この部屋って、こんなに広かったっけ。
冬花が行ってはじめての夜。
時間は、もう1時だった。
いつもは、ここに2つ布団敷いて寝てたんだよね。
冬花の学園の寮は、どうせベットだろうなっちぇっ。
今日は左側が寂しくて、いるはずだったものがいなくて、心にぽっかり穴が開いた気分だ。
…なんか、喉乾いたな…。
もう夜中だし、お母さん達を起こさないように、そっとドアを開けた。
あれ?下に電気がついてる。
消し忘れかな?
それとも…も、もしかして泥棒!?
わ、私がやっつけてやるんだから!
そのままそっと階段を降りると、話し声が聞こえてきた。
私は慌てて次の段の板から足を戻した。
しかたない、ここで座って聞いてみよっと。

「……さか、冬花も……持ちだなんて。」
ん?何を持ってるの?
「……のスカウトには絶対に渡さないと言っていたのに。」
え?冬花スカウトされたの?!
モデルとか?
「春樹も颯もフィガロ持ちなのに、冬花だけは特殊なんですって。」
「ゆくゆくは、あの2人も渡さないと行けない、か…」
フィガロってなに!?渡すって!?
冬花が、特殊…?
「俺は絶対に行かねー。あんな監禁まがいな学校」
「僕も、出来れば行きたくない。花音は…」
兄2と1だ。
あの2人も起きてるの?
「花音は……」
私は!?
もっと近くで聞かなきゃ!
前のめりになっっっわっっっ。
痛い痛い痛い!!
そのままぐるぐるまわって階段から落ちた…。
「い、いったた…」
「今すごい音がしたわ!」
リビングのドアが、ガチャっと開けられる。
「か、花音…」
お母さんの顔が青ざめていた。
痛そうだから、と、話を聞かれたかもしれないという恐怖みたいだった。
「えへへ、喉乾いちゃって…」
「ほんとお前はばかだな」
「ばっ!?ばかって言ったほうがばかだもん!」
「こんな夜中に階段から落ちるほうがばかだろ!?」
兄2は2つ上。
やっぱり年上には言い返しにくい…。
「冬花がいなくなったら、こんどは颯とか…」
兄1も苦笑いしている。
兄1は15歳の高1だからか、すごく大人っぽい。
「花音、おいで。手当してあげるから。みんなは、もう寝ましょう」
「え、大丈夫だから!わ、私もう寝るね!」
だだだだ、っと階段を駆け上った。
ガチャっと、自分の部屋のドアを開けると、壁伝いに座り込んでしまった。
すこし腕と膝が痛む。
あーあ、あざになってる。
廊下から、おやすみーと聞こえてきた。
みんなもう寝るんだ。
もう喉も渇いてないし、寝たいんだけど。
やっぱり、眠れないなぁ。
コンコンッ。
その時、部屋のドアがノックされた。
「誰ー?」
「春樹だよ」
兄1だ。
「どうしたの?」
とドアを開けた瞬間…
兄1の腕の中にいた。
「お兄、ちゃん…?」
思わずお兄ちゃんって言っちゃった。
恥ずかしさのあまり、顔が火照ってきた。
「花音は、花音だけは、学園に行かないで…」
「え?学園?」
「絶対に、行かせやしない…」
「……」
なんて言っていいのかわからなかったけど、兄1が私を大切に思ってくれてるのは伝わった。
…嬉しかった。
「ありがとう。よくわかんないけど、…学園?には行かないよ」
ぐっと兄を押して、ちょっと離れた。話しにくかったからね。
「あと、大切に思ってくれてありがとう」
兄1の顔が、泣きそうになっていた。
あ、この人、シスコンだっけ…。
「花音、ありがとう…あと、いきなりごめんね」
「ううん!いいの!じゃあ今日はもう寝よう!」
やっぱりちょっと恥ずかしくなって、慌てて兄1を追い出した。
布団の冷たい部分に顔をあてて、火照りを冷ます。
えっえっえ!?どうなってるの!?兄1ってここまでシスコンだった!?
『フィガロ持ち…』
突然、思い出した言葉があった。
…フィガロ…?

冬花がいない寂しさと、お母さん達のよくわかんない話と、兄1の恥ずかしい行動で、その日はよく眠れなかった…。