神埼探偵事務所




「……あ、サクラちゃん。」


「達也君!久しぶり!」


私は……というより女は女優だ。

そう言い聞かせてから、ほんの数秒で完璧な笑顔を作り振り向いた視線の先にはカジュアルな格好をした達也君が居た。

何を考えてるか全くヨメないサイコ野郎が笑顔で右手をひらひらさせているこの状況、もし大河が目の前に居たら思い切り殴りかかられているだろうな。


「さっき着いたんだけど、ストレスやばくて先にキープボトルで水割り飲んじゃってた。ごめんね」

「あ、全然いいよ。てかキープボトルとかあるんだ。すっかり常連さんだね。」


「まあね。東京来たら必ず寄る店なの。あ、チーママのユイカさんよ。」

「はじめまして、ユイカです。」


「あっ、はじめまして。平沢達也です。」


ユイカさんは、公表年齢が35歳。実際は軽く40はオーバーしてるだろう。でも見た目がすごくキレイで、言わなければニューハーフなんて分からない。

そうだなあ……芸能人で例えると髪がそこまで長くない井川遥みたいな感じ。ショートまでもいかないからこそ、色気が溢れ出てる。


鈴木さんの前に立つ58歳のひげが濃いママと、ユイカさんを見比べた達也君は、分かりやすい苦笑いを浮かべてから瓶ビールを注文した。

「オカマバーだっていうし、場所が歌舞伎の花道通りだからもっと騒がしいのかと思ったけど、そんなにだね。あそこのボックスの女性も、割と静かに飲んでるし。」

「そうだよー。時間が早いからってのも有るかもしれないけど、ここのお客さんって男性も女性も皆、紳士な感じなの。ギャーギャー騒ぐ印象は無いかな…。」


「ふうん。いい所だね。あ、遅れてごめん。はい、乾杯!」

「かんぱーい!」


近藤さんが、わざとらしいオカマ口調でキャッキャしながら鈴木さんの頬を触る。

これが合図、だ。『平沢が来た』と言う……。


いやはや、自分の案ながらここに平沢を誘い込んだのは本当に最高のプランだったと思う。

これがホテルのバーやラウンジなら、もっと準備に時間がかかっていただろうし、平沢自身も周りのお客さんを興味深く観察して、少しでも怪しい動きが有ったなら、逃げ出すか私に何かしてきていたかもしれない。



「ってか…仕事も全然来ないし、急にあんなLINE来るし本当心配してたんだけど。」

「ああ、あれね。何も会社から聞いてないの?」



「いやいや、聞いたよ。ロシアのスパイに間違われて公安に世話になってたってやつでしょ?会社の人間も皆、半信半疑だったよ。」

「ははっ、私が一番半信半疑よ。何の事言われてるのかサッパリ分からないのに怖い面した公安の人間に有る事無い事聞かれるんだから。」



「……本当の所はどうだったわけ?」



「何が?ロシアのスパイかどうかって事?」





「まあ、それも聞きたいけど。……ずっと東京に居た理由、も聞きたいよね。」

ユイカさんが注ごうとしたのを、品良く拒否した平沢達也は私を横目でチラッと見ながらジャブを放ってくる。

──あながち、早く本題に入れよ。とでもこのゲームを楽しんでいるのかもしれない。私ではなく、目の前のサイコ本人が。