あの日見た光景を忘れられない。『お前一筋だ』なんて馬鹿らしい言葉を口にする君はあまりに愚かで、でもそんな君から離れられない私は愚の骨頂で、なぜ復縁などしたのだろうと頭を抱えた。否、答えはわかっている。好きだからだ。だけどその一言では片付けきれないくらいの不満が募る。何故あんなことをしたのか、どういう気持ちだったのか、何を聞いても信じ難く、いつの間にやら自分の気持ちまでも疑心暗鬼になってしまった。
「本当に本気でお前だけ愛してるんだ」
「…2度はないから」
この心は果たして本当に恋なのか、はたまた執着か、それすら分からなくなっている。
「まだ俺の事好きでいてくれる?」
「もちろん」
今はこれだけでよかった。手を伸ばせば暖かい体に触れられて、少なくとも今だけは自分のモノであることに安堵する。あぁ、なんて愚かなのだろうか。
「愛してる、本当に」
言葉を重ねる度にその言葉はドロドロと手のひらから落ちていく。ソレは気持ち悪くすらあったことに今更ながら気付いた。『ウソツキ』と誰かが叫んでいる。それは私か、それとも彼女の声かもしれない。
「お前は?俺の事、好き?」
「す--」
言葉が出なかった。彼を挟んだ向こう側から私と同じくらいの少女が何かを必死に叫んでいる。『ウソツキを信じれるの?』と。途端に押さえ込んでいた気持ち悪さが増してうずくまる。信じたものが痛い目をみる世の中、私はこの人のことを本気で愛せるだろうか。答えは--
「…ごめん。やっぱり私、君の愛は受け取れない」
こんな苦しいならいっそ信じようとすることを諦めてしまえばいい。そう思った。
「だって今、まだ俺のこと好きでいるって」
慌てたように、あるいは困惑したように私を見つめる。
「うん、好きだよ。でも、君の好きを信じれないんだ」
死にたいくらい辛い、苦しい、こんなの、望んでいないのに…。
「俺が……したから、か…?」
「そうかもね」
置きっぱなしにしてたカバンをまとめて私は立ち上がる。
「俺、ほんとに心入れ替えて、お前のことだけ愛してるから!だから…」
「その言葉だけで十分だよ。でも信じれない相手からの愛を受け取っても猜疑心しかなくなるから、だからごめんね」
ゆっくりと振り向いた私は一体どんな顔をしていただろうか。せめて優しい顔してられたらなと思う。
「もう君の愛を信じない」
泣きそうになるのを堪えながらその場をあとにする。早足で人気のない道まで辿り着くとポロポロと涙が溢れて止まらない。きっとこれは悲しい時の涙だ。後悔じゃない、自責でもない、好きな人と自ら離れることにした悲しみの涙。やっぱり私はまだ君を愛してたよ。心の底から好きだったよ。
「信じれなくて、ごめんなさい…」
もう誰にも届かないその言葉をまじないのように呟く。いつかまた信じられる日が来たら、その時は君が好きだと言ってくれたとびきりの笑顔で楽しく話せたらと思う。