君に毒針







「ミナ先輩!」



後ろから樋野くんがわたしを追いかけて、そう呼びかけた。
立ち止まって樋野くんが追いつくのを待てば、「ありがとうございます、」と樋野くんは律儀にお礼をする。



「樋野くんは、ジャズのコンサートは初めてだったの?」

「…はい、初めてでした」

「いいよね!ジャズって!わたし、ほんとにすき」



マンションが一緒、つまり帰り道が一緒。
だから一緒に帰ろう、と言おうか、実のところすごく迷った。

サークルの下宿勢のみんなで地下鉄に乗って、コンサートの感想を語り合っているときに、一瞬、樋野くんにそう言おうか確かに迷った。だけど、しなかった。



なんとなく、同じ空間にふたりがいたから。リュウ先輩と清水先輩も、いたから。なんとなく、樋野くんにそんなことを言うのは、はばかられた。

べつにふたりに今更何を思われたっていいのに。なんだか、言い出しずらかった。


だから、樋野くんがわたしの名前を呼んで、わたしと帰ろうと追いかけてきてくれて、ちょっとだけ嬉しいと思っていた。