「あの、逃げんのやめてもらえませんか?」
「っ、」
ドンッて壁に手を着いてわたしを逃げられないようにしてから、そういうことを言うのはダメだと思う。
どこに視線を持っていけばいいのかわからなくて、右に左に動かせば、動揺しすぎです、って笑われた。
「……先輩ってやっぱり変ですね」
「なにが、変、」
「自分はあんなに人に好意を表すのに、俺が先輩に表すのはそんなに困るんですか?」
「そういうわけじゃ、」
サクラと一緒にサークルに行って、そしたら中には樋野くんしかいなくて、反射的に逃げてしまったわけだけど。
こうやって追いかけられて、こんな状況になってしまうなら、逃げるんじゃなかった。
樋野くんとわたしがいるのは、サークル活動するための道具とか色々まとめて置いてあるところで、もちろん人影はない。
樋野くんは、ちょっと、いやだいぶ危険だから。あの夜の公園以降、絶対にふたりにはならないって決めていたのに。
あんなに簡単に手を引かれてしまうなんて、意識が低いにもほどがあるよ、自分。


