「そういえば……どうして電話してきたの?」

 私は小さくそう聞いた。日彩に何かあったということは知る由もないし、こんなにも私にとって都合よく電話が掛かってくるのはおかしいだろう。

 馬鹿な妄想だけれど、やはり上原くんは未来から来た人物なのではないかと疑ってしまいそうになる。

 上原くんはそれを聞くと、再び地面に視線を滑らせた。ネックウォーマーで顔のほとんどを覆い隠すように、それをつまんで持ち上げる。

 体と同じ向きに合わせた横顔からは、眼鏡のないそのままの彼の瞳があった。


「その……謝りたかったんだよ。二日前のこと。永遠、あのあと走っていっただろ? 多分耐えられなかったんだろうなって。急に昔虐められていた相手に、好きだったとか言われたら困惑するし、嫌だったよな。本当にごめん」


 わざと距離を取るように、上原くんは座り直した。空気が動かされて冷気が掠る。

 何を言うことが正解なのだろう。過去のことはもう過去のことだと、許すと? それともやはり許せないから、もう関わるなと? 


「本当ならすぐにでも謝るべきだったんだろうけど、連絡する方が永遠にとってストレスになるかもとか、色々悩んでた。俺には永遠を想う資格も、本当ならこうして話す資格もない。だけど、だからこそ、ほんの少しの償いとして永遠の支えになれたらと思ってる」


 隣の家についていたオレンジ色の温かみを含んだ電気が、ふと切れた。急に辺りが暗くなった気がする。


 私は現実から目を逸らすように俯いた。暗くてほとんど見えないけれど、自分の着ているニットの網目模様を、繊維の一つ逃さないように視線でなぞる。


「永遠の正直な気持ちを聞かせてくれないか。嫌ならもう関わらない。永遠の気持ちや感情が、全部正解だから」


 私の気持ちって何だろう。

 意味もなく凍えた両手を擦り、沈黙を誤魔化す。悴む手をいくらすり合わせようと、感覚のない物同士、熱を帯びることはない。

 私は上原くんに対してどう思っているのだろう。昔虐めてきた憎い人か、それとも関わりたくない人だろうか。

 確かに暴力こそなかったものの、今にまでつながる深い傷痕となった原点は彼だ。それをそう簡単に許せるかと言われたら、そんなことはない。でもーー。