達也くんに何と返事をするかはまだはっきりと決めていない。それでも達也くんの力になりたいとは思っている。午前の授業の間はずっとその事を考えていて上の空だった。

時々達也くんの方に目をやる。休み時間はやはり友達に囲まれてその中心にいる達也くんは笑顔だった。私の視線に気付くとフッと優しく笑ってくれる。いつもの達也くんだ…と嬉しくなった。
朝いつもと違うように感じたのは気のせいだったのかな…。


お昼休みに唯と二人教室を出て亜紀を誘いに行った。教室の入り口で待っていると廊下に出てきた永井くんと会った。

ドキッとした。

今朝嫌そうな私に気づいてくれた
病院で抱きしめてくれた

そんなことが頭をよぎる。

顔が赤くなるのを感じた。

「後藤さん、今からお昼?」

「あっうん。永井くんは?」

「俺、野球部の監督に呼ばれとって。知らんかったけど、めんどくさいこと多いんよキャプテンって。」
頭をかきながら言う。

「永井くん、キャプテンになったんじゃなぁ。頑張って。」
気のきいたことは言えないが何か言ってあげたかった。
「おぉ、頑張るわ」
笑顔で軽く手を上げて階段に向かって歩いて行く永井くんの後ろ姿を見送る。

「お待たせ!」
明るい声がして亜紀が腕を組んできた。
ドキッとした。
永井くんの後ろ姿を見ていたことに気づかれたのかと思って。


「亜紀、久しぶり。心配かけてごめんな」
申し訳なく言う。

「ううん。大丈夫。それより、うちの方こそごめんな。力になれんで。」

優しく言われ涙ぐむ。

「もぉ~みぃは!このこの!可愛いなぁ」
そんな私の姿を見て亜紀が頭をなでくりまわす。

唯も私の背中を押して歩きながら「何かこういうの、久しぶりじゃなぁ」と嬉しそうに言う。
三人でじゃれあいながら中庭へと向かった。


本題に入れず、しばらくは他愛ない会話をたのしんだ。

それでも…と思い、勇気を出して話を切り出す。

「あのな…達也くんに今日返事聞かせてって言われて…」
はきはきと言えずしどろもどろしながら話し始めた。

「うん。」
「それで?」
二人とも急かすわけでもなく、身を乗り出して話を聞いてくれる。

「うちな…達也くんケガしてしもうて、野球部もやめて、何か…」
そこまで言うと涙が浮かんできてしまった。
亜紀が何も言わずに背中を優しく撫でてくれる。

「…何かな、朝会ったときの達也くんはいつもと違うと言うか、知らん人みたいじゃったん。でも…それは無理しとるんかもしれんと思った。ケガして、野球部やめて、やけになっとるって言うか…」

「うん。」
唯が優しい眼差しで見つめながら相づちをうってくれる。

「今までうち、達也くんに沢山優しくしてもらって、安心させてもらって、元気もらって…じゃんけんな…」
涙がポトンとスカートを握りしめていた手の甲に落ちた。

「じゃけん、今度はうちが達也くんのために力になってあげたいって思った。うちで良かったら…力になってあげられるんなら…」

亜紀が涙で濡れた手の甲を包み込むようにして握りしめてくれた。

「…じゃあ、付き合うって返事するん?」
唯が眉をひそめたような表情でたずねる。

「みぃはホントにそれでええん?」
亜紀が優しく念を押す。

「…うん。」

「そっかぁ…それは達也、喜ぶじゃろぉな!」
唯は笑顔でそう言うと「あ、うち部室に忘れ物!先に教室帰っといて。ごめん!」パッと立ち上がり駆け出して行った。

「あわて者!ハハハ」
亜紀は駆けていく唯の後ろ姿に声をかけたあとふと真顔になった。

「永井のことはもう、ええん?」
小声でたずねてきた。

ドキッと胸がひっくり返った。

「…うん。」
うなづく。

「みぃがそれでえんなら…ええと思う。うちは応援するよ。」
優しく背中を撫でられ、自分の出した答えは正しかった。そう思った。そう思いたかった。