第4話「百合水仙」

「お、丁度2人席空いてるよ」
「本当だ、ってか2人席しかないよ」
「マジだ、ウケる」
「いらっしゃいませ、お席へどうぞ」
やってきたのは白いヘアピンを付けた少女と、ピンクのシュシュを付けた少女だった。2人は、席に着くと、カバンを各々のカゴに入れて、メニューを見た。
「ねえ、百合花(ゆりか)は何飲むの?」
「考え中、百花(ももか)は?」
「迷ってる。百合花と同じのにしようかな?」
「自分で決めなよ。わざわざ同じのにする必要なんてないんだから。好きなの飲めばいいんだよ」
「……うん、そうだね」
他愛のない話をしながら、メニューをのぞき込んでいる。色々と考えた末に、百合花はダージリンを、百花はアールグレイを選んだ。熱い紅茶が2人の前に並ぶと、百合花はすぐに口を付けて、ほっと溜息をついた。百花は、角砂糖を5個も入れてかき混ぜていた。
「入れすぎじゃね?」
「甘いの好きなんだ」
「溶け切ってないし」
「本当だ、どうしよう」
「食べちゃえば?」
「いいね」
百花は溶け切らなかった砂糖をスプーンですくってシャリシャリと食べ始めた。それを苦笑いで見ていた百合花は、ダージリンをもう一口飲んで再び溜息をつく。
しばらく各々自由に紅茶を堪能していると、百花は百合花に話しかけた。
「ねえねえ、百合花」
「ん?どうした?」
「友達ってさ、いつも同じじゃなきゃいけないって思う?」
少し不安げな表情をする百花を見て、百合花は迷いなく返した。
「違っていいじゃん」
「そうなの?」
「そうだよ」
百花の不安を一蹴する凛とした声で、百合花は続ける。
「うちは百合花、あんたは百花、同じ人間?同一人物?」
「えと、違う人間、私は私だし、百合花は百合花だよ」
「だっしょ?そもそも違う人間なのに、なんで同じことしなきゃならないのさ」
「んー……場に合わせなきゃいけないときとか」
「そんなの学校とか、仕事とかで良いんだよ、てか、うちはそれでも自分のやりたいことするけど」
「するんだ」
「相手に合わせまくるなんてうちのできることじゃないし、さっき言ったみたいに、同じことしても意味ないし」
「そういうものなの?」
「そういうものだよ。まあ、百花は周りに流されやすそうだけど、自分のやりたいことはちゃんと伝えないといけないよ」
「難しいな」
「言わない意見は無い意見と同じだからね。話してもらわなきゃ、分かりたくても分からないし、相手にいい様に使われちゃうだけだよ」
「なんかかっこいい」
「かっこよくないよ。当たり前のこと」
なんか深い話をしているような気がする。
「うちはさ、嫌なことは嫌ってはっきり言うし、間違ってると思ったらちゃんと違うって言うよ。なあなあにするなんて我慢できない」
「はっきり言えるなんて百合花はすごいね」
「まあ、だから嫌われやすいんだけどね。嫌な奴だし、うち」
「百合花は嫌な奴じゃないよ。まっすぐな人だと思う」
「そんなことないよ」
「あるよ」
「逆に、百花の周りを気遣おうとするところすごいよ、うちには無理」
「それは、いざこざが起きたら怖いもん」
「そこが逆に羨ましいわ。うちにはそういう相手を立てる力なんてないからさ」
「……じゃあさ、きっと、私はサポート系で、百合花はリーダーシップを発揮できることが良いんじゃないかな?」
「あーそうかも。仕事もさ、建築だの情報系だのやってみたいんだけど、上司の顔色を伺うのとか向いてないかも。自分で作りだしたいし、指示する側、計画を立てる側がいい」
「うん、いいと思う」
「そういえば、百花は将来とかやりたいこと決まってるの?」
「まだはっきりはしてないんだけど、受験するときに、幼児教育ができる学科がある付属って条件で受験したから、そういうの目指すのかも」
「いいんじゃない?気配りとか得意そうだし」
「えへへ、ありがとう」
いつの間にか話は将来の夢についてになっていた。どうやら2人は同じ学校の友人らしい。百合花は、指示をする側、百花は指示を受ける側の方が性に合っているらしい。
「百合花は、今までにない発想をするから、開発部とかもありだと思うよ」
「なるほど……現場で実際に指示するのとかもいいかも」
「あ、ほら、アルバイトの時、今のやり方よりも、効率化できるフォーマットを作ったりしてたじゃない?ああいうのとか実際に役に立つと思う!」
「あー、あれか、せっかく考えたのに却下されたよ」
「え?何で?」
「うちには今までやってきたこのやり方でいきますーだってさ。だからいつまでたっても無駄な仕事が増えるんだよ」
「あー、昔からやってたこと急に変えるのって難しいもんね」
「柔軟性も向上心もないよ」
「お父さんが言ってたな。なんか、昔から伝統的に続けてきたものを、新人がどんなに効率的で利益的なことでも、ズカズカ言われると古参の人はむっとするんだってさ」
「はあ、面倒くさい。だから指示される側はやなんだよ」
百合花は机に突っ伏してから、気だるげに紅茶に口をつけた。
「一回相手の意見を肯定してから、こういうのもいかがですか?ってやると相手との摩擦が少なくなるみたいだよ」
「うえー……難しい」
「本当にまっすぐだね、百合花は」
「百花はもっと自己主張した方がいいよ。言っちゃえ言っちゃえ」
「えへへ、頑張ってみる」
「ま、うちは相手との摩擦なんか考えずにはっきりと言うけどね」
「おいおい……」
「だって性に合わない、性に合わないことやったって楽しくない」
「無理をして自分を殺すのもつまらないけど、避けられる摩擦は避けた方が気分悪くならなくて済むと思うよ?」
「それができれば苦労しないよ」
2人とも一度紅茶を飲んで会話は一度終わった。そして、百合花は再びメニューを開いた。
「あ、ケーキとかもあるんだ」
「どれ?」
「ほら、ここ」
メニューの片隅には、簡単なケーキがいくつか載っていた。
「パウンドケーキかあ」
「桃と林檎が入ってるんだね」
「美味しそう」
「うん美味しそうだね」
「うちこれ食べようかな」
「あ、じゃあ便乗して私も何か頼もうかな」
「メニューどうぞ―」
「ありがとう」
百花もメニューを開いてケーキが記載されている部分を見ていた。
「……」
少し考えて、百花は気まずそうに百合花を見た。
「ねえ、私も同じのでいい?」
「いいよ。てか、許可とかいらないよ?」
「なんか、かぶせてくるの、嫌かなって」
「自分が食べたいならいいよ、無理して合わせるのは嫌だけど」
「うん。食べたい。パウンドケーキがいい」
「お、じゃあ頼もうか。すみません、桃と林檎のパウンドケーキ2つで」
「かしこまりました」
あらかじめ作ってあったケーキを切り分け、お皿に乗せて提供した。2人はパウンドケーキを口に入れて美味しいいだの、喉が渇くだの言いながら楽しそうに食べていた。
「そういえば、ゲームで、桃と林檎の合わさったキャラクターいたな、たしかモモリン」
「へえ、百花もモモだよね」
「百って書いてモモなんだけどね」
「百花って呼ぶよりも、モモの方が楽かも、ねえモモ」
「なあに?」
「モモにする」
「うん。じゃあ、私はユリって呼ぼうかな」
「二人とも“花”を省略したわ」
「本当だ」
百合花と百花くすくすと笑い合うと、再びパウンドケーキを食べ始めた。いつの間にか二人の間で呼び方が決まったようだ。ふと百花が思い出したように言った。
「そういえば、あだ名ってさりげなく初めてかも」
「え?そうなの?」
「うん、いつもは苗字にさん付け」
「ああ、たしかにいつもはそうだったね」
「やったね、初めてのあだ名だよ」
「よかったじゃん。よし、食べ終わったし、行こうか」
2人は自分の分の会計を済ませると、ごちそうさまでしたと言って店を出ていった。
「ありがとうございました」