昼休み。


私は日記を見て内容を把握し、手書きで作成した学校内の地図を見ながら、指定された場所へと向かった。


地図を辿るうちに、生徒会室と書かれた教室が見えた。


閉まる扉に恐る恐るノックをする。


「どうぞ」


中からの声に従い、恐る恐る扉を開く。


「来てくれたんだね」


そう言った男の人は、日記に書いてある通りの容姿だった。


私はその人を見つめたまま、言葉を発さない。


「朝に言えなかったんだけど、君が落とした日記を少し見ちゃったんだ」


驚くことに、なんと彼に日記を見られてしまったらしい。


私は彼の前でもお構いなしに、日記に書いてあることをサラッと流し見た。


明らかに普通とは違う変わった日記。


これを見た他人は何を思ったのか。


きっとこれに幻滅して、かけ離れていくんだ。


避けられるんだ。あの時みたいに。


私はその場から逃げ出そうとした。涙を堪えて。


「待って!」


すると少し日に焼けた逞しくて男らしい腕が、私の腕を掴む。


「…大丈夫、僕は避けたりしないよ」


真っ直ぐ私を見つめるその瞳。


その言葉で、私のことを知られてしまったんだと、そう気づいた。


「勝手に日記見てごめんね。ただ、今日は君に伝えたいことがあって呼び出しただけなんだ」


掴んでいた腕を離してそう告げた。


「伝えたいこと?」


日記で口元と鼻を隠し、目だけを覗かせた状態で彼を見た。


私は恐怖で足を後ろへ一歩下げる。


クーラーも扇風機も付いていないこの部屋は熱気が溜まって気持ち悪いのに、彼はなぜか涼しげな表情をしている。暑さなんて感じさせないくらいに。


「君に生徒会に入ってほしいんだ」

彼の言っている言葉を理解するまでに時間がかかった。


そもそも、生徒会に入るかという言葉の意味が分からない。


「君の周りには、君の知らない新しい世界がもっとたくさん広がってると思うよ」


混乱する私をよそに、隅に置かれた段ボールを運んで来た。


その中には、数え切れないほどの沢山の資料が入っていた。


「これ今までの企画資料だよ。文化祭、体育祭、予餞会、生徒会だけの夏のenjoy企画、合唱コンクール、まだまだ沢山…」


彼はその中の資料を手に取り、丁寧に企画書を机の上に広げる。


一つ一つ、その資料の余白には細かい文字でびっしり埋まっていた。


真っ黒になるほどメモ書きされたその資料は、見えないところで努力してきたという証を物語っているようにみえた。


今まで学校行事には然程興味を示さなかったが、一つの行事のためにここまで沢山の意見を出し合い、随分と前から試行錯誤を重ねていたと思うと、凄いの一言に尽きる。


「みんなが楽しめる行事を作るにはどうしたらいいか、運営側は考えるこを絶対忘れない。だから君も僕らと一緒に思い出を作っていかない?」


目を輝かせている。


それは自分の仕事に誇りを持っている人の、強い眼差しだった。


「私は、みんなが当たり前に覚えている事も時間が経てば忘れちゃうんです。1日経てば、どんなことも全部消えるんです」


思い出など、私にとって一瞬で消える。


それは儚いものの一つに過ぎない。


「楽しいって思ったら忘れるのが辛くなる。大切なものに気づいたら、余計に苦しくなる。だから私には難しいと思うんです。」


下を向く私の前に、彼はしゃがみ込んだ。


「約束するよ、俺は君を絶対に見捨てない。無駄な時間だったなんて感じさせない。記憶が持たなくても、俺は君を何度も新しい世界に連れて行く」


俯く私に目線を合わせ、自信と優しさに溢れた言葉を告げた。


傷つくのを恐れて人と関わることを避けてきた。


ずっと恐怖に怯えて、この狭い世界で佇むように静かに生きてきた。


けれど、もしも今、君を信じて知らない世界に飛び込むことを決意するのなら…


「新しい毎日を見たい」


私は机に置かれた1枚の企画書を彼に渡した。


「俺は3年生で生徒会長をしてる日高太一。君は?」


彼は飛び切りの笑顔を見せた。


「1年生の上野晴香です。よろしくお願いします」