陽炎の揺らめくアスファルトを木陰からのんびり眺めていた。サクッと土をふむ音がして振り返ると、夏らしい白いワンピースを着たあなたが立っていた。
「やぁ、久しぶりだね」
あなたは僕の方を見てクスッと笑う。両手いっぱいに赤い花を抱えて、涼しそうに風を全身に浴びていた。
「今日はね、君に話があるの」
花束を小さな花瓶に差して僕の隣に腰を下ろす。僕の方を見るわけでもなく、遠くを目を細めて眺めている。
「なんだい?改まって」
「まずはあの日のこと、謝りたくて」
一瞬、風がやんだ気がした。
「あの日、私のせいで--」
やめてくれ、という声すら出やしない。出たとしてもあなたに届きもしない。
「私を助けてくれて、ありがとう。私のせいで君の未来を奪って、ごめんなさい」
「あれは、僕がしたくてしたことで…なにも負い目なんて感じなくていいんだよ…?」
「本当は君の気持ち、知ってたの…私を好きでいてくれたの、知ってた」
遠くを見ていたあなたは目を伏せて、自分の足元に視線を落とした。
「いいんだ…それが伝わっていたなら…」
「気付かないふりして、ごめんなさい。たくさん傷つけてごめんなさい」
気丈なあなたが瞬き1つすると、雫がこぼれた。振られるのは分かっていたから、気にしなくていいのに…
「ねぇ、謝らないで…?」
「あなたを傷つけて、すべて奪った私だけど…今でも私の幸せを願ってくれる、かな…」
この時ようやく僕は悟った。あなたが涙を零したのは、僕を傷つけたことに対する罪悪感や後悔からだと思っていた。でも違う。
この次の言葉を、僕は遮ってしまいたかった。
「私ね」
遮ることは叶わない。
「結婚するの」
あなたの涙は、僕を過去にしようとすることに罪悪感を感じていたんだね。
「ごめんなさい…」
いつの間にかあなたの肩が震えていた。キュッと唇を引き結び、泣くまいと瞬きすらせずにいる。
「私、次は絶対守るから…もう、好きな人失いたくないの」
顔を上げたあなたの表情は今までにないほど凛々しく、力に溢れていた。
「まったく…なんて人だ」
何も変わらない。昔からこうと決めたら絶対に意思を曲げない時の顔だ。こういうときのあなたには適わない。
「…幸せになってよ」
「話は、それだけよ。ごめんなさいね急に」
ゆっくりと立ち上がるとワンピースを軽くはたき、日向へ足を踏み出す。
「ねぇ、大好きだったの。君のこと」
「何を馬鹿なことをいってるんだい」
「今度、彼を連れてくるわ。またね」
陽炎に揺らめいてあなたの姿は消えていく。さんさんと照る太陽の元、まっすぐ歩くあなたの姿は、新しい未来へ進む様そのものだった。
なんとも簡単に棘を抜かれたものだ。あなたは僕を『好きな人』と呼んだ。『大好きだった』とも。あなたは嘘をつけない人だから、それが本心だったのだろう。失いたくなかったと思うほど、深く愛されていたのを今になって知った。あまりに真っ直ぐなあなただから今が幸せなことが伝わってくる。僕にはこれからのあなたを幸せにすることは出来ないのに。
「幸せになった姿を見るの、楽しみにしてるから」
死人に口はないもの、だからね。