「パパ、またお酒飲んでたでしょ」
「弱くてほとんど飲めないから大丈夫」
「もうっ、そういう問題じゃないの」

パパはくすっ、と笑う。そして、大きな目でわたしを見上げた。その顔が、子供みたいだと思った。
パパは今年で32歳になる。友達のパパよりずっと、パパは若々しくてきれいだ。

「花音こそ、さっき(玄関)から男の子の声が聞こえたよ」
「あれは冬樹くんよ」
「なんだ。てっきりボーイフレンドかと思ったのに」
「冬樹くんはそんなのじゃないわ」
「ふうん。花音に恋はまだ早いかな? 」

からかうような口調に、わたしはむっとした。パパは少し顔を傾けて、わたしの目をじっと覗き込んでくる。これは、パパの癖。

「花音、怒った?」
「わたし、もう子どもじゃないわ」
「…じゃあ花音は、話しているとドキドキしたり、もっと一緒にいたいと思ったりする相手はいるかい?」
「それは…」

「パパ」と、つい言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。パパの大きな目に見つめられていると、つい余計なことまで口走ってしまいそうになる。
パパはこうやって、今まで女の人の気持ちを惹き寄せてきたのだろうか。わたしには分からない。

「はは。もういいよ、困らせてごめん」

パパはクスクス笑って、わたしの頭をくしゃくしゃ撫でた。子供扱いされてるみたいで、わたしはさらにむっとしてしまう。

「パパは…」
「ん?」
「パパは、誰かにドキドキしたり、誰かと一緒にいたいって思ったりするの?」

わたしは胸をドキドキさせながら、パパに尋ねた。

「うん。もちろん、毎日思ってるよ」

パパは案外あっさりと答える。

「それって、ママのこと?」
「うーん…」

曖昧にほほえみ、パパは視線を宙に投げた。今のママと再婚した後も、何度かパパは女の人と噂になることがあった。だから、なんとなく違うんだろうなと思った。
アンサンブルコンサートの共演者だったり、ホームパーティで知り合ったお客さんだったり、気まぐれにレッスンを受け持った音大生だったり、パパの相手は様々だった。
綺麗な女の人とパパが仲良くなるたびに、ママはどんどん神経質になっていく。パパに執着し、束縛する今のママはすごく苦しそうで、正直見ていられない。

「パパ、教えてくれないの? 」
「教えてほしい? 」
「うん、気になるわ」

パパは含み笑いを浮かべながら、「じゃあ、こっちにおいで」とわたしを手招きした。ピアノのすぐそばに立つと、お酒の匂いがさらに強くなって、パパがかなりの量を飲酒しているのが分かった。
まるで子ども同士が秘密の話をするみたいに、パパはわたしに耳打ちする。

「…パパも、花音が好き」
「っ、…もうっ、パパのバカ!」
「ははっ、冗談だよ。おませさん!」

パパは悪戯が成功した子どものようにケラケラと笑った。