「……春生が両親を亡くして、当時の記憶もなくしていると知ったのは大人になってからだった。でもそのうえで俺は、春生と結婚したいと思ったんだ」
「え……?でも、結婚相手は清貴さんのお父さんが勝手に決めたんじゃないんですか?」
「いや。父親から結婚を勧められた際に、俺自身が春生がいいと頼んだんだ。
もう結婚していたり、嫌がられたら諦めようとは思っていたが……運がよかったな」
そう言って清貴さんは小さく笑った。
「選んだのは子供の頃の思い出がきっかけだ。けど、一緒にいるうちにどんどん愛しくなっていった。
それと同時に、あの日のことを忘れられていると実感するのが怖くて春生には言えなかった」
自分が大切にしていた思い出を相手が忘れてしまっている。
頭では仕方ないとわかっていても、その事実に向き合うのには勇気がいるだろう。
「ごめんなさい、私、ずっと思い出せなくて……」
「いや、いいんだ。春生はなにも悪くない。それに……たったひとつだけ知っていてくれれば、もうそれでいい」
清貴さんはその言葉とともにそっと顔を近付けてキスをした。
一度目と同じ、触れるだけのキス。
けれどその一瞬に彼の優しさや愛情、すべてが込められている気がした。
「好きだ、春生。あの頃から……今もずっと、きみが俺の光だ」
「清貴、さん……」
「あの日約束をくれた春生に、今度は俺が約束で返す番だ」
そう言って、その場にそっとひざまずく。
そしてジャケットの胸ポケットから取り出したケースを私に向かって開いてみせた。
そこには大きなダイヤがついた、プラチナの指輪が輝いている。



