夜遅く、何かを激しく言い争う声にわたしは目を覚ました。ママの金切り声が二階まで響いてくる。わたしは布団の中にうずくまり、耳を塞いだ。この声が、すごく苦手だ。
「花音おねえちゃん…こわいよお…」
「パパとママ、またケンカしてるの…?」
部屋のドアの向こうから、亜美ちゃんと亜夢ちゃんの怯えた声が聞こえた。わたしは部屋を出て、二人の小さな身体をそっと抱きしめた。
「…大丈夫よ。亜美ちゃんと亜夢ちゃんはお部屋に戻って、お布団の中でいい子にしていてね。わたしが二人を止めてくるから」
ここしばらくの間、パパとママの間には絶えず緊張感が溢れていた。二人は平行線をたどり、とうとう分かり合うことはなかったのだろうか。
わたしは一階に降り、リビングの扉を開いた。
「パパ…ママ…こんな夜遅くにケンカはやめて」
「花音?…すまない、起こしてしまったね」
パパがわたしを振り向く。ひどく疲れ切った顔をしている。
「あなたには関係ないでしょ!花音!出て行って!」
上ずった声でママがそう言った。わたしはギュッと両手を握りしめ、意を決して、口を開いた。
「そんなことないわ。幼い亜美ちゃんと亜夢ちゃんが怖がってるもの…言い争うのはやめて…!」
「親に向かって口答えしないで!いいからはやく出て行きなさい!」
こっちをきつく睨みつけ、ママは怒鳴った。ママの目には、わたしに対する強い嫌悪感が込められている。
「そんな言い方はないだろう。花音はただ、僕たちや、亜美と亜夢のことを心配してくれているんだ」
諭すように、パパはママに言い聞かせる。ママは激しく首を振って、取り乱した。
「そうやって、あなたはいつも、花音、花音って…聞き飽きたわ!そんなにその子のことが可愛くて仕方ないのね!」
「花音のことはもちろん大事だ。でも、君のことも、亜美や亜夢のことも、みんな同じぐらい大事に思ってる」
「嘘よ!嘘ばっかり!あなたはいつだって花音が一番だったわ!…どうしてなの?その子が、"あの女"の子どもだからなの?」
「やめなさい。花音の前でそれ以上言うな。この子は、僕の娘だ。傷つけたら許さない」
パパの低い声に、ママの顔が引きつって、歪んだ。
床に崩れ落ち、静かに泣き出すママを、わたしは見ていることしかできなかった。
「花音、巻き込んでしまってすまなかった…大丈夫かい? 」
「あ……、わたしこんなつもりじゃ…なかったの…パパ、わたし…」
いつの間にか、わたしの頬は涙で濡れていた。パパはわたしの背中に手を添えて、「二階に行こう」とささやいた。
