「先輩、」
やっぱり不機嫌。声がそう。
だから、顔を上げるのはちょっと怖くって、そのまま、ぶつかった時のまま、樋野くんのスニーカーのつま先辺りを見つめていた。
だいたい、曲がってすぐのところで立ち止まって待っているなんて、ちょっと性格がわるい方法だと思う。急ブレーキかけれないし。それに、ほかにも──
「……っ、!?」
ふわり。また、何度目か、シトラスの香り。何が起きたか、少し遅れて理解が追いついて、でもやっぱりわからなくて、遠のいた。
樋野くんの腕が、わたしの背中に回っている。耳のあたりに触る髪の毛がくすぐったかった。
「…むかつくよ、先輩」
樋野くんは、あいも変わらずに不機嫌だった。だけど、触れる温度は甘ったるくって、くるしい。


