きみは俺だけの彼女



楽しかった夕食後、席を立ってトイレに向かったら廊下で陸人さんに声をかけられた。


いつもの柔らかい笑みの陸人さんが、ふっと笑みを消した。

「やっぱり君には敵わないな………」


その雰囲気と声は俺が見たことのない陸人さんだった。


「これでも俺は、当時中学生の君を警戒してたんだよ」

ほんの一瞬だけ垣間見えた俺に向けた敵意。

でもすぐにその敵意は消え去る。



そして諦めるような落胆に似た姿。



「なのに、身を引いたのは雪姫だった。
雪姫はまだ自覚してないと思ってたから鷹をくくってたんだよ。
まさか、自覚した途端に君を諦めるなんて思わなかった……。
弓道まで辞めるなんて……」



………雪姫が辞めた理由。

やっぱり陸人さんは知っていたのか……。



「………雪姫をそうさせたのは俺ら兄弟だ。その時、初めて後悔したよ。
君も弓道も一度に諦めた雪姫は俺らに甘えなくなった。
まるで殻の中に閉じ籠るように一定の距離を保ってた気がした」



別荘のソファの雪姫の姿。



俺が思った感覚は間違いではなかったようだ。


一人きりの雪姫。



「結局、近くにいても俺らは
素の雪姫が頼る相手にはなれなかったんだな」



俺に言ってるようでいて、多分、陸人さんは自分自身に言っているのだろう。

男が男に惚れる代名詞のような陸人さんにも雪姫はなびかなかった。




何故、陸人さんでなく俺なのか………。




最初に雪姫の噂を聞いた時。

会ったことのない海人に感じた敗北感。

陸人さんの弟なら仕方ないと一度は受け入れた。



でも、海人でなく空人の名が出て違和感を感じたんだ。



雪姫はそんな女の子じゃないと知っていたから。



だから余計に気になった。
雪姫と陸人さんら兄弟に何があるのかを。

もしかしたらそのせいで雪姫は弓道を辞めたのかと思ってた。




俺は浮かれて忘れていたが、空人だけじやない。



陸人さんも、
そしてきっと海人も…………。




「まぁ、俺には諦めるという選択肢は無いからな。君が雪姫を泣かせたら遠慮なく掻っ攫う予定だからね」



最後にいつもの笑顔を貼り付け、俺に喝を入れる。


話はそれだけだ、というように背を向ける陸人さんの後ろ姿は、道場で見ていた憧れの威風堂々とした姿だった。