ぐいっと、力の限り押した。もう、考えるよりも先に。
どくどくどく。心臓が本当に嫌な音を立てている。
い、いま、何しようとした?わたし、いま、なにを。
腕を思い切り伸ばしたせいで、樋野くんとわたしの距離はさっきよりもずっと遠のいて、身体もすっかり離れていた。
でも、まだ伸ばせば触れられる距離。
「えっと…先輩…?」
樋野くんが困った顔でわたしを見下ろしていた。
突然叫びながら身体を押されたんだ。それはもう、奇行だ。わかってる。でも、そんな奇行にでなきゃ、わたしは一体何を。
数秒前の自分を思い出す。伸ばした手のひらは、きっと、リュックがなければ、なんの障害もなければ、そのまま回していた。リュックがあったから、だから、気が付いた。気が付けた。
───そう、だ。わたし、いま、抱きしめ返そうと、し、て…
「ひ、樋野くんのばか!ば、ばか!」
沸き上がる羞恥。それはもう、沸かしたやかんが音を鳴らすみたいに、勢いよく、溢れる。
捨て台詞、はおかしいけれど、捨て台詞的なものを立ちすくむ樋野くんに投げ捨てて、わたしは来た道を一目散に戻る。
おかしい、9月なのに暑すぎる。そのせいで、頭がおかしくなってしまった。そうだ、その通りだ、そうなんだ。
ぐらぐらする感情の天秤が、完全に片方にふれかかっていた。だから、急いで戻した。……戻したのに、ずうっと、しばらく、わたしは心臓が痛いままだった。


