悠史は土曜夜はたいてい映画を観る。
テレビで放映される番組のあらすじを読んで、50パーセント興味があれば見る価値があると言う。それが面白くなければダウンロードして何かしらの映画を楽しむ。
梅雨明けして最初の7月の週末の映画枠には90年代の名作があった。
ラブ・コメディの女王と言われたハリウッド女優が主演の名作だ。
少し前の気まずい雰囲気などどこにもないような素振りで二人とも日常を過ごしていた。
「この映画、気楽に見れて楽しい作品よ」と言うと、悠史はこの作品に対して興味が50%いかない気もするけど、と笑っていたが、私は言った。
「私、観たいわ。大画面で一緒に観るのはアリ?」
リビングで一人で見る選択肢もあったが、そんな提案をしてみると悠史は笑顔で「もちろん」と言った。
嬉しくなって私は早々に夕食を終える。ポップコーンとコーラを用意して映画館みたいにしたい。そう言って急いで夕食を片付け始めると悠史は笑った。
「手伝うよ」
彼は立ち上がってテーブルの上の食器を片付け始めた。
結局コンビニにポップコーンを買いに行く時間はなくて、小皿にオリーブとチーズ、ナッツ、ドライフルーツを盛り合わせて、それから今日二本目のシャンパンを用意して悠史の部屋に行った。
彼の部屋の大きなテレビは、いつでも自由に使っていいと言われている。しかし実際に一人で使ったことは一度もない。それぞれの部屋は互いに不可侵な気がしてしまうのだ。
だからこの部屋で一緒に大画面で映画を観ながらお酒を飲めることが嬉しい。ソファ代わりの低いベッドに二人で腰かけて、シャンパンを細いグラスに注いでこの夜二回目の乾杯をした。軽く弾ける炭酸の気泡のように心が軽やかだった。
長い夜が楽しみだった。誰かと一緒にいたいと思うとき、こちらの気持ちだけでは成り立たない。当たり前だけど、両方が一緒にいたいという同じ気持ちを持たないと、同じ時間を共有することができないのだ。
こういうとき、夜はどこまでも伸びているような気がする。なんてことはない土曜日の夜なのに、まるで旅行や子供のころのお泊り会のように非日常で、わくわくする。
この映画は、過去に一度観たことがあった。男女の友情を否定する女と肯定する男が主人公だった。意見を衝突させながら、互いに違う恋人を持ったり、また出会ったりしながら、ラストはハッピーエンドなのが単純に明るくていい。
悠史は一人だったらこんな映画は観ないだろう。時折往年の名作を楽しむが、基本的にはSFやアクションを好む。
もしかしたら今、この映画を二人で観るべきではなかったのかもしれない。
かけがえのない友人が人生の最愛のパートナーだったという結末に何かを期待してしまいそうだったから。
映画が終わって「どうだった?」と聞くと、彼は「結果がわかっているからなあ。映画だと思うとなんとなく予想もできちゃうし」と笑って、早々にシャンパンを飲み終えた彼はこの夜、何杯目かのお気に入りのウィスキーを口に運んだ。
「でもまあ、たまにこういうのを見るのも悪くない」
「それだけ?」
「そうだね。まあ、俺は男女の友情は、あると思うよ。」
その言葉に私は、この目の前の関係のことを思った。智と私もそうだけど、私たち、悠史との関係は、友情というのが一番正しい。彼がそれを肯定していることは、わかっていたことだった。
そっか、と呟いて軽く微笑んでみせる。本心で笑っていないことに気づいて欲しくなくて、私は飲む気もないグラスを口元に運んでグラスの中を覗いてみた。一つのベッドに並んで腰かけていた彼が急に遠く感じる。
悠史はどうしたんだという顔で私の顔を覗き込む。
心配しないで欲しい。大丈夫と私は言う。見慣れた彼の顔。彼のお母さんによく似た優しそうな瞳。鼻筋はお父さんに似ていてすっときれいに伸びている。
うつむいて視線を逸らすと心配した悠史が、私の頭をなでて、肩を抱いた。それは抱きしめるというのとは違う、肌と肌が触れ合うようなことではなくて、心配した友人に大丈夫、安心して、と励ますかのようなものだった。ただ彼の左腕は私の肩を抱き、いつも私より高いところにあった彼の頭は私のすぐ横にあった。
隣に並んでお酒を飲んでいたときよりも、うっかりぶつかってしまったときよりも、今までで一番近いところに彼がいた。そしてそれは私の鼓動を強く速くした。そしてこの胸を痛めた。
「俺のことを好きにならないなら」
一年前の言葉を思い出す。薄暗いバー。甘い桃のカクテル。彼の飲んでいた緑のボトルのペリエ。すべてが鮮明に浮かび上がる。
好きにならないで欲しいのなら、もっと冷たくしてくれればいいのに。放っておいてくれればいいのに。安心させてあげようとか思わないでくれたらいいのに。
こんなにきちんとした男の人の胸で私を抱かないで欲しいと、そのシャツ越しの熱い肌をに触れて思う。
再び私は問いただされたかのような気持ちになって、彼の胸を突き放す。そして言った。
「安心して、好きじゃないわ。全然。そんなことない。共同生活のパートナーに感謝してるだけ」
生活の保障。知らない人より安心できて1人より楽しくて、ワインをシェアできる喜び。待ったり、待っていてくれたりする人がいるありがたさ。私は泣きそうになりながら、必死でこらえて言った。
「明日だって、明後日だって、好きなようにして。少しも束縛しない。」
たぶん、笑えていたと思う。大丈夫。微笑んでいた。両親がいつも褒めてくれた私の笑顔で、きちんと言えたと思う。
何を言ってるんだ、と困ったように笑う悠史の顔を見て喜びと悲しみが入り混じった。
私はもう一度丁寧に微笑む。大丈夫よ、と。
だからこのまま一緒にいたい。この二人の暮らしを失くしたくないの。
微笑みながら、今にも泣きそうな気持ちで私は思った。
テレビで放映される番組のあらすじを読んで、50パーセント興味があれば見る価値があると言う。それが面白くなければダウンロードして何かしらの映画を楽しむ。
梅雨明けして最初の7月の週末の映画枠には90年代の名作があった。
ラブ・コメディの女王と言われたハリウッド女優が主演の名作だ。
少し前の気まずい雰囲気などどこにもないような素振りで二人とも日常を過ごしていた。
「この映画、気楽に見れて楽しい作品よ」と言うと、悠史はこの作品に対して興味が50%いかない気もするけど、と笑っていたが、私は言った。
「私、観たいわ。大画面で一緒に観るのはアリ?」
リビングで一人で見る選択肢もあったが、そんな提案をしてみると悠史は笑顔で「もちろん」と言った。
嬉しくなって私は早々に夕食を終える。ポップコーンとコーラを用意して映画館みたいにしたい。そう言って急いで夕食を片付け始めると悠史は笑った。
「手伝うよ」
彼は立ち上がってテーブルの上の食器を片付け始めた。
結局コンビニにポップコーンを買いに行く時間はなくて、小皿にオリーブとチーズ、ナッツ、ドライフルーツを盛り合わせて、それから今日二本目のシャンパンを用意して悠史の部屋に行った。
彼の部屋の大きなテレビは、いつでも自由に使っていいと言われている。しかし実際に一人で使ったことは一度もない。それぞれの部屋は互いに不可侵な気がしてしまうのだ。
だからこの部屋で一緒に大画面で映画を観ながらお酒を飲めることが嬉しい。ソファ代わりの低いベッドに二人で腰かけて、シャンパンを細いグラスに注いでこの夜二回目の乾杯をした。軽く弾ける炭酸の気泡のように心が軽やかだった。
長い夜が楽しみだった。誰かと一緒にいたいと思うとき、こちらの気持ちだけでは成り立たない。当たり前だけど、両方が一緒にいたいという同じ気持ちを持たないと、同じ時間を共有することができないのだ。
こういうとき、夜はどこまでも伸びているような気がする。なんてことはない土曜日の夜なのに、まるで旅行や子供のころのお泊り会のように非日常で、わくわくする。
この映画は、過去に一度観たことがあった。男女の友情を否定する女と肯定する男が主人公だった。意見を衝突させながら、互いに違う恋人を持ったり、また出会ったりしながら、ラストはハッピーエンドなのが単純に明るくていい。
悠史は一人だったらこんな映画は観ないだろう。時折往年の名作を楽しむが、基本的にはSFやアクションを好む。
もしかしたら今、この映画を二人で観るべきではなかったのかもしれない。
かけがえのない友人が人生の最愛のパートナーだったという結末に何かを期待してしまいそうだったから。
映画が終わって「どうだった?」と聞くと、彼は「結果がわかっているからなあ。映画だと思うとなんとなく予想もできちゃうし」と笑って、早々にシャンパンを飲み終えた彼はこの夜、何杯目かのお気に入りのウィスキーを口に運んだ。
「でもまあ、たまにこういうのを見るのも悪くない」
「それだけ?」
「そうだね。まあ、俺は男女の友情は、あると思うよ。」
その言葉に私は、この目の前の関係のことを思った。智と私もそうだけど、私たち、悠史との関係は、友情というのが一番正しい。彼がそれを肯定していることは、わかっていたことだった。
そっか、と呟いて軽く微笑んでみせる。本心で笑っていないことに気づいて欲しくなくて、私は飲む気もないグラスを口元に運んでグラスの中を覗いてみた。一つのベッドに並んで腰かけていた彼が急に遠く感じる。
悠史はどうしたんだという顔で私の顔を覗き込む。
心配しないで欲しい。大丈夫と私は言う。見慣れた彼の顔。彼のお母さんによく似た優しそうな瞳。鼻筋はお父さんに似ていてすっときれいに伸びている。
うつむいて視線を逸らすと心配した悠史が、私の頭をなでて、肩を抱いた。それは抱きしめるというのとは違う、肌と肌が触れ合うようなことではなくて、心配した友人に大丈夫、安心して、と励ますかのようなものだった。ただ彼の左腕は私の肩を抱き、いつも私より高いところにあった彼の頭は私のすぐ横にあった。
隣に並んでお酒を飲んでいたときよりも、うっかりぶつかってしまったときよりも、今までで一番近いところに彼がいた。そしてそれは私の鼓動を強く速くした。そしてこの胸を痛めた。
「俺のことを好きにならないなら」
一年前の言葉を思い出す。薄暗いバー。甘い桃のカクテル。彼の飲んでいた緑のボトルのペリエ。すべてが鮮明に浮かび上がる。
好きにならないで欲しいのなら、もっと冷たくしてくれればいいのに。放っておいてくれればいいのに。安心させてあげようとか思わないでくれたらいいのに。
こんなにきちんとした男の人の胸で私を抱かないで欲しいと、そのシャツ越しの熱い肌をに触れて思う。
再び私は問いただされたかのような気持ちになって、彼の胸を突き放す。そして言った。
「安心して、好きじゃないわ。全然。そんなことない。共同生活のパートナーに感謝してるだけ」
生活の保障。知らない人より安心できて1人より楽しくて、ワインをシェアできる喜び。待ったり、待っていてくれたりする人がいるありがたさ。私は泣きそうになりながら、必死でこらえて言った。
「明日だって、明後日だって、好きなようにして。少しも束縛しない。」
たぶん、笑えていたと思う。大丈夫。微笑んでいた。両親がいつも褒めてくれた私の笑顔で、きちんと言えたと思う。
何を言ってるんだ、と困ったように笑う悠史の顔を見て喜びと悲しみが入り混じった。
私はもう一度丁寧に微笑む。大丈夫よ、と。
だからこのまま一緒にいたい。この二人の暮らしを失くしたくないの。
微笑みながら、今にも泣きそうな気持ちで私は思った。



