「これ………」

手に取ったのはチェリー柄のワンピースだ。これは、小学生の頃服作りに目覚めた俺が菫の為に作ってあげた物だ。

まだミシンも使い慣れていなくて、縫い目が雑だった。…どうしてこんな物を。てっきりとっくの昔に捨てられたのだと思っていた。

その他にもキャリーケースの中には俺が菫へ作ってあげた服が多々見受けられる。どれもこれもカラフルな物ばかりで、けれど菫がそれを着ていた事は一度だって見た事がなかった。

けれどどれもこれも大切に保管されていたのが分かる。全く劣化の痕が見えないのだから。



よっぽど疲れているのかソファーに突っ伏した菫は静かな寝息をたてて起きる気配は無かった。

ぐいっと肩を寄せると、頬に涙で濡れた痕がある。綺麗な長い黒髪はボサボサになっていて、アホ面をしたまんま眠っていた。

「おい、菫!」

「んぅ!!」

驚いたように飛び起きた菫は、ゆっくりと瞳を開けてこちらを見た。

そして開口一番に俺の名を呼び言った言葉には呆れかえる。

「潤…みず……」

声はがらがらだった。どうやら勝手に冷蔵庫を開ける事さえ躊躇っていたようだ。パンプスは投げ捨てる癖に、人の家の冷蔵庫を開ける事さえ出来ないのがおかしいのだ。

2リットルのミネラルウォーターを渡すと、そのまま口をつけて一気に飲み込む。半分程度減った所でようやく落ち着いたようで、ふーっと大きな息を吐く。

「つーか喉乾いてんなら勝手に冷蔵庫開けろよッ!」

「はぁー生き返った!
勝手に人んちの冷蔵庫を開けるなんてはしたないわッ!」

「じゃあ靴も揃えないで投げ出してるのははしたなくないのかよッ!」