「葵と水元、結婚したら葵 葵になるじゃん!結婚しろよ〜」
バカバカしい。
高校生にもなって、こんなアホな事を言うクラスの男子生徒。
僕は読んでいる本から目も上げずにため息をついた。
大体、僕みたいな眼鏡をかけた中の下のような顔の根暗を、水元さんが相手にするはずがない。
いつも無邪気に笑う、クラス一、いや学年一の美少女。
だからといって嫌味な訳でもなく、誰にでも分け隔てなく接する、いわゆる『人気者』だ。
「あ、本当だね〜、漢字まで一緒だ!」
頭の頭上から、そんな人気者の声がした。
見上げると、水元さんが、にっこりと微笑んでいた。
「本、好きなの?」
「まぁ、ぼちぼち」
前の席にストンと座り、僕と同じ目線になる。
茶色の大きな瞳が、朝の日差しでキラキラと輝いた。
「なんて名前の本なの?」
「こころ。夏目漱石の」
彼女はきょとんと首を傾げた。
そしてぱっと何か思いついたように笑顔になる。
「あ、猫の人!」
「うん、そう。我輩はねこであるの」
当たったのが嬉しかったのか、えへへ〜と笑う。
…うん、
ちょっと頭の方はあまり良くないらしい。
「昔の人の本読むってすごいね!
葵くん、頭良いんだね!」
「んー…、そうかな」
「そうだよ〜。
私あんまり頭良くないから、迷惑かけちゃうかもだけど、これから一年よろしくね」
人を惹きつける、邪心の無い笑顔。
にこにこと笑う彼女は、顔の造形も相まって本当に綺麗だった。
きっと、彼女は良い人達に囲まれた、恵まれた人生を送るのだろうと、誰もがそう思っていただろう。
