第2話 「西洋木蔦」

「あ、丁度2人席空いてるよ」
やってきたのは、茶髪ショートヘアと、黒髪三つ編みだった。2人とも半袖のセーラー服を着ている。茶髪ショートヘアの方はカバンをカゴに入れ、さっそくメニューを見ていた。黒髪三つ編みもカバンをカゴに入れて茶髪ショートヘアに倣うようにメニューを開いた。
「何にしようか?同じのがいいかなー?」
茶髪ショートヘアは間延びした声で隣にいる黒髪三つ編みに聞く。
「えと……、甘いのが、美味しいんじゃないかな?ココアとか……」
「ええ!?ココアとか家で飲めるじゃん。美黄(みき)そんなんじゃだめだよー」
「え、そう?そっか……」
「こういう時は、映えるの飲むんだよー。写真も撮るんだからー」
「う、うん」
美黄はメニューを見ながら一生懸命考えているようだ。
「きーめたー!これにしよ!?ベリーミントサイダー!」
茶髪ショートヘアはそう言うと、メニューの一角を指さした。
「ごめん、洋子(ようこ)私、ミント苦手なの」
「は?ミントなんて皆飲めるんだよ?」
「でも……」
「なに?」
「ううん、飲んでみる、意外といけるかもしれないし」
「そうだよ。うちら友達なんだから同じ物好きになるんだよ」
そして洋子はベリーミントサイダーを2つ注文した。赤いシロップに3種のベリー、氷に、透明なサイダーの中にミントが閉じ込められている。それを美黄と洋子の前に出した。
「お待たせいたしました。ベリーミントサイダーです」
「やっぱかわいーじゃん」
「いただきます」
「ちょっと、写真!!バえるの撮るの!はい、コップ寄せて!」
美黄はコップを横に並べるように置いて、スマホのカメラを用意する洋子の様子を見ている。
「はい、顔近づけて!」
そして自撮りを何回かして、洋子は満足したようだった。そして二人はベリーミントサイダーに口を付けた。
「……」
美黄は、少し顔をしかめている。ミントが苦手と言うのは本当らしい。
「おいしいー」
「う、うん、そうだね」
「やっぱり、友達だから同じ物好きだよねー」
「はは、うん、そうだね」
上機嫌な洋子に美黄は笑い返す。すると、洋子は唐突に美黄のカバンを手に取った。
「洋子、なに?どうしたの?」
「あれ見せて」
「あ、うん、いいよ」
洋子が美黄のカバンから取り出したのはごく普通の一冊のノートだった。ページの中には文字がびっしりと書かれていた。
「じゃあ、今日の小説の評価するからねー」
「うん」
洋子はノートを読み始めた。その間、美黄はまるで面接を受ける受験生の様にかしこまって待っていた。グラスの水滴がいくつか流れていった。
「んー、64点かな?」
「うん」
評価を聞いている美黄の表情が少しこわばる。一体何を評価されているのだろう。
「なんかさ、もっと切ないのが良い」
「切ないのか……」
「メリバとか好きー」
「メリバって?」
「メリーバッドエンド!そんなのも知らないの?美黄はだめだねー」
「……ごめんなさい……」
「なんかさ、心中とか、束縛エンドとか、今度はそういうの作ってー」
美黄が小説を作っているのか。美黄はノートを受け取るとパラパラと中身を見て頷いた。
「うん、やってみる。でも、たまには楽しい話でもいい?」
「たまにはー、でも次はメリバ」
「分かった」
「心中とか好きなの。一緒に死ぬとかマジメリバ!一緒に屋上から飛び降りるとか」
美黄はノートをしまうと、再びベリーミントサイダーに挑戦していた。洋子も、ベリーミントサイダーに舌鼓を打っている。
ふと、洋子が口を開いた。
「ねえ、美黄。蔦(かずら)ってうざくない?」
「蔦さん?なんで?」
「だってうざいんだもーん」
「なんかあったの?」
「聞いてよー、蔦のやつさ、髪がモサモサしててキモくってさ、風が吹くと髪がふよふよすんのキモいの」
「キモいの?」
「そう!キモいの!髪の毛飛んでいきそう……あ、かずらじゃなくてカツラ!?チョーウケる!!!」
「……」
「ね?キモいでしょ?」
「えと……髪の毛をとかしたらきれいにならないかな?」
「いや、無理っしょー」
「そうか……」
最近の女子高生は怖いようだ。洗い終わった食器を棚に戻していく。氷をカラカラと混ぜる音が響く。
「美黄もさ、カツラに話しかけられたら無視してね」
「え?」
「うちら友達でしょ?」
「うん」
「だから一緒に無視しよう。話しかけられても何も答えちゃダメ」
「あ、でも、授業で必要なこととかだったら話してもいい?」
「先生がいるときとかならいいよ。でも無視してね」
「……うん」
気乗りしなさそうな美黄の声。だが洋子は気にしていないようだった。
「ねえ、洋子、あのさ、私あまりお金が無いから、しばらく一緒に帰れないかも」
「ならお金貸すよ」
「いいよ。またお小遣いもらったら一緒に帰ろう?」
「でもうち相談したいことあるんだもーん」
「あ、じゃあ、今度は私と一緒の電車で途中まで帰ろう?それなら相談に乗れるよ」
「お金かかるから嫌」
「……」
「なに?」
「え?」
「文句あんの?」
「え、いや、お金の貸し借り学校じゃ禁止だし、高等部の先輩とかそれで問題になったってきいたから」
「うちら中等部だし、バレなきゃいいじゃん」
中学生だった。
「友達なら一緒にすんの。美黄の友達やってあげてるんだから、そのくらいいいじゃん」
「……」
「今日のジュース代は割り勘でいいし、お金なかったら貸すから、一緒に帰ろう」
「……少しなら、いいよ」
「んー」
洋子は再びベリーミントサイダーを飲んでいるようだ。順調にベリーミントサイダーの量が減る洋子のグラス。量が変わらない美黄のグラス。
それからしばらくの沈黙。そして、スマホを操作しているらしい洋子が声をあげた。
「あ!!」
「どうしたの?」
「見て見てーこれー」
「植物?」
「美黄覚えてないのー?てか、ちゃんと持ってる?」
「?」
「まさか置いてきてないよね?持ってるよね?」
「何のこと?」
「これのこと!」
洋子は自分のカバンをテーブルに音を立てて置いた。カバンには、黄色の花と緑色の葉がついたキーホルダーがあった。
「ああ、一緒に買ったやつだね、あるよ」
そう言って、美黄は、自分のカバンの中から洋子同様のキーホルダーを出した。何かに繋がっているわけではなかった。
「これさ、アイビーっていうんだってー、んでー、花言葉が、永遠の友情だって!」
「へえ、そうなんだ。買った時も、友情のって書いてあったけど、花言葉と同じだったんだね」
「ねー、うちらずっと友達だね!」
「うん、そうだね」
「永遠だから、死ぬときも一緒だね!」
「長生きしたい」
「でも、どっちかが苦しくなったら、一緒に死のうよー」
「死なない様に頑張ろうよ」
「一緒に死ぬのは約束しようよ」
「死にたくないよ」
「苦しくなったらね!じゃあ、飲み終わったし帰ろう」
「うん、帰ろう」
2人は会計を済ませると店を出ていった。お揃いのキーホルダー、友情。洋子はカバンに付いている、店を出る間際、何故か美黄はキーホルダーをカバンに付けずにカバンにしまった。
「ありがとうございました」