第5章:新任教諭

 胸を弾ませ、私はベージュのフォーマル服を身にまとって保育室にいた。データは見た。やってくる子どもや、保護者の情報は書類で見ている。だけど、目の前に現れる子どもたちは、いったいどんな姿をしているのだろう。

「おはようございます」
「よろしくお願いします」

保護者が声をかけ、連れられてやってくる子どもたち。不安げな顔をしている子もいた。目を輝かせて部屋を見てる子もいた。泣いている子もいた。
 大丈夫。これからは一緒に楽しい思い出を作っていこう。楽しいことをたくさんしよう。

「あの」
とある保護者に声を掛けられた。
「はい」
「担任の先生はどちらにいらっしゃいますか?」
おい。目の前だよ。目の前。
「私です」
笑顔で返す。
「え?」
こら、疑問を持つな。私が担任だよ。
……そんなに先生らしくないのかな?

 そこからは、毎日の計画、保育、新人研修、教育研究会が止まることなく続く日々だった。目まぐるしい日々とはこのことだ。初めてのことばかりで、手探りでぶつかってははじかれ、手を伸ばしてははねのけられ、教材準備をするにも資料が足りなくて探すのに苦労したり、指導計画書を作成するにも時間がかかるかかる。睡眠?そんなのも子どもたちのためなら惜しくはない。時間がある限り、私は保育に命をかけるぞおおおおおお!!!!!

 と息巻いて1ヵ月。すでに疲弊していた。だが、まだこの疲弊は、心の余裕をなくすほどの重みになど私は感じていなかった。残業時間はもちろん100時間を超えていたけれど、新任なんてこれが当たり前だと思っていたし、これが後に子どもたちの役に立つなら惜しくはなかった。だから頑張れた。

 さて、私には、同期にして友人のAさんがいた。Aさんは1つ年上なのだが、大学を卒業した後、幼稚園教諭の資格を取るためにもう一度学びなおしたらしい。
 ピアノも上手で、学びの経験が豊富。まさに即戦力とはAさんのことだと私は思った。そんなAさんとは別の園で働いている。ある朝、偶然電車で一緒になった。その時の話。
「Aさん、眠れてる?」
「全然」
「だよね。やっぱり計画書って家で作ってる?」
「そうだよ、おかげで寝れない」
「3時間くらい?」
「不眠の日もあるよ」
「あるよねー」
そんな会話を朝の電車内でしていた。私もきっと同じだっただろうが、Aさんは張のあった目元はうっすらとくぼんで暗くなっていた。睡眠不足の特徴であった。
 自然と話はAさんと私の時間外業務のことになっていた。
 平日園で時間外2時間、家で最低3時間、休日は6時間。
 (2+3)×5×4+6×4=100+24=124(時間)
「絶対に盛らないで計算したら残業120時間だってAさん」
「死ねる」
「次に眠れるのは棺桶の中かな?」
「やっと……眠れる……」
「やめい」
そんな軽口を交わして、私たちはそれぞれの職場へと分かれた。

 そんな話をしてたのが6月。Aさんが体調不良を訴えたのが7月。Aさんが休職すると聞いたのが8月。退職をすると聞いたのが11月のことだった。