晴れ渡った空。
春の陽気が気持ちよく、風に乗って流れてくる。
思わず空に向けて、カメラのシャッターを切った。
(あ...またやっちゃった...)
誰にも見られていないか確認しながら、カメラを鞄の奥に突っ込む。
丁度、親友が向こうから走ってくるのが見えた。
「華蓮(かれん)ちゃんごめん!遅くなった!」
私の親友、柚珠(ゆず)が息を切らして言った。
「いいよ全然。あたしも来たばっかだし!」
私は笑顔で答えた。


中学時代からの親友である私たちは、おなじ高校に受かり、この日入学する。
「部活、なに入る?」
「んーやっぱり吹奏楽かな」
柚珠は中学の頃から吹奏楽部に入っていて、全国で金をとりたいとずっと言っていた。
「そっか!がんばれ!!」
私が応援すると、柚珠はにっこりとして「ありがとう」と言った。
「あの...華蓮ちゃんは?」
電車の中、柚珠が躊躇(ためら)いがちに聞いてきた。
「あー...あたしはいっかな」
少しぶっきらぼうに答える。
「そっか...」
2人から笑顔が消える。柚珠は俯いてしまった。
私は中学の時、美術部に入っていた。
絵を描くことは好きだったし、賞も何度か貰っていた。

でも...あの日から、私は絵が描けなくなった。


クラスボードが下駄箱のすぐ側に貼ってあり、周りには新入生がずらりといる。
「あたし柚珠のぶんもみてくるし、柚珠はここでまってて!」
2人でいくと大変だろうと思った。
柚珠は頷いた。
私はなんとかクラス表をみようと、少し跳ねたりした。
だが、なかなか見れない。
(うぅ...むりむり、こんな人密集してたら暑っついし...)
その時、誰かの足につまづいてしまった。
(やばっ...!)
倒れる!と思ってぎゅっと目をつむった。
が、誰かに抱きとめられる感触がした。
そっと目を開ける。
「大丈夫?」
抱きとめてくれたのは、私より少し背の高い男子だった。
「わっ!ごめんなさい!!」
私は体勢を立て直した。
「ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げて、もう一度集団に戻ろうとした。しかし、パッと腕を掴まれた。
「まって!」
(え...なんだろ...?)
男子は少し躊躇って、言った。
「あのさ...また戻ったらこけるよ?どうせ跳ねても見えないんだし、諦めたら?」
その瞬間、私の中で何かが爆発した。
「...結構ですッ!助けて頂いたのはお礼を言うけど、こけませんので!!」
パッと腕を振り払って、ズカズカと集団に入っていった。
(なんなのよっ!あいつ、失礼なッ!)
ふんっ!と地団駄をならして、人の間をくぐり抜けていった。
なんとか見えた。
「よしっ...あ!やった柚珠とおなじ...!」
呟いて、心の中で威張ってやった。
(見えたもんねー!ふーんだ!)
跳ねていたのを見られた恥ずかしさと暑さで顔は真っ赤だったが、心はなんだか勇者の気分だった。


「なんかあんまし大したことないクラスだったなぁ」
放課後、廊下で呟いた。
「まあまあ、まだ初日だから」
柚珠が宥める。
私はそうだね、と返すと、うーんと伸びをした。
「はぁ、なんか疲れちゃった!部活見学は明日でいっかな」
放課後の部活見学は、入学式の日から自由とされている。
「柚珠はゆっくり見学してきたら?吹部とか」
「わかった。華蓮ちゃん、さき帰ってていいよ」
柚珠と別れると、私は廊下を歩いていった。
角を曲がった時、ふと美術室の前の集団を見かけた。
新入生たちだろうか。美術室に釘付けになっている。
(なんだろ...?)
ひょい、とのぞいてみた。
すると、今朝のあいつがそこにいた。
(え?あれ!?新入生じゃなかったの!?)
驚いて思わず叫びそうになる。
「あの人だろ?全国1位の天才少年って」
「そうそう。留年したらしいね」
「絵描いてたんだろ、きっと」
集団が喋っている。
(そうだったんだ...。全国1位...すごいな、あたしも目指してたなぁ)
ふと扉をみた。
〔美術部員募集中!!〕
と書かれた貼り紙が貼ってある。
その紙に触れそうになり、ぎゅっと腕を掴んだ。
あの男子は、相変わらず真剣に絵を描いている。
見てるのが辛くなって、私は思わずその場から離れていった。
ふと流してしまった涙を、誰にも見られないように。

第2話に続く