?「小田さん!だっけ?」

トイレに行こうとすると誰かに話しかけられた。

後ろを振り向くと向さんがいた。

日「これ、忘れてたよ。」

向さんが差し出した手には私の名前が書いた消しゴムがあった。

きっと睨みつけて、ばっと消しゴムを奪って、何も言わずに走ってトイレに入った。

初めて、こんなことをした。

ありがとうが言えなかった。

向さんは何も悪くなかった。

なのに。




帰り道。

今日はやってしまったなあと思いながらぶらぶら歩く。

?「小田さん!」

聞き覚えのある声。

振り向くと、向さんがいた。

凛「あ、今日はごめんなさい…」
日「いいのいいの!だけどねなんか、唇荒れてるなあって思ったから、リップクリームを一緒に買おうと思って。」
凛「え。」
日「これで見てみな。」

向さんが渡してくれた鏡で自分の唇を見る。

確かに、傷だらけだった。

いつの間に…。

日「お金、持ってる?」
凛「あ、はい…。」
日「じゃあ一緒に買いに行こ!あそこの雑貨店、友達によるといいのんが売ってるんだって。」
凛「そうなんですか…」
日「あはは。なんで敬語なの。もう日葵って呼び捨てでいいよ。」
凛「あ、うん!」

本当はこんなことしたらダメだ。

友達と遊んではいけない。

このお金は学食を食べるため用だ。

だけど日葵なら別にいいって、何故か思ってた。

2人で近くの雑貨店に向かう。

日「待っとくから、好きなの選んどきな」
凛「日葵も一緒に見ようよ!」
日「え〜私よくわかんないけど」
凛「別にいいよ!」

2人でたわいのない話をしていた。

凛「日葵はさ、なんでそんなに成績いいの?」
日「ん〜単純に勉強が好きなんだよね。
中学生時代は陸上部に入ってたから夢中になれるものが走ることしかなくて毎日毎日走ってたからあんまり成績も上がらなくて。
高校生になってからクイズ研究部に入ったけど、家にはや押しボタンとかないからさ、じゃあ家で夢中になれるものってなんだろうって考えた時に勉強だったんだ。」
凛「…そうだったんだ…あのさ、引かないでね?」
日「え、うん」
凛「私、乾さんのこと好きなんだ。」
日「あ、そうだったの。別に引かないけど。」
凛「なんか、勉強も恋愛も、全部日葵に取られちゃって、ちょっと妬んじゃってて」
日「私、湊のこと恋愛的に見たら別に好きじゃないよ」
凛「え?じゃあ、どうして…」
日「昔っから好きな人がいるんだ。でも、その人とはもうずっとあってなくて、もうほとんど忘れられてて。だから私も忘れようって思って、湊を使ったの」
凛「ほんとに?」
日「嘘ついてどうすんの」

日葵は笑いながら言う。

私も笑って、早くリップクリーム決めないとなって思った時だった。

店の窓を見ると、私のお母さんと知らない男の人が手を繋いで歩いていた。

これは紛れもない、私のお母さん。

いつもより濃い化粧をしていて、笑っている。

あれは、お父さんじゃない。

なのに、なんで。

もしかして、浮気?

凛「日葵、ちょっとカメラ使いたいんだけどスマホ貸してくれる?」
日「ん、いいよ」

日葵からスマホを貰い、お母さんと知らない男の人が手を繋いでいるところを撮る。

これでショックを受けないなんてよほど私は両親が嫌いなんだなと思う。

日「どうした?なんかあった?」
凛「日葵!私ってほんと汚い人間かもしんない」
日「は?どゆこと?」
凛「今はもう向こうに行ったけど、さっき、お母さんが知らない男の人と手を繋いでいるところ、見ちゃったんだ」
日「え、嘘、それって浮気?」
凛「うん、多分…」
日「それすぐお父さんに行った方がいいんじゃないの?」
凛「あの、着いてきてくれる?」
日「もちろんもちろん!凛香がいいなら!」


日葵と二人で私の家へ向かう。

凛「っ…ただいま!」
ば「あら、おかえりなさ…ってあなた誰を連れてきてるのよ!早く出ていきなさい!そこの女の子!」
凛「違うの!きいて!」
ば「何よとりあえずこの子を追い出しなさい!」
凛「おばあちゃん、待って!」
じ「ちょっと待ってあげなさい、凛香がこの家の掟を破るなんて余程のことがあったんじゃろう」
凛「おばあちゃん、おじいちゃん、落ち着いてきいてね」
ば「何よわかったから早く喋りなさい」
凛「私、今日、お母さんが浮気してるとこ、見ちゃったのっ!」
じ「おいおい何を言い出すんだ、頭がおかしくなったんじゃないのか?救急車を呼ぼう」
凛「証拠もあるのっ!」
ば「何よ証拠って」

日葵が例の写真を2人に見せる。

日「これですっ!今日、学校の帰り道に見つけまして!」

2人とも立ち上がってその写真をマジマジと見つめる。

そして驚いた顔をして言った。

ば「私、こんな娘に育てた覚えがないわ!」
じ「今すぐ由紀子を呼ぼう」
ば「2人ともソファに座ってなさい、ニュース番組でもつけとくからそれを見て勉強しなさい。」

おばあちゃんがテレビをつけてくれる。

日「随分と厳しい家だね…」
凛「そうなの。友達も結婚相手も進路も、全部家族に決められちゃって…」
日「そうだったんだ」

数十分後、ドアが開く音がした。

バタンっ!

母「どうしたのっ!凛香が何をしたの!」
ば「違うわよ凛香の事じゃない、あなたの事よ!」
母「はあ?お母さん認知症にかかったんじゃないの?」
ば「何を言っているのよあなた浮気しているんですって?今すぐこの家を出ていきなさい!」
母「なっ!なんでっ!」
ば「凛香が学校から帰ってきている途中に見かけたそうな。一緒に帰っていたお友達に写真を撮って貰ったそうだわ」
母「どういうことよ!凛香、あなたもしかして寄り道して帰ったんじゃないのっ?」
じ「今はその話をしているんじゃなかろう。これからは俺たちが育てる。俺たちが死ぬ時にはもう凛香は立派な大人になってるであろう。由紀子はもうこの家から出ていきなさい。反省してまた戻ってきなさい」
母「もう知らないわ!」

そう言ってお母さんはすたすたと家を出ていった。

なんか複雑な気持ちだった。

お母さんが出ていって、嬉しいような、悲しいような。

お父さんになんて言われるんだろう。

怒られるかな。

もしかしたら日葵が怒られるかもしんない。

ば「忠志さんに電話して呼び出した方がいいかしら」
じ「そうだなぁ。でも仕事を邪魔するのは良くない。忠志さんが帰ってきてからの方がいい」
ば「そうね」