春、桜が綺麗に咲いた頃、私は綺麗なドレスに身を包んでいた。
これを着ると本当にお姫様になったような感じになる。
「入るよー」
「はーい」
「わぁ!咲那綺麗じゃない!素敵!」
「えへへ〜可愛いドレスだもん。」
「咲那、遂にお嫁さんかぁ。」
「雪ねぇ、仮だって、仮。」
「知ってるわよ。でもお嫁さんよ?」
「そうだね。あれ、真奈は?」
「真奈ちゃんは式で見たいからって来なかったのよ。綺麗な姿見せてあげましょうね。」
「そうなんだ。陽汰、準備できてるかな?」
「もうすぐできるはずよ。」
「なら良かった。にしても、凄く良い教会だねぇ。雪ねぇに感謝だ」
「私もだけど、やっぱりお母さんがね〜。」
「え?ママ何かしたの?」
「あー、元ウエディングプランナーだったから、少しお手伝いしたのよ。それだけ。」
「えー?言わないの?」
「いいの!ほら、そろそろ式が始まるんじゃない?パパのところ行きましょ。」
「ふふ、はーい。」
「あら、車椅子乗らないの?」
「うん。歩きたいから。式の時は椅子に座ることにしたの。」
「そうなのね!じゃあ行きましょうか。」
キラキラと輝く教会内が、長年の夢の結婚式にピッタリだった。
教会の入口にスーツをバッチリ着たお父さんが照れくさそうに立っていた。
「パパ、スーツ似合ってるよ。」
「そ、そうか、ありがとう。なんか照れるな。」
「陽汰の所までちゃんと連れてってよ?」
「分かってる。安心しろ。」
「ふふふ。」

花咲病の私がこんな風に結婚式ができるなんて本当に嬉しかった。
大好きな人が私を支えてくれたからこそ出来たことだから。
出会えたことに感謝、この場を用意してくれたたくさんの人に感謝したい。

「あ、雪ねぇ、あれ持ってきてくれた?」
「うん!バッチリよ!中少し見たけれど凄いわね!」
「頑張ったもん!いいでしょ〜」
「時間になったら、持ってくるからね。」
「うん。…緊張してきたなぁ。」
「そろそろ始まります。」
「咲那、パパは咲那が幸せだったって思ってくれるならそれだけで嬉しかった。だけど、今見れないと思ってた咲那のお嫁さん姿見れて、パパが幸せだよ。ありがとう、咲那。愛してるぞ。じゃあ、行こうか。」
パパは目に涙を浮かべて私の頭を撫でてくれた。陽汰とは違う、お父さんらしい手だった。
「パパ、」
私も想いを伝えようとしたけれど、扉が開いて、奥にいる人に目が自然と向いてしまった。
「ひな、た…」
そこには白のタキシードに身を包んで髪型をセットした陽汰が居た。
パパに腕を支えられながら私は歩く。
席に座った皆は嬉しそうに笑って私に拍手を送っている。
真奈も写真を撮りながら私に向けた拍手を送ってくれていた。
ハル先生も、雪ねぇも、学校で沢山支えてくれていたかほ先生も、木井先生も、陽汰パパも、
みんなが私を沢山支えてくれていた。そんなみんなが今、私の事を祝福してくれていた。
陽汰の元へ着く頃、私は瞼いっぱいに涙をためていた。
「何泣いてんの。もー。ほら、おいで。」
「うん。パパ、ありがとう。」
「お義父さん、咲那さんのこと、生涯支え切ります。」
「よろしく頼んだぞ。お互いで支えあおう。」
「はい。」
陽汰の手のひらと私の手のひらが重なり合う。初めて出会った時、私が転んで泣いた時、色んな時にこの手を取ってもらった。
沢山支えてくれて、沢山、沢山愛してくれた。
あっという間に私の涙腺は決壊して、ボロボロと涙が溢れてしまう。
「ほら、泣くなよ。後でいくらでも泣いていいからさ、今は笑顔の写真たくさん残そう?」
「うん、うん。分かったぁっ、」
式は暖かくて、空いた窓の隙間から桜の花びらが入ってくる。早咲き桜の散る香りがする。
ずっと繋いだままの手を話すことは無かった。
そして、指輪が渡されて、
「では、誓いの、ハグを。」
私達は、キスではなくハグを選んだ。その方が良かったのだ。ギューッとしていたいからこちらを選んだ。
「陽汰、ありがとう。」
「俺の方こそ、ありがとう、咲那。」
そういって私達はお互いを抱き締める。優しくて、暖かくて、嬉しくて、でも何処か寂しくなった。
私達の愛、それは短いもので、成就しないもの。でも、お互いを愛し合っていた。
優しく、でも悲しい恋だ。
私は、あと少し時間が経ってしまったらきっとこの場には居ない。
怖くて付き合う事を拒んだ私は、いつの間にか陽汰と恋人のようになっていた。
そして気が付けば、結婚式みたいな事をやっている。
そして、きっと見守られながら眠るのだろう。

私はそんなことを考えながら、すこしぼーっとしていた。
「咲那、アルバムだよ。」
「あっ、ありがとう!…じゃあ、陽汰と、真奈、少し来てくれないかな?」
「ん?何?」
「え、何なに?」
「えーと、こほん。二人は、私のことを沢山たくさん支えてくれました。色んなところに行って撮った写真で、私なりにアルバムを作ってみました。一つの思い出として、貰ってください。」
「アルバム!すご〜!ありがとう。さーちゃん、大好きだよ。」
「うへ〜凄っ!ありがとう!」
「ふふふ。じゃあ、ラスト行こうか。」
そう言って、私はドレスのチュール生地を取ってミニドレスにする。
みんなで並んで写真を撮ったあと、外に続いたアーチを二人並んでくぐる。
たくさんの花びらの舞う道を通って、私は陽汰に抱きついた。
「陽汰、出逢ってくれてありがとう!」
「咲那こそ、俺と出会ってくれてありがとう!」
「「大好きだよ!」」
そう言って、お互いに抱き合って、私の身体は宙に浮く。
陽汰が私を抱き上げてくるっと回る。頭上に広がる桜は、私の腕の桜とともに咲き誇っていた。
突如、辺りに沢山の薔薇が舞った。
青、白、黄色、オレンジ、そして赤。私達を囲むように舞い上がった。
その景色はずっとずっと、目の中のフィルムに残っていた。

その日、辺りにはずっとそよ風が吹いていた。
その薔薇が舞う時に、懐かしい声を聞いたような気がした。
あの日別れた人の声を聞いたような気がした。
「おめでとう。良かったな。」
そんな声を聞いたような気がした。
「陽汰、葵が来てたみたいだよ。」
「そうだな。俺も聞こえた気がする。祝福してくれてたな。」
「うん。」
「今日、どうだった?」
「幸せだった。人生最大の幸せを味わった。」
「俺も。」
「あのさ、」
私はこの後言うべき言葉に詰まってしまった。
「今日、ありがとう!」
そんな本当の言葉だったけれど、伝えようとした言葉ではない。これは、決意ができた時に伝えよう。
「いえ。俺の方こそ、一生分のプレゼント、ありがとう。」

私は、後何日生きることが出来るだろう。
もう助かることの無い命を、どんな風に使おうか。
未だに見つけることの出来ない最後をずっと探し続ける。
でも、私が思っているのは、
最期の花が咲く前に、この病気になって良かったと思いたい。
私はまだ最期の花が咲かない。
けれど、この病は本当の最後を迎えるときに花が咲くと言われている。
その花が咲く前に、この世に未練を残さないで置かなきゃ行けない。
そんな事実を思いながら、私は陽汰と一緒に夕焼けの中を歩く。
ぼんやりと照らされた私達は、何処か儚げな雰囲気を感じる。

これから私の進む道は空彼方へと繋がり、彼は地面を突き進んで行く。そんな道が見えた。
ピタリと、陽汰の足が止まって、私の方に振り返る。
「咲那?咲那は花咲病になってから、ちゃんと笑えたか?楽しいことあったか?」
「唐突だね。…私は心から笑えたし、幸せだよ。昔も、今も、ずっと。」
「なら良かった。俺、ずっと不安だったんだ。咲那をちゃんと幸せにできてるかとか、たくさん笑ってくれてるかなとか、すげぇきにしてた。でも、それが聞けてよかった。嘘じゃないよな…?」
「嘘じゃないよ。心からの気持ち。」
「そうか。良かった」
「…ねぇ、陽汰?」
「ん?」
「私、一年後にはきっとここには居ない。分かるの。」
「…」
「最近、残りの命をどうに使おうか、ずっと迷ってた。」
「うん。」
「みんなと、変わらず笑顔で過ごせたらいいかなって思えたよ。」
「咲那、」
「陽汰も、一緒に最後まで笑ってよ?ね。」
「当たり前だろ。任せろ。」

さっきの陽汰の問で私の願いを受け入れてくれそうだと思って一つ聞いてみた。
「私が、死んじゃったら、陽汰は別の愛する人を見つけて、絶対に幸せになるんだよ?分かった?」
「…は?どういう、ことだよ。俺は、咲那が大好きで、」
「駄目だよ。私じゃない人を次は愛してね。でも、私が消えちゃうまでは、好きでいて欲しいの。あはは、ワガママだよね。最後まで幸せで在りたいの。」
「ずっと、ワガママでいいよ。俺は、ずっと咲那を好きでいなきゃダメって、そう言ってよ。」
「陽汰、私はもう消えかけたロウソクを燃やしてるの。そりゃね、ずっと好きでいてもらいたいけれど、陽汰は幸せに、ならなきゃ。私、陽汰の本当のお嫁さん見てみたいな。」
「なんで、そんなこと言うんだよ、やめろよ、」
「ごめん。ごめんね。」
「私は、」
その言葉を遮るように、陽汰に手を引かれて、口に人差し指を添えられる。
「咲那、それ以上言わなくていいよ。俺は、咲那の事忘れないから。ね。大丈夫、大丈夫。今はそんな事言わないで。」
「だって、陽汰は、」
「いいの。いい。俺は咲那のことがずっと好きでいられて嬉しいんだよ。」
「うぅぅ。ひっく、うぅ。」
ただ静かに背中を優しく叩いて微笑む陽汰。
「陽汰、ごめん。こんな、泣き虫になってごめんね。」
「いいよ。どんどん泣いていいんだよ。」

私が泣き止んだ頃、陽汰は突然その言葉を口にする。
「なぁ、いいとこ行こうか。綺麗なところ。」
「綺麗なところ…?」
「うん。行こう。」
そう言って、すっかり沈んだ日の中を駆け出した。
なんでか分からないけれど、自然と足は進んだ。呼吸は落ち着き、陽汰と顔を見合って笑いあえた。
…少しして、この場所に辿り着いた。
「葵の…」
「うん。今は二人だけの場所だよ。でも多分葵もいるか。」
「きっと居るよ。」
「葵、居たらさ咲那に元気わけてやってよ。まだそっちに行って欲しくないから。」
「まだ行かないよ。」
「まぁ貰えるなら貰おうよ。木に手、当ててみたら?試しに」
「…なんも無いけどね(笑)」
「ま、貰えたことにしよう。ありがとう葵。」
「ふふ。ありがとう。」
「咲那、最期の時が来たらさ、絶対家族と、真奈と俺で幸せにするよ。」
「分かった。頼むね。」
「うん。咲那、これから何が起きたとしても、俺はずっと支えるよ。だから、信じてね。」
「分かった。」
にぱっとした笑みが零れた。陽汰のその優しい表情を見るとどうしても笑顔になってしまう。

私の命のタイムリミット、それはいつまでか分からない。
ただ一つ確かなことはあと半年は無いであろうということ。
刻一刻と迫る死期を私は進むしかない。
それではそろそろ始めよう。私の命がつくる最後の物語を。