朝日が差し込むこの部屋は布団が干したてのようにふわふわになる、日当たりのいい角部屋。春風が少しすかした窓から花の香りをのせて忍び込む。
「そろそろ起きなよ。もう昼だよ」
扉を1枚挟んだキッチンからやれやれと言わんばかりの呆れ声で、起きるよう促される。もぞもぞと布団から這い出るように身じろぎしていると、ガラッと扉が開かれた。その手には香りが際立つダージリン。コトっとテーブルに置かれた紅茶はほんのりと湯気を上らせている。
「今日から新学期だよ?いい加減ちゃんとしなきゃ」
「君がいるからちゃんとしなくても大丈夫なの。だってせっかく一緒に住んでるんだからさー持ちつ持たれつ、でしょ?」
ピシッとデコを弾かれる。
「あたしがいなかったらどうするのよ。1人でもちゃんとやってけるようにしなきゃ」
「えぇー…1人にされちゃうのー?」
「もしもってことがあるでしょ」
ちょっとだけ赤くなった耳に髪をかきあげる。照れたり恥ずかしかったりするときの君の癖。
ん、と両手を広げると仕方ないなぁなんて装いながら、飛び込んでくる。君からはふわりと春の匂いがした。
--あぁ、なんと幸せな夢でしょう
「ねぇ」
満面の笑みを浮かべて見上げる君は、まっすぐにこちらを見つめてニカッと笑う。
「大好きだったよ」

目が覚めると土砂降りの雨音が響き渡る角部屋。ベッドもテーブルも、もうない。壁に寄りかかるようにして、いつの間にかうたた寝していたようだ。
「ゆめ…」
いやいや、確かに夢であったが夢ではない。君は確かにここに存在し、ここで共に過ごし、ここを去った。アレは紛れもなく現実だった。
「…春の匂いのせいか」
夢の最後がどうしても思い出せない。いつも通りの朝を迎えて、いつも通りのバカをやって、いつも通りの好きを伝えていたはずだ。なのになぜ、最後の君の『大好きだったよ』のときの表情が思い出せないのだろう。
ねぇ、あのとき君は笑っていた?泣いていた?怒っていた?
夢の続きはもう見れない。同じ夢を見ることも出来ない。願わくば、夢の最後は君の笑顔でありましたように…
--あぁ、なんと不幸せな夢でしょう。