不器用だけど、彼なりの思いを感じて先ほどまでの虚しさや悲しさは一気に吹き飛んでしまった。



大丈夫かな、そう思うばかりの数日だった。

だけど今、大丈夫かもしれないって思えてる。

その気持ちを伝えるように、私は彼の手を両手でぎゅっと握る。



「……政略結婚だろうと、結婚は結婚です。だから、妻として言わせてください」



しっかりと目と目を合わせて向き合う。太陽の光に輝くヘーゼルの瞳には、自分の顔が映り込んだ。



「私は家のことは自力でしたいですし、ご飯はなるべくふたりで食べたい。今は形だけでもいつか本物になれるように……夫婦として暮らしていきたいです」



この結婚の始まりは、いわゆる『普通』とは違う。

恋を経ていない私たちの間に、今ここに愛はない。

だけど、この先も他人のままなんて寂しいから。

ここから夫婦になっていく。



「座右の銘は人生楽しんだもん勝ちですから!」



出会ったあの日と同じことを自信満々で言った私に、名護さんもそれを思い出したのか、ふっとおかしそうに笑ってみせた。



「……そうだったな」



初めて見る、彼の目を細めた小さな笑顔。

それにつられるように、つい私も笑った。



そして名護さんは、私が膝を擦りむいていることに気づくと、お姫様だっこの形で持ち上げてみせた。



「わっ……な、名護さん!歩けますよ!」

「怪我してるだろ。この辺は道も悪くて危ないから」



足をバタバタとさせるものの下ろしてもらえず、私は諦め彼に運ばれる。

シャツ越しに彼の腕のたくましさを感じながら、胸にちいさなときめきを覚えた。





家を目指す道のりの間、ふたりの間に会話はない。

だけど、なにかが芽生えたことだけは感じられる。



まだ形だけ、他人同然の私たち。

でもこれから。彼と、本当の夫婦になっていけると信じている。



……ううん。なって、いかなきゃ。

この胸の奥にある黒いものを、前向きな気持ちで隠しながら。