「嫌な思いのひとつやふたつしたっていいよッ!それでおじちゃんの元気そうな顔を見れるなら!
それにお前の親である前に25年間も家族同然で隣に住んでいた人だ。
菫が行かなくても俺は行くよ!」

ちょっと待ってよ。その言葉も聞かずに玄関の扉は閉められた。

ひとり取り残された部屋の中。ぺたりと座り込んで暫くその場から動けなかった。


…大した事ないのよ。ただの過労でしょう?倒れたのだって演技かもしれないわ。あの人は私を連れ戻すためならば何でもするような人。

心の奥底は自分勝手で傲慢で、娘を自分の都合通りに動かす玩具としか思っていないような人なの。

今回だってきっとそうよ。大袈裟に騒げば私が家に戻ると思って、そうに決まっている。



フローリングの床が冷たい。潤はいない。

どうしてだろう、こんな時に思い出す事と言えば幼かった頃の思い出ばかり。

私はお父さんが大好きだった。いつも優しくてどんな時でも穏やかで、笑いかけてくれた。

あの頃は良かった。一緒に遊んでいる潤にもお父さんは優しくて、その柔らかい眼差しで私達を見守ってくれた。だから安心する事が出来た。

勉強もスポーツも頑張った。あなたに褒めて欲しくて。けれど父の言う通りに生きて行く事に疑問を感じて、家を飛び出した今は憎いとさえ感じるようになった。


潤と一緒にいる日々はとても幸せだった。篠崎の娘である事さえ捨てても良いと思えるくらい。

それでも今の私はお父さんの事で頭がいっぱいだった。その場から立ち上がる事は出来なかったけれど。

私の欲しかった自由は本当にこれで正しかったのか。