ショウ様っ!
今すぐに、あなたに会いたい!!
すると、不思議な現象が起きた。
「キャッ!!?」
サクラの姿はあれど…サクラは半透明になっており動きも固まったまま動かなくなってしまっていた。
半透明なので、女達がサクラに触れようとするもスカッ…スカッとサクラの体を通り抜け触れる事ができなくなっていた。
それに驚き
「…サクラッ!!!?」
と、慌ててリュウキはサクラに駆け寄った。
リュウキが触ろうとしても、サクラに触れる事ができなかった。何度掴もうとしても空を切るばかりで。
それに焦ったリュウキは、すぐさま遊女達を帰すと商工王国一の魔道士を呼んだ。
「…まさか、こんな事になるとは…。」
そう、呟きながら呆然とするリュウキの耳に
「これは、一体どういう事でしゅか!!?」
と、ここに居るはずのないお婆の声が聞こえた。
ドキッとし悪さを見つかってしまった子供のように声のする方を向いた。
「何か、胸騒ぎがしましゅてな。クビを覚悟で引きかえしてきましゅた。」
お婆の姿を確認すると、リュウキは力が抜けたようにペタリと床に座った。
そこに、国一の魔道士も現れ
お婆と魔道士に、サクラがこうなってしまった経緯を話した。
※この世界では、Aランク以上の魔法使いにのみ魔道士の名と称号を与えられる。
リュウキの話を聞き、お婆も魔道士も呆れていて
「…旦那しゃまは、本気でサクラしゃまの貞操を奪わせるつもりだったのでしゅか?」
という、お婆の問いかけに
「サクラが、こうなってしまって、今更こんな事を言っても言い訳にしかならんが…。
本気で、遊女達にサクラの童貞を奪わせるつもりはなかった。
遊女達には、サクラをその気にさせられたら倍の金を出すと言った。
ただし、お触りは服の上のみ。直に、肌に触れていいのは、サクラの同意を得られたらと条件も出していた。
もし、本気でサクラが嫌がってるにも関わらず無理矢理関係をもとうとした者がいたなら止めるつもりだった。
もちろんサクラが乗り気になったのなら、それに越した事はなかった。
いや、それより自然に恋を覚えそれなりの経験をしてくれたら一番だったのだが…」
それを聞いて、少しホッとするお婆だった。
このバカリュウキが、少しでもサクラの気持ちを考えてくれた事に。
サクラが半透明になってしまったのはショックであるが、それより何よりサクラの貞操が無事で良かったと。
幼い頃からサクラを見守ってきたお婆には何となく分かる。
もし、サクラの貞操が奪われていたなら
サクラの精神は崩壊するであろうし、その時の事を思い出しては死んだ方がマシだと思う生き地獄を味わう日々になるのだろうと。
だが、ショウが一番のサクラは、汚れてしまった体でショウに近づけないとショウの前から姿を消し、影ながら身を削りショウを守るのだろう。
そんな想像をしていまい身震いしてしまった。
本当に良かった。それに比べたら、サクラにとってどんなに苦しかろうが辛かろうが…それに勝る苦しさはなかろうとお婆は感じていた。
だが、あくまでこれはお婆の考えであって、本当にそうなるか、そうなのかは分からないが。
当たらずとも遠からずであろう事は確かだろう。
「…まっちゃく!こんな事ばかりして、旦那しゃまは一体サクラしゃまをどうなしゃりたいのでしゅか?」
サクラの事は、魔道士に任せお婆はリュウキを問いただした。
「…罪滅ぼし的な?」
そう言ってきたリュウキに、お婆は
「罪滅ぼしでしゅと?」
と、聞き返した。
「アイツの大事な時間をショウの世話で奪ったうえ、そのせいでショウに対し気違いを起こしているサクラが哀れになったんだ。」
今更、そんな事を言うかとお婆は思ったが黙ってリュウキの話を聞いた。
途中で口を挟むと、これ以上言わなくなりそうだから。
「本来なら、アイツは女も選り取り見取りで遊び放題だし周りも放っておかないだろう。
きっと、友人もできて楽しい時間も過ごす事ができただろう。そんなアイツの楽しみと自由な時間を奪ってしまったんだ。
しかも、年頃だってのに女経験も無いんだぞ!?さすがの俺も同じ男として居た堪れなくなってな…」
と、話すリュウキに
お婆は、それはそれは深ぁ〜〜いため息をつき
「しょれは、あくまで旦那しゃまの考えであって。皆がみんな、旦那しゃまみたいな考え方とは限らないのでしゅ。
人はそれぞれ、考え方も三者三様。人の趣味も好みも違って当たり前。
何より、サクラしゃまは旦那しゃまじゃないんでしゅよ?
それを旦那しゃまの枠の中に無理矢理、サクラしゃまを押し込めようたって無理でしょう?」
と、お婆はお説教をした。
「旦那しゃまには旦那しゃまの考えや、好み、趣味があって。同じく、サクラしゃまにはサクラしゃまのーー」
お婆がお説教を続けていた時だった。
「…こ、これは、まさか!」
と、魔道士は驚きを隠せずいた。
魔道士の声に反応するようにリュウキとお婆は魔道士を見た。
「どうした!?何か分かったか?」
リュウキが魔道士に聞くと
「はい。おそらく…この者は、ワープ(瞬間移動)をしたのではないかと。」
と、魔道士は驚きの発言をしてきたのだ。
ワープを使えるなんて、風系統の魔法を使えるSクラスあるいは波動のSクラスくらいのものだろう。
しかも、いくらSクラスだとしてもワープを使えるとは限らないのだ。
「…しかし、調べたところ波動でのワープらしいのですが…術をうまく使いこなせず未熟。波動と風の魔法のワープとでは違いがありましてーー」
と、魔道士が説明しようとしたところ
「詳しい話は後で聞こう。
つまり、サクラはどうなってしまったのだ?」
リュウキに急かされ渋々、波動と風系統の魔法のワープの違いについての説明を中断した。
「は、はい。この者は、全ての体の細胞を目的地まで持って行く事ができず、分子レベルに細かくなった細胞がここに止まった状態にあります。
魂や意識は、分裂した別の分子レベルの細胞の方へ持って行かれたようです。」
それを聞いたリュウキとお婆は、これはただ事ではないと青ざめ
「…そにょ、魂と一緒の体はどこへ行ったのでしゅか?」
お婆は不安な気持ちを抑え、魔道士に質問した。
「…分からない。無事に目的地に着いているのなら時間が経てば自然とここに戻って来る可能性もあるが…
もし、完全にワープに失敗したなら時空の狭間に挟まれ身動きの取れないまま一生を終えるか…
もし、突き抜けようとした建物の壁や植物などの途中でワープしきれない時など最悪も最悪。
体がそれと一体になってしまうなど様々な最悪な事態が考えられる。
それほど、ワープは危険で難しい術なのです。」
魔道士のワープの危険性の話を聞き、リュウキもお婆も生きた心地がしなかった。
「残念な事に、自分に出来る事は有りません。」
魔道士のその言葉に二人は絶望を感じた。もう、ダメなのだろうと諦めかけたその時だった。
「ーー…あっ…!ああぁっっ!!」
と、微かな声が半透明なサクラから漏れてきた。
それから、声も大きくなるにつれサクラの体は実体を帯び
「…ハア…ハア…ショウ様、ショウ様ぁぁーーーーーっっ!!!」」
あまりの苦しさからか辛さからか、すがるように必死にショウの名前を呼んでいる。
そして、ついに
「…グッッ…!!!」
サクラの体がビクビクンと飛び跳ね、のけぞる頃にはサクラはしっかりとこちらに戻ってきた様子だった。
魔道士も信じられない、奇跡だと驚いていた。
魔道士が念入りにサクラを見ていたが、サクラの体に支障はなく無事に全ての細胞や魂など戻ってきたとの事だった。
サクラは、こちらに戻ってきてから
ハアハアと何故か色っぽく息を切らしていて体が火照っているように感じた。
サクラの苦しむ姿を見て、艶っぽく感じてしまった三人はこんな時になんて事を思ってしまっているんだと後ろめたい気持ちになった。
しかも、泣いているのか涙が出続けている。
…ワープの影響なのだろう。
使い慣れないワープをし、相当疲れているのだろう。
だが、何故だろう?どうしても、サクラがとてつもなく官能的に見える。
サクラの美貌がそう見せてしまっているだけなのかもしれないが。
サクラは、その後しばらく放心状態でうっとりとしワープの余韻なのか時折、官能的な甘い声を漏らすようにクスクス笑っていた。
…様子を見ているこっちは気味悪く感じるが、サクラ本人はとても幸せそうである。
あまりに、うっとり夢見心地なサクラに声を掛けられず
結局、サクラが落ち着き正気を取り戻したところで何が起きたのか話を聞いてみる事にした。
いつもなら、いかなる時も図太く話しかけるリュウキですら、今回ばかりはサクラに後ろめたさを感じ声を掛けられず気まずそうに見守っている。
サクラの今の状態は何なのか、大丈夫なのかと魔道士に聞くも
そもそも過去ワープを使う事例があまりに少なすぎる為、サクラの今の状態については何とも言えないと言った。
もしかしたら、ワープで大きく魔力や気を消耗すると共に、乱れも生じ副作用的なものが出て錯乱してしまっているのかもしれないとも付け加え説明した。
