暴君陛下の愛したメイドⅠ《修正版》




「…こ、この子をここから退かせば、切らずとも済む話でしょう?」


馬車の中にいる商人にも聞こえるように大声を出すと、中から眉間にシワを寄せた商人が顔を出した。


「確かにそうだが、俺は通行の邪魔をされ非常に気分が悪い」


「つまり、切る必要がないのに、それでも幼き子供を切ると仰りたいのですか?」


その言葉に商人の眉毛がピクリと跳ねる。


「………お前。この俺が誰だと思ってそんな口を聞いている!?俺はあの有名な商人、レディーナ様だぞ!」


「レディーナ…?」



その名前には聞き覚えがあった。



確か、各国でも有名な商人であり、仕入れる品はどれも上質で珍しいと評判に聞くあの商人の名前と同じだ。


……なるほど。色んな国への影響力が強いからこそ、お城は準備に慌ただしかったのね。



どんな凄腕の商人かと思えば、こんなくだらない商人だったとは。



「レディーナ様、以下がなさいますか?」


「構わない。俺様に立てつくこの女も一緒に切れ」



何の躊躇いもない冷めた言い方。


今までもそうやって罪なき人の命を沢山奪って来たのかと思うと、心底腹が立った。


「アニ様…っ!!」


「貴女達は来ないで!」


武器を持った男達と睨み合う。


「殺すには惜しい女だが、相手が悪かったな」


男が不気味に笑う。


けれど、私は怯むことなく商人に向かって再び叫んだ。



「宜しいのですか?この私に手を出してしまって」


「何だと…?」


この状況でも余裕の笑みを浮かべる私の姿に、その様子を見ていた商人が表情を変える。


良い反応…!


「私は陛下御本人から招待され、現在お城に滞在をしております。偶々使用人と町へ買い物へ出かけた先でこの様な……。これは帰って陛下に報告した方が宜しい様ですね」



我ながら名演技だと思う。


本当は無理やり連れて来られた平民の娘だけど、あえてそこは触れずに陛下から招待を受けた客だと主張する。


そんな私に手を出したら、もみ消す事は難しいうえに国の問題にもかりかねない。



商人であるこの人なら、きっとそのように考えるはず。



「なん……だと!?陛下自ら招くとは…一体あの女はどこの貴族なんだ。それよりも商談だけでなく陛下の怒りも買いかねない…」



商人は何やらブツブツ…と呟いているようだ。



「……くそっ!!そこ退け!!!殺すのは止めだ。先を急ぐぞ!!!」


商人は荒々しく大声を出すと、急ぐように横を通り過ぎて行った。