このまま既成事実を作ってしまえ。そうあたしの中で悪魔が囁く。そうすれば婚約破棄されてアイツを手に入れられると黒い感情が湧き上がった。

「あたしのことを見てくれないあんたが悪いんだから……」

あたしはそっとアイツの頬に触れる。男性にしては柔らかい。きっと唇はもっと柔らかいはず……。あたしはアイツの唇に自分の唇を重ねようとしていた。

「愛梨……」

寝言でアイツが結婚相手の名前を呼んだ。あたしの体はピタリと止まる。アイツは寝言をさらに呟いた。

「うん……。美海(みみ)の歌、すげえだろ?……自慢の、幼なじみ……」

あたしの目から涙がこぼれる。やっぱりあたしの恋は報われない。あの結婚相手よりあたしの方が長くアイツを想ってたのに……!!

それでも、やっぱりこの二人を裏切ることなどできない。だって童話の人魚姫は結局王子様を裏切ることができず、泡になっていった。あたしはきっと人魚姫。ならば二人を祝福して笑って消えよう。