僕と完甘(ししかい)先生の接点は
毎朝同じ電車に乗っていることくらいだ。

一年生になったばかり(しかも文系)の僕は
完甘先生と話す機会はない。

だけど、ある日南海(みなみ)先生に
完甘先生に
届けてほしい書類があると言われた。

『あの、僕、理系じゃないですけど……』

最初は戸惑った。

理系と文系では建物の棟が違う。

「たまには、
違う学部棟に行くのもいいんじゃないか」

確かに、それこそ用事がなければ
行こうとは思わないけど
完甘先生の“アレ”も気になるし
南海先生の頼みごとを
引き受けることにした。

「わかりました、完甘先生に届けてきます」

こうして、僕は
完甘先生と直接話すきっかけをもらった。

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普段来ないから完甘先生の
部屋の場所を知らない。

近くにいた先輩に部屋の場所を
訊いたら、案内してくれた。

『ありがとうございました』

完甘先生の
部屋の前に着いてお礼を告げると
先輩はニッコリ笑って僕の頭を撫でた。

「帰りも送ってあげるね」

『大丈夫ですよ?

道順は覚えましたから』

先輩の気持ちは有難いけど
万が一聞かれては困る……

「そうかい?

でも、念のために地図を書いておくね」

優しいなぁ。

『ありがとうございました』

連れて来てもらった時と同じように
お礼を告げると先輩は手を振って
完甘先生の部屋より
更に奥の部屋に向かって歩いて行った。

ノックをして返事を待つ。

『どうぞ』

そう言っているドアを開けてくれた。

『おや?

君は毎朝、同じ電車に乗っている
文学部の栗花落理《つゆり》君だね』

え!? 僕のことを知ってる!?

『よく知ってますね』

話したことはなかったはずだけど……

『田城君が色んな人の話をしてくれるから
栗花落理君のことも知ってるんだよ。

それで、文学部の君がわざわざ
何故、僕の部屋まで来たんだい?』

完甘先生の言葉で謎は解けた。

それから、すっかり目的を忘れていた。

『そうでした、これを
南海先生から預かってきました』

かばんから茶封筒を
取り出して完甘先生渡した。

『ありがとう』

僕から茶封筒を受け取り
ニッコリ笑った完甘先生の余命が
後、一ヶ月だなんて信じたくないけど
彼の頭上にはテロップのように
❬持病あり・寿命、後一ヶ月❭
と表示されている……

僕は完甘先生が好きだから
よけいに信じたくないのかも知れない。

『いえ、普段はこっちに来ないので
来てみたかっのもありましたから』

嘘ではない。

『そっか、でも一つ
訊(き)いてもいいかな?

何で僕を困ったような悲しそうな
表情(かお)で見ているのかな?』

一瞬、言葉に詰まった。

『単刀直入に言います。

僕は完甘先生が好きです!!

それから、先生の秘密を知っています……』

最後は語尾が小さくなってしまった。