「先輩には関係無い…」
「え…?」
先輩の少し掠れた声。
明らかに戸惑っている声だった。
「さようなら」
これ以上この場にいたくなかった。
私は半ば無理矢理その場を後にしようとした。
「待って、ちょっと待ってって!
さようならって、どういうこと…?」
何かを恐れたような声だった。
「あっ…!LINEさ、急に消えちゃってたけど…」
私は立ち止まった。
「あれは…弟が余計な所押して、トーク履歴も連絡先も消えちゃっただけです」
事務的にそう返した。彼の顔も見ずに、背中を向けて。
「直接話しにくいことなら、LINEで話してくれればいいから、さ。前に渡した番号から変わってないし、また登録してよ…」
焦ったような調子でそう言ってきた。
言われてみれば確かにそうだ。
消えてしまったあの時だって、紙を見ながら登録し直せた。
だけど、今更…。
私は今度こそ何も答えずに、歩き出した。
「ちょっ…待ってよ!あぐりちゃん!」
「その名前で呼ばないでよ!」
思わず立ち止まって、今度はそう強く言葉を発していた。
井口さんに言われたあの言葉が、頭によぎってしまった。
ずっと前から知っていた。
私の名前が、英語圏では良い意味じゃないことを。
よく使う単語では無いからか、それについてからかってくる人は今までいなかったけど…。
「…名前で呼ばれるの、本当は嫌だった?」
そうじゃない。そうじゃない、けど…。
苗字呼びじゃなくて、名前呼びしてくれたことが、少しだけ鈴木先輩と近付けた気がして、嬉しかったのに。



