一方、衝動的に家出をしたロゼは大きく後悔していた。
…お主様…
家出したはいいが、もう寂しい…
そう、ロゼに恋人になる運命の人がいるだとか、運命に近い恋人候補がいっぱいいるだの言われて。
しかも、それをショウも言っていたという話を聞いたら大きなショックを受けてしまい
お主様一筋な我がそんな筈がないっ!!
何故に、お主様までそんな根拠のない事を言うんじゃ!
…他の誰になんと言われようと、お主様だけには信じてほしかった…
と、見知らぬ土地の一番大きな建物の天辺にちょこんと座りしょんぼり肩を落としていた。
下に見える物や人が滲んで見える。ロゼのお目々からはポタリ、ポタリと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
そんなロゼの後ろに、見知った気配を感じロゼはちょっぴりホッとしていた。
『ロゼにしては、さほど遠くまで行ってなくて良かった。国境を超えていたら面倒だった。』
と、苦笑いする男女の声が重なった様な独特の声が頭に響いてきた。
そして、もう一人…
「…ふぅ。昔から人気者のお前は、一人になるという事がないな。
今日こそは、お前が一人になったと喜んできてみれば、余計な邪魔者まで来ている。」
と、175cmはあるだろう高身長のスラリとした女性が、ロゼの目の前に宙に浮き立っていた。
この女性は、色白で腰まであろうか美しいストレートの黒髪の純和風を思わせる容姿。目の色は、空色で全体的に凛とした姿が印象的な女性だ。
『…おや?こんな所で会うとは珍しい。
何故、あなたがこんな所に居るのですか?虹(コウ)姫。』
オブシディアンは、ロゼの前にいる人物を見てそう言った。だが、さほど驚いていない様子だ。
そこに気が付いたコウは
「…ん?お前は、私の行動を読んでいる様な素振りだな。」
と、不審な目でオブシディアンを見ていた。
『例えば、ビーストキングダムの宿泊施設でショウ様をこの世から亡き者にしようとしたとか?
それとも、ある秘密がバレたと思い口封じの為にダイヤ王子を襲った魔物使いの事か?』
そう言ったオブシディアンに、コウは酷く驚いた表情をしていた。
「…貴様、一体何者だ?」
『そんな事を言ってしまっては、自分がやった或いは指示したと認めたと思われても仕方ない言い方ですよ?』
「…お主様を亡き者にじゃと…?
ソチ…何故に、そのような恐ろしい事を?この世界を滅ぼそうというのか?」
そう、ロゼが驚愕に満ちた表情でコウを見ると
「…記憶がないのか?残念だ。
しかし、神獣に変化した姿も凛々くも美しいな。」
と、コウはウットリとした表情でロゼを見てきた。
『そういう事か。何故、コウ姫がショウ様の命を狙うのか、どうしても分からなかったが。』
いつの間にか、コウに対し敬語をやめたオブシディアンは恐らくそうであろう推測に、なるほどと思った。
戦いを好み、好き好んで戦場を駆け回る極上の美女。“血塗れの冷酷姫”と、裏では恐ろしい異名で呼ばれている。
サクラ程ではないが、あまり表情筋が動くことはなく淡白な性格らしい。ただ、大好きな戦いで楽しそうに戦場を駆け回っているらしい噂だ。
そんな普段淡白なコウが、ロゼを目の前に女を出しているのだ。そう思わざる得ない。
『…だが、そうだとしても分からない。ロゼに恋着されているショウ様に嫉妬をして、愚行に及んだとして…その時は、まだロゼは誕生していなかったはず。』
と、引っ掛かりを感じ言葉を出すオブシディアン。それを聞いて、コウは冷笑を浮かべ
「貴様に言った所で分からないだろうが。…そうか、今の名は“ロゼ”というのだな。では、現在に合わせロゼと呼ぼう。
ロゼが誕生する前の方が都合が良かった。ロゼと出会う前にこの世から、あの無能なデブを消してしまえばロゼはきっと私を見てくれる。そう考えた。」
と、言ったのだ。
「…にゃ!にゃぬっ…!!?」
『…ああ、なるほど。
“前世の記憶持ち”
か。しかも、ショウ様とロゼの関係についても、些か詳しそうだね。
だけど、ショウ様の存在を知っているなら、ショウ様が旅に出る前に襲う事もできただろうけど。
どうして、ショウ様が屋敷にいる時には襲ってこなかった?』
そう聞いてくるオブシディアンに、またもコウは驚いた顔をして
「…貴様、本当に何者だ?
何故、
“前世の記憶持ち”
“無能なデブとロゼの関係”
という言葉が出てくる。お前も、
“天人の世界”
の関係者か?」
と、聞くと同時に
驚いて変な声を出してしまってるロゼに、あからさまに“かわいい”ときゅんとした顔を見せていた。
『残念ながら、ボクは前世の記憶持ちではないよ。
だけど、職業がショウ様専属の強いメイドさんなもので、ショウ様を守る為に色々と情報集めもしてるだけだよ。』
「…強いメイド。ふざけているようにしか思えないが、貴様の素晴らしい情報収集に免じて答えてやろう。簡単な話だ。
無能なデブの存在に気付けなかっただけ。
だが、王位継承権をかけた旅が始まり、一般人に対するヨウコウの愚劣な振る舞いが城中の話題になっていてな。
チーム構成を聞き、おかしく思い同行している一般人について調べさせた時、“サクラ”の存在。そして、一度大きく感じた“ダリアの魔力”があり、そうなのかもしれないと思った。
もし、違っていたら仕方ない。そのデブは運がなかっただけだと思って行動に移しただけの事。調べた所、本当に何もできない役立たずのデブ。
そんな無能が一人消えた所でどうって事ないだろ。」
『…ソ、ソチ!!何という愚かな事を言うんじゃ!!?』
と、怒りを隠せないロゼに
「…そう、怒るな。そうだよな、心優しいお前の前で話すべき話ではなかった。反省しよう。すまなかった。」
なんて、困ったように苦笑いしつつ、今度はオブシディアンの方を向き
「しかし、何故だろうか。私の行動が貴様に筒抜けになっている気がしてならないのだが?」
と、不思議そうにしていると、おもむろにオブシディアンは小さく右手を上げた。
すると、いつの間にか、オブシディアンの後ろに全身黒ずくめの人間が屋根に膝を着きオブシディアンの言葉を待っていた。
「そいつが、どうかしたのか?」
そう、コウが不思議そうにしているとオブシディアンはフと小さく笑い
『見せてやって。』
と、後ろの人物に命じると
「ハッ!」
二人は、オブシディアンの命令に返事をし、立ち上がると二人は瞬く間に姿が変わった。その姿を見て
「…ハ、ハハ…!そうか、そういう事だったのか。」
と、驚きと同時にしてやられたと言うようにから笑いが出ていた。
何故なら、そこにはコウのチームであるタイガが姿を現したのだった。
『フフ、そういう事だよ。
聖騎士団長がコウ姫の様子がどうもおかしいってね。
それで、周りに回ってタイガが、あなたの行動を注意深く見張っていたんだ。
あなたの様な優秀さんの目を眩ます事ができたんだ。タイガはとても有能だね。』
「…しかし、何故ソチの口から
“ダリア”の名前が出てくるんじゃ?
ソチは、ダリアの昔の愛人の一人かえ?」
そう、首を傾げ聞くロゼに
「…ロゼから、そんな言葉は聞きたくなかったが、奴の素行を思えばそう思われても仕方ない。
だが、私は決してダリアの愛人でもなければ、今は奴を異性として意識していない。
確かにダリアを初めて見た時は、生きとし生けるもの達を魅了する恐ろしい程までの美貌と能力、力、カリスマ性でこの私でさえ心を奪われてしまったのは事実。
だが、それ以上にお前だよ、ロゼ。
お前の存在が私の心を惹きつけてならない。」
「…すまぬが、ソチの気持ちは有り難いが、我には心から愛する方がおるゆえ、ソチの気持ちには応えられぬ。
しかしじゃ。何故、ソチはダリアの存在を知っておるのじゃ?そして、我の事も。」
と、コウの告白をしっかりとお断りして、更に自分の感じた疑問を投げかけてみた。
「……今のは聞かなかった事にする。
ああ、ロゼとダリアの存在についてか。それは、私の前世があの無能の“天守、剣と盾”の試験管の一人だったからだ。」
「…にゃっ!にゃんじゃとっ!!?」
「その驚き方も可愛いな。」
二人のやり取りを見て、一方通行でしかないコウを少々哀れに思いつつも、思いがけずかなり重大な話が聞けてる事に
これは、ロゼの存在があっての事だ
今回はロゼに感謝だな
と、少し苦笑いしていた。
「私がロゼに惚れたキッカケは、天守の最終試験の
“もしも(仮)だったら”
と、いう、天と天守候補達の立場も住む場所も違う世界なら、二人の関係性はどうなるのかというテストだ。
多種多様に条件や時代、国なども変えて数回に渡ってテストする。
そうだな。人間誰しも大きかれ小さかれ沢山の分かれ道ができる。そして、それを選び進んでいくだろ。
それで、多くの者達は思うはずだ。
もし、あの時別の事を選んでいたらもっと違う人生を歩んでいたんじゃないだろうかと。
それに近いシステムかもしれない。
例えばだ。例をあげれば
【もし、自分が奴隷であの人が貴族だったらどうなっていただろう?】
【今は身分違いだけど、もし自分達が同じ立場だったら何か違っていただろうか?】
など、ある条件を設定しその世界に候補者達の意識を設定されたその世界に飛ばす。
そこで、起こる事は“その条件の時”必ず起こる事。つまり、別の世界線とでも言っていい。
それを可能とする【魔道具】を、試験管長が創造主様より貰い受ける。
だが、それはその時貰い受けた物しかない貴重な魔道具。しかも、一度使えば消えて無くなるから余計に貴重性が高い物だ。
創造主は、他の誰でもない。
これは、この子の天守を探し出す為だけに使えと100個の“もしも玉”という魔道具を試験管長が受け取った。
悪用されては困るから、その子の天守が決まった瞬間に残ったもしも玉は廃棄せよと言われていた。」
この時、ロゼとタイガは“もしも玉”という、ネーミングセンス…ダサい。多分この魔道具を作った人が付けたんだろうが。とにかく、ダサいと思った。
「その、もしも玉は本当に素晴らしく、候補者達の心の内まで分かるようにできていた。つまり、その時その人が思っていた気持ちまで分かるようにできていた。
そこで、何度かロゼのシミュレーションテストをしてみて、ロゼの人柄の良さと勇敢さ…他に言い尽くせない程の人の心を鷲掴みにする魅力があり試験管の中で、私を含めロゼに惚れる者がいた。
…もう、すっかりロゼに首ったけになっていた私は禁忌を犯した。
その、もしも玉を盗み細工したのだ。」
「…さ、細工じゃと…?」
「そう。もしも玉には、細かい設定システムが施してある。時代背景から、年齢、性別、職、どこの世界か、国かなど様々に細かく設定しなければならない。
だから、私は
“ロゼが最初から私に惚れているという設定をして、あの無能な天がいない世界線”
を設定した。
だが、そう考えていたのは私だけではなかった様で、設定が甘かった5人はロゼといい雰囲気になれたが恋人にはなれなかった。
“最初から、ロゼと自分互いが両思いでロゼの天のいない世界線”
に、設定してれば良かったものをな。詰めが甘かったな。
その設定で、私ともう一人はロゼと恋人になれた。
私は、できなかったがもう一人はロゼと結婚までしていたな。
おそらく設定内容が
“もしも、ロゼと両思いで結婚していたら。そして、天のいない世界。”
で、設定していたんだろう想像がつく。」
そう嬉々として話すコウに、ロゼは全身
ゾゾォ〜〜ッッッ!!
と、悪寒が走り、気持ち悪いと感じた。
オブシディアンとタイガは、とても頭が痛く感じ呆れていた。
ショウがいない世界で、【最初から両思い設定】って…もはや、【ロゼの人格を無視】している。
もはや、【それはロゼの姿をした偽物】だと。
恋とは、こうも人をお馬鹿さんにしてしまうものなのだろうか?
恋は病とはよく言ったものだとため息しか出てこない。
「だから、そのもしも玉を使って無能の天にも見せつけてやった。深いダメージを与えたいからな。
“もしも、ロゼに運命の恋の相手が二人。運命の恋に近い相手が5人いたら。そして、ロゼが天に興味がなかったら。”
と、いう設定でな。
だが、それに似た考えを持つ奴は私だけではなかったらしい。もしも玉の設定の一つ。
通常シミュレーション試験では、シミュレーション内容は候補者達の記憶から消すのだが。
何かあればと記憶を残す機能も付いていた。
それを使い、【そのシミュレーション内容をわざと天の記憶に残しておいた】。
そうすれば、天はロゼの事を恋愛対象として近づく事はないだろうと考えた。」
そこで、ロゼとオブシディアンは、
なるほど、そういう事だったのか。と、今までモヤモヤしていた引っかかりが解けてスッキリした気持ちになっていた。
しかし、そんな馬鹿な真似をしたのがコウの他にもいたとは…。
何と愚かな…被害に遭ったショウ様が可哀想で居た堪れない。
きっと、ずっとずっとその事で、気に病み悩んでいたに違いないのだから。
「そもそもだ。あの無能な天の為に選ばれた試験管達は、互いを見張り合い不正を無くす為に100名ほどいた。
通常、天の天守を決める時は、5人程で行われるしシミュレーションテストなんてしない。
何故か、あの無能だけ特別扱いされていた。
理由は分からない。
分かるのは、何の役にも立たない無能であると共に性格も至って普通、容姿も良くない。
いい所が何一つ見つからないという所か。」
ぬおぉぉ〜〜っっ!!?
そこまで、やるからにお主様が他の天とは違う別格の存在じゃと、何故分からんのじゃ?
そんな間抜けが優秀で天守の試験管に選ばれたとな?笑止。
と、ロゼはコウを静観していた。
「試験管達は、揃いも揃って“あんなのが【天】か。何を司ってるか分からんが、
“下らない能力だろう。”
”無くてもいい様なちっぽけなものに違いない。”
“そもそも他の天達は誕生する時、その天が何を司る天なのか神託があるというのに
その神託さえないなんて教えるのも恥ずかしいくらいの可哀想な力なのかもしれないな。”
“それに、他の天達は大人の姿で誕生し最初から世界の摂理についても把握している。だが、今、誕生する天は赤ん坊で誕生し、それを天守が育てなければならないと聞く。
あまりに、出来損ない過ぎやしないか?”
“創造主様に、今回の天の大人になった姿を未来映像魔道で見せていただいたが…あまりに凡庸。
…いや、平凡以下といっても過言でない容姿だった。
かと、いって何かかしら優れた能力があるかといえば全くと言っていい程ない。
あの無能な出来損ないの天は、一体何なんだ?何の為にいるんだ?”
と、裏では不満だらけで納得いかず色々と言っていた。
それも仕方ない。
創造主たっての命令とはいえ、自分の時間を割き、無能な天の為に厳選なる試験を行わなければならなかったのだから。
しかも、おかしな事に他の天達の試験内容よりも、格違いの試験の厳しさだという。
挙げ句、最終試験はシミュレーションテストという他にはない試験さえある。
創造主様は一体、何をお考えになりそんな試験を考え出したのか。
しかし、無能な天の為に集められた天守候補者達は揃いも揃って、とんでもない天才や優秀、選りすぐりの逸材ばかりだった。
中には、かつて英雄だったもの、伝説を残した王、勇者、大賢者、大魔法使いなども大勢いた。
どの人達を見ても偉業を成し得た偉人が大半を占め他は、これから偉業を成し得てもおかしくない程の素晴らしい者達しか居なかった。
それには本当に驚いたし、そんな素晴らしい面々をこの目で見る事ができるだけラッキーな事だった。
そこに関してだけは、幸運という他ない。
だが、しかし。
この中からあの無能の為の天守が選ばれると思ったら、どうも納得できない気持ちもあったがそこは気持ちを切り替え厳正に試験を行った。」
その当時の試験管達は、揃いも揃ってお馬鹿さんが多かったんじゃな
ど〜こが、選ばれし試験管達じゃ
聞いて呆れるわ
と、コウの話を聞く度に、ロゼの心はスー…と冷たくなっていた。
「だが、もしも玉を盗み悪用したとして、私と残りの6人は罰を受け
“畜生どもの住まう汚い世界に落とされ、そこに住む人間にされてしまった”。
だが、私は絶望はしていなかった。
何故ならダリアに取り込まれたロゼが、この地に封印されていると言う噂を聞いていたから。
だが、あのダリアからロゼを救い出すのは至難の業。
だから、この人間の体や力でどこまでできるか分からないが、やれるだけ力をつけロゼを救いに行こうと考えていた。」
「…何と言えば分からぬが、ソチが我を思い行動してくれていた事は到底許されるものではないだろう。
じゃが、今この時だけはソチの気持ちだけは受け取ろう。それ以上は、何もできぬが。」
と、ロゼは自分を思い行動してしまったコウを強く咎める事もできず、厳しい言葉と共にコウの気持ちへの感謝の言葉を伝えた。
それを聞いて、コウはとても嬉しそうに真っ白な頬をピンク色に染めていた。
「本当なら、私がこの手でダリアからロゼを救いたかった。
しかし、どうやってあのダリアから逃げ出す事ができた?
いや、ロゼの力や能力そして、精神力を持ってすれば脱出できてもおかしくない。素晴らしいぞ、ロゼ!」
コウの絶賛の嵐に、ロゼもオブシディアンも少々圧倒されかけたが
「お主様じゃ。」
と、まだまだ止まらないコウの言葉をロゼは遮った。
「…ん?ロゼの言うお主様とは、あの無能なデブの事か?」
「…むぅっ!我のお主様は無能なんかではないぞ!その言葉、撤回せい。
それにデブではない。
“まんまるなマシュマロボディ”
じゃ!」
と、プンスコプンスコ怒ってから
「とにかく、我はお主様に救われたんじゃ。
あの時のお主様の勇姿、今でも目に焼き付いて離れぬわ。
それがなかったら、我はダリアに完全に吸収されどうなってしまっていたか分からぬ。」
まるで、ショウの事を命の恩人とばかりに感謝と尊敬の眼差しで、夜空色の目をキラキラ輝かせていた。
「……ふう。ロゼ、それは気のせいだ。己の出した鍛冶場の馬鹿力だったのかもしれない。
おそらく、ロゼは自分自身で脱出したか、何か奇跡が起きその場にいた実力者達によって救い出されたに違いない。
しかし、長い間ダリアと戦い続け心身共に憔悴しきり、その時の事を覚えていないのだろう。
それを、天守特有の“天贔屓”で、いいように脳内変換され、そう思いこんでしまっているのか。…可哀想に…」
と、コウは、ショウが助けてくれたと言うロゼの言葉を否定し、憐れみの表情でロゼを見てきた。
その時、ロゼとオブシディアン、タイガは思った。この女…話が通じないと。
だが、コウはコウで、きっとロゼは天という存在ショウによって洗脳されているのかもしれないと考えていた。
けれど、コウは天守候補者達の試験管をした事があるといっても、試験管に選ばれた優秀者である事は確かだが幹部ではない為
天と天守の関係性については、一般の天上人と知識はそう変わりなかった。
天守は、まず天となる者と稀にしか存在しない類ではあるが運命人
またはそれに近いくらいに相性がいい人達が集められる。
天への裏切り防止の為だ。
天守になるには、何を差し置いても天が一番。絶対の忠誠が必要なのだ。
その集められた相性のいい者達の中から、天を様々な敵や困難から守れる力や能力など様々な分野の試験が行われ、
その中から二人の天守が選ばれる。
それだけ厳しい試験を潜り抜け苦労の末、勝ち取った天守の座。
何が何でも、天を守るという洗脳に近い気持ちが植え付けられていても仕方ないだろうと、コウは考えた。
…あの無能なデブが、お前の天だなんて哀れなロゼ。
お前程の素晴らしい逸材が、あんな無能の下に収まっていい筈がない。
と、考えれば考える程、ショウにはロゼは勿体無い。
勿体無いどころの話ではない。まさに、宝の持ち腐れというやつだ。
それは、ロゼだけでない。
サクラやダリアにも大きく言える事だ。
短い間に、ここまで考えて
…おや?
と、コウは思った。
「…確か、ショウの天守を決める試験の時、ダリアの存在は圧倒的で
“もしも玉”
を使い、自分にダリアを振り向かせようと動いていた輩も大勢いたようだが。
どうなったんだろうな?」
と、いった呟きに
『…ああ。ダリアは、その輩達の動きを把握していて
“このオレ様をどうにかしようなんてあり得ねー、ムカつく”
って、理由で殺したそうだ。
その人達が持っていた魔道具らしき物もイライラして一緒に
“ぶっ壊してやった”
だ、そうだ。』
オブシディアンが、ダリアの代わりに代弁して答えた。表情などに出さないが…心の中で大きく頭を抱えながら。
「…ゾッとする話だな。人の命を何だと思っているのか。外道だな。」
と、自分の事は棚上げでダリアの行動を批判するコウに
ロゼとオブシディアン、タイガは、思考停止してしまいたい気持ちになっていた。
そんな三人の気持ちなどお構い無しに、コウは考えていた。
どうすれば、ショウ(天)の洗脳からロゼ(天守)を救い出す事ができるのかと。
そこで、コウはある事を思いついた。
「そうだな。実は、もしも玉を二個盗んでいてな。
一つは既に使った事は話したが、もう一つのもしも玉に、少し面白い設定にしてみた。
これを、正式な天守であるロゼと天守候補のダリアとサクラに使ってみたい。
ネタバレだが
“もしも、ショウが国の女王で性にだらしない悪女だったら。
〜その悪女の我が儘の為に奴隷として献上された可哀想なお前たち三人〜”
という設定にしてある。
もちろん、記憶に残る設定もしてる。
そこでのお前達の反応が楽しみだ。…フフッ!」
性にだらしない悪女設定のショウに愛想を尽かせる為の魂胆なのが丸見えである。
だから、敢えてその
“もしも玉の内容が記憶が残る”
ように設定したのだろう。
そもそも、もはやそれはショウであってショウじゃないだろうという気持ちもあるが
『サクラ様とダリアからは承諾が取れた。あとは、ロゼ次第だけどどうする?』
と、オブシディアンは随時、事の次第をリュウキに伝えていて、リュウキからサクラ達にその事が伝わったようだ。
サクラとダリアは、今にもコウを殺さんばかりの勢いで止めるのに苦労しているらしいが。
「…ほんに、オブシディアンは仕事が早いのぉ。じゃが、もちろんじゃ!
受けて立とうではないか。
もし、そこで我らのお主様への気持ちが本物だと思ったなら、お主様に危害は加えんでほしい。」
「分かった。もし、そこでお前たちのうち一人でもショウに憎悪や嫌悪を感じ愛想を尽かした時点で私の勝ちだ。
その時は、ロゼは速攻でショウから離れ私と共に過ごしてもらう。
その間に、ロゼお前の気持ちを振り向かせてみせよう。」
と、コウは勝利を確信したかのように強気な条件を言ってきた。
ショウの事は心から好きだし愛してる自信はあるが…設定内容が内容だけに、そんなの姿形はショウであっても中身がショウと異なる部分が多い。
そんな偽物相手に…大丈夫じゃろうか自分…と、ロゼは正直、全くもって自信がなかった。
だが、上手くいけばこの危険極まりないコウからショウを守る事ができる。
…失敗すれば…
…ドックン、ドックン…!
…怖い…怖すぎるが、お主様を守る為にやらなくては…!!
…お主様…
家出したはいいが、もう寂しい…
そう、ロゼに恋人になる運命の人がいるだとか、運命に近い恋人候補がいっぱいいるだの言われて。
しかも、それをショウも言っていたという話を聞いたら大きなショックを受けてしまい
お主様一筋な我がそんな筈がないっ!!
何故に、お主様までそんな根拠のない事を言うんじゃ!
…他の誰になんと言われようと、お主様だけには信じてほしかった…
と、見知らぬ土地の一番大きな建物の天辺にちょこんと座りしょんぼり肩を落としていた。
下に見える物や人が滲んで見える。ロゼのお目々からはポタリ、ポタリと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
そんなロゼの後ろに、見知った気配を感じロゼはちょっぴりホッとしていた。
『ロゼにしては、さほど遠くまで行ってなくて良かった。国境を超えていたら面倒だった。』
と、苦笑いする男女の声が重なった様な独特の声が頭に響いてきた。
そして、もう一人…
「…ふぅ。昔から人気者のお前は、一人になるという事がないな。
今日こそは、お前が一人になったと喜んできてみれば、余計な邪魔者まで来ている。」
と、175cmはあるだろう高身長のスラリとした女性が、ロゼの目の前に宙に浮き立っていた。
この女性は、色白で腰まであろうか美しいストレートの黒髪の純和風を思わせる容姿。目の色は、空色で全体的に凛とした姿が印象的な女性だ。
『…おや?こんな所で会うとは珍しい。
何故、あなたがこんな所に居るのですか?虹(コウ)姫。』
オブシディアンは、ロゼの前にいる人物を見てそう言った。だが、さほど驚いていない様子だ。
そこに気が付いたコウは
「…ん?お前は、私の行動を読んでいる様な素振りだな。」
と、不審な目でオブシディアンを見ていた。
『例えば、ビーストキングダムの宿泊施設でショウ様をこの世から亡き者にしようとしたとか?
それとも、ある秘密がバレたと思い口封じの為にダイヤ王子を襲った魔物使いの事か?』
そう言ったオブシディアンに、コウは酷く驚いた表情をしていた。
「…貴様、一体何者だ?」
『そんな事を言ってしまっては、自分がやった或いは指示したと認めたと思われても仕方ない言い方ですよ?』
「…お主様を亡き者にじゃと…?
ソチ…何故に、そのような恐ろしい事を?この世界を滅ぼそうというのか?」
そう、ロゼが驚愕に満ちた表情でコウを見ると
「…記憶がないのか?残念だ。
しかし、神獣に変化した姿も凛々くも美しいな。」
と、コウはウットリとした表情でロゼを見てきた。
『そういう事か。何故、コウ姫がショウ様の命を狙うのか、どうしても分からなかったが。』
いつの間にか、コウに対し敬語をやめたオブシディアンは恐らくそうであろう推測に、なるほどと思った。
戦いを好み、好き好んで戦場を駆け回る極上の美女。“血塗れの冷酷姫”と、裏では恐ろしい異名で呼ばれている。
サクラ程ではないが、あまり表情筋が動くことはなく淡白な性格らしい。ただ、大好きな戦いで楽しそうに戦場を駆け回っているらしい噂だ。
そんな普段淡白なコウが、ロゼを目の前に女を出しているのだ。そう思わざる得ない。
『…だが、そうだとしても分からない。ロゼに恋着されているショウ様に嫉妬をして、愚行に及んだとして…その時は、まだロゼは誕生していなかったはず。』
と、引っ掛かりを感じ言葉を出すオブシディアン。それを聞いて、コウは冷笑を浮かべ
「貴様に言った所で分からないだろうが。…そうか、今の名は“ロゼ”というのだな。では、現在に合わせロゼと呼ぼう。
ロゼが誕生する前の方が都合が良かった。ロゼと出会う前にこの世から、あの無能なデブを消してしまえばロゼはきっと私を見てくれる。そう考えた。」
と、言ったのだ。
「…にゃ!にゃぬっ…!!?」
『…ああ、なるほど。
“前世の記憶持ち”
か。しかも、ショウ様とロゼの関係についても、些か詳しそうだね。
だけど、ショウ様の存在を知っているなら、ショウ様が旅に出る前に襲う事もできただろうけど。
どうして、ショウ様が屋敷にいる時には襲ってこなかった?』
そう聞いてくるオブシディアンに、またもコウは驚いた顔をして
「…貴様、本当に何者だ?
何故、
“前世の記憶持ち”
“無能なデブとロゼの関係”
という言葉が出てくる。お前も、
“天人の世界”
の関係者か?」
と、聞くと同時に
驚いて変な声を出してしまってるロゼに、あからさまに“かわいい”ときゅんとした顔を見せていた。
『残念ながら、ボクは前世の記憶持ちではないよ。
だけど、職業がショウ様専属の強いメイドさんなもので、ショウ様を守る為に色々と情報集めもしてるだけだよ。』
「…強いメイド。ふざけているようにしか思えないが、貴様の素晴らしい情報収集に免じて答えてやろう。簡単な話だ。
無能なデブの存在に気付けなかっただけ。
だが、王位継承権をかけた旅が始まり、一般人に対するヨウコウの愚劣な振る舞いが城中の話題になっていてな。
チーム構成を聞き、おかしく思い同行している一般人について調べさせた時、“サクラ”の存在。そして、一度大きく感じた“ダリアの魔力”があり、そうなのかもしれないと思った。
もし、違っていたら仕方ない。そのデブは運がなかっただけだと思って行動に移しただけの事。調べた所、本当に何もできない役立たずのデブ。
そんな無能が一人消えた所でどうって事ないだろ。」
『…ソ、ソチ!!何という愚かな事を言うんじゃ!!?』
と、怒りを隠せないロゼに
「…そう、怒るな。そうだよな、心優しいお前の前で話すべき話ではなかった。反省しよう。すまなかった。」
なんて、困ったように苦笑いしつつ、今度はオブシディアンの方を向き
「しかし、何故だろうか。私の行動が貴様に筒抜けになっている気がしてならないのだが?」
と、不思議そうにしていると、おもむろにオブシディアンは小さく右手を上げた。
すると、いつの間にか、オブシディアンの後ろに全身黒ずくめの人間が屋根に膝を着きオブシディアンの言葉を待っていた。
「そいつが、どうかしたのか?」
そう、コウが不思議そうにしているとオブシディアンはフと小さく笑い
『見せてやって。』
と、後ろの人物に命じると
「ハッ!」
二人は、オブシディアンの命令に返事をし、立ち上がると二人は瞬く間に姿が変わった。その姿を見て
「…ハ、ハハ…!そうか、そういう事だったのか。」
と、驚きと同時にしてやられたと言うようにから笑いが出ていた。
何故なら、そこにはコウのチームであるタイガが姿を現したのだった。
『フフ、そういう事だよ。
聖騎士団長がコウ姫の様子がどうもおかしいってね。
それで、周りに回ってタイガが、あなたの行動を注意深く見張っていたんだ。
あなたの様な優秀さんの目を眩ます事ができたんだ。タイガはとても有能だね。』
「…しかし、何故ソチの口から
“ダリア”の名前が出てくるんじゃ?
ソチは、ダリアの昔の愛人の一人かえ?」
そう、首を傾げ聞くロゼに
「…ロゼから、そんな言葉は聞きたくなかったが、奴の素行を思えばそう思われても仕方ない。
だが、私は決してダリアの愛人でもなければ、今は奴を異性として意識していない。
確かにダリアを初めて見た時は、生きとし生けるもの達を魅了する恐ろしい程までの美貌と能力、力、カリスマ性でこの私でさえ心を奪われてしまったのは事実。
だが、それ以上にお前だよ、ロゼ。
お前の存在が私の心を惹きつけてならない。」
「…すまぬが、ソチの気持ちは有り難いが、我には心から愛する方がおるゆえ、ソチの気持ちには応えられぬ。
しかしじゃ。何故、ソチはダリアの存在を知っておるのじゃ?そして、我の事も。」
と、コウの告白をしっかりとお断りして、更に自分の感じた疑問を投げかけてみた。
「……今のは聞かなかった事にする。
ああ、ロゼとダリアの存在についてか。それは、私の前世があの無能の“天守、剣と盾”の試験管の一人だったからだ。」
「…にゃっ!にゃんじゃとっ!!?」
「その驚き方も可愛いな。」
二人のやり取りを見て、一方通行でしかないコウを少々哀れに思いつつも、思いがけずかなり重大な話が聞けてる事に
これは、ロゼの存在があっての事だ
今回はロゼに感謝だな
と、少し苦笑いしていた。
「私がロゼに惚れたキッカケは、天守の最終試験の
“もしも(仮)だったら”
と、いう、天と天守候補達の立場も住む場所も違う世界なら、二人の関係性はどうなるのかというテストだ。
多種多様に条件や時代、国なども変えて数回に渡ってテストする。
そうだな。人間誰しも大きかれ小さかれ沢山の分かれ道ができる。そして、それを選び進んでいくだろ。
それで、多くの者達は思うはずだ。
もし、あの時別の事を選んでいたらもっと違う人生を歩んでいたんじゃないだろうかと。
それに近いシステムかもしれない。
例えばだ。例をあげれば
【もし、自分が奴隷であの人が貴族だったらどうなっていただろう?】
【今は身分違いだけど、もし自分達が同じ立場だったら何か違っていただろうか?】
など、ある条件を設定しその世界に候補者達の意識を設定されたその世界に飛ばす。
そこで、起こる事は“その条件の時”必ず起こる事。つまり、別の世界線とでも言っていい。
それを可能とする【魔道具】を、試験管長が創造主様より貰い受ける。
だが、それはその時貰い受けた物しかない貴重な魔道具。しかも、一度使えば消えて無くなるから余計に貴重性が高い物だ。
創造主は、他の誰でもない。
これは、この子の天守を探し出す為だけに使えと100個の“もしも玉”という魔道具を試験管長が受け取った。
悪用されては困るから、その子の天守が決まった瞬間に残ったもしも玉は廃棄せよと言われていた。」
この時、ロゼとタイガは“もしも玉”という、ネーミングセンス…ダサい。多分この魔道具を作った人が付けたんだろうが。とにかく、ダサいと思った。
「その、もしも玉は本当に素晴らしく、候補者達の心の内まで分かるようにできていた。つまり、その時その人が思っていた気持ちまで分かるようにできていた。
そこで、何度かロゼのシミュレーションテストをしてみて、ロゼの人柄の良さと勇敢さ…他に言い尽くせない程の人の心を鷲掴みにする魅力があり試験管の中で、私を含めロゼに惚れる者がいた。
…もう、すっかりロゼに首ったけになっていた私は禁忌を犯した。
その、もしも玉を盗み細工したのだ。」
「…さ、細工じゃと…?」
「そう。もしも玉には、細かい設定システムが施してある。時代背景から、年齢、性別、職、どこの世界か、国かなど様々に細かく設定しなければならない。
だから、私は
“ロゼが最初から私に惚れているという設定をして、あの無能な天がいない世界線”
を設定した。
だが、そう考えていたのは私だけではなかった様で、設定が甘かった5人はロゼといい雰囲気になれたが恋人にはなれなかった。
“最初から、ロゼと自分互いが両思いでロゼの天のいない世界線”
に、設定してれば良かったものをな。詰めが甘かったな。
その設定で、私ともう一人はロゼと恋人になれた。
私は、できなかったがもう一人はロゼと結婚までしていたな。
おそらく設定内容が
“もしも、ロゼと両思いで結婚していたら。そして、天のいない世界。”
で、設定していたんだろう想像がつく。」
そう嬉々として話すコウに、ロゼは全身
ゾゾォ〜〜ッッッ!!
と、悪寒が走り、気持ち悪いと感じた。
オブシディアンとタイガは、とても頭が痛く感じ呆れていた。
ショウがいない世界で、【最初から両思い設定】って…もはや、【ロゼの人格を無視】している。
もはや、【それはロゼの姿をした偽物】だと。
恋とは、こうも人をお馬鹿さんにしてしまうものなのだろうか?
恋は病とはよく言ったものだとため息しか出てこない。
「だから、そのもしも玉を使って無能の天にも見せつけてやった。深いダメージを与えたいからな。
“もしも、ロゼに運命の恋の相手が二人。運命の恋に近い相手が5人いたら。そして、ロゼが天に興味がなかったら。”
と、いう設定でな。
だが、それに似た考えを持つ奴は私だけではなかったらしい。もしも玉の設定の一つ。
通常シミュレーション試験では、シミュレーション内容は候補者達の記憶から消すのだが。
何かあればと記憶を残す機能も付いていた。
それを使い、【そのシミュレーション内容をわざと天の記憶に残しておいた】。
そうすれば、天はロゼの事を恋愛対象として近づく事はないだろうと考えた。」
そこで、ロゼとオブシディアンは、
なるほど、そういう事だったのか。と、今までモヤモヤしていた引っかかりが解けてスッキリした気持ちになっていた。
しかし、そんな馬鹿な真似をしたのがコウの他にもいたとは…。
何と愚かな…被害に遭ったショウ様が可哀想で居た堪れない。
きっと、ずっとずっとその事で、気に病み悩んでいたに違いないのだから。
「そもそもだ。あの無能な天の為に選ばれた試験管達は、互いを見張り合い不正を無くす為に100名ほどいた。
通常、天の天守を決める時は、5人程で行われるしシミュレーションテストなんてしない。
何故か、あの無能だけ特別扱いされていた。
理由は分からない。
分かるのは、何の役にも立たない無能であると共に性格も至って普通、容姿も良くない。
いい所が何一つ見つからないという所か。」
ぬおぉぉ〜〜っっ!!?
そこまで、やるからにお主様が他の天とは違う別格の存在じゃと、何故分からんのじゃ?
そんな間抜けが優秀で天守の試験管に選ばれたとな?笑止。
と、ロゼはコウを静観していた。
「試験管達は、揃いも揃って“あんなのが【天】か。何を司ってるか分からんが、
“下らない能力だろう。”
”無くてもいい様なちっぽけなものに違いない。”
“そもそも他の天達は誕生する時、その天が何を司る天なのか神託があるというのに
その神託さえないなんて教えるのも恥ずかしいくらいの可哀想な力なのかもしれないな。”
“それに、他の天達は大人の姿で誕生し最初から世界の摂理についても把握している。だが、今、誕生する天は赤ん坊で誕生し、それを天守が育てなければならないと聞く。
あまりに、出来損ない過ぎやしないか?”
“創造主様に、今回の天の大人になった姿を未来映像魔道で見せていただいたが…あまりに凡庸。
…いや、平凡以下といっても過言でない容姿だった。
かと、いって何かかしら優れた能力があるかといえば全くと言っていい程ない。
あの無能な出来損ないの天は、一体何なんだ?何の為にいるんだ?”
と、裏では不満だらけで納得いかず色々と言っていた。
それも仕方ない。
創造主たっての命令とはいえ、自分の時間を割き、無能な天の為に厳選なる試験を行わなければならなかったのだから。
しかも、おかしな事に他の天達の試験内容よりも、格違いの試験の厳しさだという。
挙げ句、最終試験はシミュレーションテストという他にはない試験さえある。
創造主様は一体、何をお考えになりそんな試験を考え出したのか。
しかし、無能な天の為に集められた天守候補者達は揃いも揃って、とんでもない天才や優秀、選りすぐりの逸材ばかりだった。
中には、かつて英雄だったもの、伝説を残した王、勇者、大賢者、大魔法使いなども大勢いた。
どの人達を見ても偉業を成し得た偉人が大半を占め他は、これから偉業を成し得てもおかしくない程の素晴らしい者達しか居なかった。
それには本当に驚いたし、そんな素晴らしい面々をこの目で見る事ができるだけラッキーな事だった。
そこに関してだけは、幸運という他ない。
だが、しかし。
この中からあの無能の為の天守が選ばれると思ったら、どうも納得できない気持ちもあったがそこは気持ちを切り替え厳正に試験を行った。」
その当時の試験管達は、揃いも揃ってお馬鹿さんが多かったんじゃな
ど〜こが、選ばれし試験管達じゃ
聞いて呆れるわ
と、コウの話を聞く度に、ロゼの心はスー…と冷たくなっていた。
「だが、もしも玉を盗み悪用したとして、私と残りの6人は罰を受け
“畜生どもの住まう汚い世界に落とされ、そこに住む人間にされてしまった”。
だが、私は絶望はしていなかった。
何故ならダリアに取り込まれたロゼが、この地に封印されていると言う噂を聞いていたから。
だが、あのダリアからロゼを救い出すのは至難の業。
だから、この人間の体や力でどこまでできるか分からないが、やれるだけ力をつけロゼを救いに行こうと考えていた。」
「…何と言えば分からぬが、ソチが我を思い行動してくれていた事は到底許されるものではないだろう。
じゃが、今この時だけはソチの気持ちだけは受け取ろう。それ以上は、何もできぬが。」
と、ロゼは自分を思い行動してしまったコウを強く咎める事もできず、厳しい言葉と共にコウの気持ちへの感謝の言葉を伝えた。
それを聞いて、コウはとても嬉しそうに真っ白な頬をピンク色に染めていた。
「本当なら、私がこの手でダリアからロゼを救いたかった。
しかし、どうやってあのダリアから逃げ出す事ができた?
いや、ロゼの力や能力そして、精神力を持ってすれば脱出できてもおかしくない。素晴らしいぞ、ロゼ!」
コウの絶賛の嵐に、ロゼもオブシディアンも少々圧倒されかけたが
「お主様じゃ。」
と、まだまだ止まらないコウの言葉をロゼは遮った。
「…ん?ロゼの言うお主様とは、あの無能なデブの事か?」
「…むぅっ!我のお主様は無能なんかではないぞ!その言葉、撤回せい。
それにデブではない。
“まんまるなマシュマロボディ”
じゃ!」
と、プンスコプンスコ怒ってから
「とにかく、我はお主様に救われたんじゃ。
あの時のお主様の勇姿、今でも目に焼き付いて離れぬわ。
それがなかったら、我はダリアに完全に吸収されどうなってしまっていたか分からぬ。」
まるで、ショウの事を命の恩人とばかりに感謝と尊敬の眼差しで、夜空色の目をキラキラ輝かせていた。
「……ふう。ロゼ、それは気のせいだ。己の出した鍛冶場の馬鹿力だったのかもしれない。
おそらく、ロゼは自分自身で脱出したか、何か奇跡が起きその場にいた実力者達によって救い出されたに違いない。
しかし、長い間ダリアと戦い続け心身共に憔悴しきり、その時の事を覚えていないのだろう。
それを、天守特有の“天贔屓”で、いいように脳内変換され、そう思いこんでしまっているのか。…可哀想に…」
と、コウは、ショウが助けてくれたと言うロゼの言葉を否定し、憐れみの表情でロゼを見てきた。
その時、ロゼとオブシディアン、タイガは思った。この女…話が通じないと。
だが、コウはコウで、きっとロゼは天という存在ショウによって洗脳されているのかもしれないと考えていた。
けれど、コウは天守候補者達の試験管をした事があるといっても、試験管に選ばれた優秀者である事は確かだが幹部ではない為
天と天守の関係性については、一般の天上人と知識はそう変わりなかった。
天守は、まず天となる者と稀にしか存在しない類ではあるが運命人
またはそれに近いくらいに相性がいい人達が集められる。
天への裏切り防止の為だ。
天守になるには、何を差し置いても天が一番。絶対の忠誠が必要なのだ。
その集められた相性のいい者達の中から、天を様々な敵や困難から守れる力や能力など様々な分野の試験が行われ、
その中から二人の天守が選ばれる。
それだけ厳しい試験を潜り抜け苦労の末、勝ち取った天守の座。
何が何でも、天を守るという洗脳に近い気持ちが植え付けられていても仕方ないだろうと、コウは考えた。
…あの無能なデブが、お前の天だなんて哀れなロゼ。
お前程の素晴らしい逸材が、あんな無能の下に収まっていい筈がない。
と、考えれば考える程、ショウにはロゼは勿体無い。
勿体無いどころの話ではない。まさに、宝の持ち腐れというやつだ。
それは、ロゼだけでない。
サクラやダリアにも大きく言える事だ。
短い間に、ここまで考えて
…おや?
と、コウは思った。
「…確か、ショウの天守を決める試験の時、ダリアの存在は圧倒的で
“もしも玉”
を使い、自分にダリアを振り向かせようと動いていた輩も大勢いたようだが。
どうなったんだろうな?」
と、いった呟きに
『…ああ。ダリアは、その輩達の動きを把握していて
“このオレ様をどうにかしようなんてあり得ねー、ムカつく”
って、理由で殺したそうだ。
その人達が持っていた魔道具らしき物もイライラして一緒に
“ぶっ壊してやった”
だ、そうだ。』
オブシディアンが、ダリアの代わりに代弁して答えた。表情などに出さないが…心の中で大きく頭を抱えながら。
「…ゾッとする話だな。人の命を何だと思っているのか。外道だな。」
と、自分の事は棚上げでダリアの行動を批判するコウに
ロゼとオブシディアン、タイガは、思考停止してしまいたい気持ちになっていた。
そんな三人の気持ちなどお構い無しに、コウは考えていた。
どうすれば、ショウ(天)の洗脳からロゼ(天守)を救い出す事ができるのかと。
そこで、コウはある事を思いついた。
「そうだな。実は、もしも玉を二個盗んでいてな。
一つは既に使った事は話したが、もう一つのもしも玉に、少し面白い設定にしてみた。
これを、正式な天守であるロゼと天守候補のダリアとサクラに使ってみたい。
ネタバレだが
“もしも、ショウが国の女王で性にだらしない悪女だったら。
〜その悪女の我が儘の為に奴隷として献上された可哀想なお前たち三人〜”
という設定にしてある。
もちろん、記憶に残る設定もしてる。
そこでのお前達の反応が楽しみだ。…フフッ!」
性にだらしない悪女設定のショウに愛想を尽かせる為の魂胆なのが丸見えである。
だから、敢えてその
“もしも玉の内容が記憶が残る”
ように設定したのだろう。
そもそも、もはやそれはショウであってショウじゃないだろうという気持ちもあるが
『サクラ様とダリアからは承諾が取れた。あとは、ロゼ次第だけどどうする?』
と、オブシディアンは随時、事の次第をリュウキに伝えていて、リュウキからサクラ達にその事が伝わったようだ。
サクラとダリアは、今にもコウを殺さんばかりの勢いで止めるのに苦労しているらしいが。
「…ほんに、オブシディアンは仕事が早いのぉ。じゃが、もちろんじゃ!
受けて立とうではないか。
もし、そこで我らのお主様への気持ちが本物だと思ったなら、お主様に危害は加えんでほしい。」
「分かった。もし、そこでお前たちのうち一人でもショウに憎悪や嫌悪を感じ愛想を尽かした時点で私の勝ちだ。
その時は、ロゼは速攻でショウから離れ私と共に過ごしてもらう。
その間に、ロゼお前の気持ちを振り向かせてみせよう。」
と、コウは勝利を確信したかのように強気な条件を言ってきた。
ショウの事は心から好きだし愛してる自信はあるが…設定内容が内容だけに、そんなの姿形はショウであっても中身がショウと異なる部分が多い。
そんな偽物相手に…大丈夫じゃろうか自分…と、ロゼは正直、全くもって自信がなかった。
だが、上手くいけばこの危険極まりないコウからショウを守る事ができる。
…失敗すれば…
…ドックン、ドックン…!
…怖い…怖すぎるが、お主様を守る為にやらなくては…!!
