「人に接するのを避けていたせいで話すことも上手くなくて、なにも話せなかった。でも彼女はずっと話しかけてくれて、笑いかけてくれた。
たったそれだけのことが当時の自分には大きなことで、嬉しかった」
目の前の清貴さんの真っ直ぐな目と、肌を染めていく夕日。
それらに段々と霧が晴れていくかのように記憶が鮮やかによみがえる。
「ふたりでここで夕陽を見て、その時に彼女がストラップをくれたんだ。『笑顔になれるおまもり』と笑って。
その時ようやく俺が言えた『ありがとう』のたったひと言に、彼女がいっそううれしそうに笑ったのを覚えてる」
思い、出した。
あの日、不安げだった彼が一日を過ごす中で時折笑顔を見せてくれたことが嬉しかったこと。
もっと笑顔になってほしくて、この場所で、以前お母さんから貰ったストラップをあげたこと。
『……ありがとう』
初めて聞いた彼の声と、その言葉がとても嬉しかったこと。
『また会おうね、約束だよ』
そう誓って指切りをしたこと。
こんなに大切な記憶を、しまいこんでいたなんて。
一気にあふれる思い出に、涙が頬を伝って落ちた。
「あの日俺は、心の中で誓ったんだ。強くなろう、立派になろう、いつか再会した彼女の前で胸を張れる自分でいられるようにって」
清貴さんはささやいて、私の涙を指先でそっと拭う。
「俺がここまで頑張ってこられたのは、あの日の春生がいたからなんだ」
その胸に、ずっと私がいた。
そのことがとても嬉しくて、いっそう涙があふれてくる。



