時は、2200年。
日本のテクノロジーは世界屈指のものに進歩していた。かつて、品質ではどこにも負けないものを誇っていた日本だが、最新の技術や生産力ではアメリカや中国が上であった。
そんな日本を変えたもの、それは「AI及び科学技術関連法」である。
先進国の中でも科学進歩の遅れを感じた日本政府が国の予算を科学技術の発展に使えるように作ったこの法律は、目論見通り科学技術の発展に大きく貢献した。
政府はアンドロイドの開発、実用化を発表。
今ではアンドロイドを雇用していない会社はないほどだ。
しかし、民間人の間には反アンドロイドの波が押し寄せている。アンドロイドの雇用拡大により失業する人が増加したことが原因だ。
反アンドロイドの考えが世間に広まる中、国を揺るがす大実験が開始されていることは誰も知らない。


退屈な講義に刺激を与えたのは、火災を知らせるサイレンだった。
テキストにラインを引いていた秋は思わずビクつき、ラインが乱れる。にわかに教室が騒がしくなり、1人の生徒が窓の外を見て青ざめた声をあげる。「A研から火が出てる!」
A研とは、AI及び科学技術研究所の略称で、秋の通う鷹蒲大学に隣接する、アンドロイドの開発・研究を国から任された重要機関だ。
秋は慌てて、窓に駆け寄る。
秋の育ての親である叔父が研究所に勤めているのだ。秋は研究所から上がる火柱の大きさに息を飲んだ。秋のいる教室は、コの字型になっている大学の中庭側にあり普段なら向かいの理系棟に阻まれて、向こうにあるA研を見ることはできない。しかし、理系棟越しに炎が見えるほど大きく火柱が上がっているのだ。
喉の奥がキリキリと締め付けられる。握りしめた手のひらにジリジリと汗が滲むのが分かった。「大沢さん、大丈夫?真っ青だけど…。」隣で見ていた生徒が声をかける。覗き込んだ秋の額には冷や汗が滲んでいた。
「ちょっ、ほんとに大丈夫?」
心配する生徒の声はもはや秋には届いていなかった。
やがて、指示が出され秋たちはグラウンドに避難した。グラウンドは人でごった返していて、規制線の前まで来た秋は身動きが取れないでいた。
煙が立ち込める所内から白衣を着た人達が次々に出てくる。幸い怪我をしている人はいないようで、時折担架で運び出されているのはアンドロイドらしかった。
そんな担架に寄り添って出てくる人影を見た時、秋は規制線を超えてその人影に抱きついた。
「叔父さん!」
白衣の人影は、秋を見ると少し驚き大口を開けて笑う。
「秋!!!なあに心配しました、みたいな顔してんだよ。大丈夫だよ!」秋の頭をくしゃくしゃと撫でる。
A研で働いている秋の叔父の蓮だ。
蓮はいつもそうだった。ニコニコと笑う楽観主義者で、賢い。秋の両親が交通事故で亡くなった時も、秋をひたすら慰めてくれた。
秋の父はアンドロイド開発の第一人者で、母は父の幼なじみだった。蓮はそんな父の弟で、やはりアンドロイドの開発に携わる仕事をしている。
今や、アンドロイド開発には蓮が必要不可欠だと言われるほどだ。
ふと、蓮が深刻な顔でA研を見つめる。
「俺らがいるラボの方には火も煙も回ってこなかったから大丈夫だったけど、格納庫の方はやばいかな……。」
格納庫とは、これまでA研が開発してきたアンドロイドが保存されている倉庫で、その数は日本一と言われている。
そんな格納庫からは、時折爆発音が聞こえる。どうやら、火元は格納庫のようだ。
「叔父さん、あれ。」
秋は格納庫から運び出されてきた担架を見つめる。その担架には、一体のアンドロイドが横たわっている。そのアンドロイドは、火をもろに受けていたのか、顔の部分のコーティングが剥がれて機械部品がむき出しになっている。なかなかにグロテスクな見た目だ。しかし、アンドロイドにシートが被せられる様子はない。アンドロイドを見た生徒たちがざわめく。写真を撮り始めるものまでいる。