「随分綺麗な方だけれど、上の者に対する礼儀がなっていないわね」
冷静に淡々と私に向かって話す婦人。

確かに、この場での私の態度は褒められた物ではない。
それは自分自身が一番よくわかっている。
しかし、それにはそれなりの理由があって、

「こんな人を秘書にする神経がわからないわ」
呆れた顔で、今度は河野副社長の方を見る。

「生意気さを補って余るほど、この美貌は魅力的なんでしょう。専務もまだ若いって事です」
全くフォローには聞こえないことを言って、河野副社長は笑って見せた。

何だろうこの2人。
河野副社長は敬語を使っているようだし、夫人も社内事情に詳しそう。

「いつまでも黙っていないで、挨拶くらいなさい」
まるで子供を叱るような口調でピシャリと言われ、私はやっと我に返った。

この場に連れてこられた経緯も、河野副社長と同席だったことも、すべてが不満でしかない。
でも、目の前の婦人には関係のないこと。
一体どこの誰かわ知らないけれど、人として最低限の礼節はわきまえるべきだ。

「鈴木専務の秘書をしております、青井麗子と申します。失礼な態度をとり申し訳ありません」
膝の上に手をそろえ、頭を下げた。

「確かに、仮にも自分の会社の副社長に対する態度ではないわね。でも、一応ご挨拶いただいたので」
そう言うと、夫人は少し姿勢を正して私の方に向いた。
「はじめまして青井麗子さん。私は鈴木華子と申します。鈴木孝太郎の母です」

えっ。

瞬間、私の周りから音が消えた。

どうしよう・・・どうしよう・・・
私は取り返しのつかないことをしてしまった。

この後どんな話をしたのか、どうやって会社に戻ったのか、私には記憶がない。
それだけ衝撃的な出来事だった。