予備校前で会いましょう

「そう……かも……」
「でしょう?」
千種公仁はまた笑った。笑うと知的な印象に代わって人懐っこさが顔を出した。
「これ、傘メーカーに勤めてる叔父さんにもらったやつなんだ。まさか1年後に再会できるとは思わなかったよ」
「ごめんなさ……」
「もういいよ」
彼はわたしに傘を差しだした。
わたしが柄に書いた名前は消され、"KIMIHITO"と横書きで書かれている。
ちぐさきみひと、っていうのか。

「もうこれ、あんたにやるよ。そんなに気に入ってたんなら」
「や、そんな……」
思いがけない申し出に不意を突かれつつも、わたしは反射的に傘を受けとっていた。
「その代わりさ」
彼はわたしを上から下まで眺め渡し、にっと笑った。
「俺の新しい傘買いに行くの付き合ってよ、今度」

――ああ。
しばらく、期末試験どころじゃなくなりそうだ。
雨脚がまた強まり、予備校の予鈴が響き渡った。


【完】