「春生……もしかして、思い出したの?」
その問いに首を横に振る。
なにかを思い出したわけじゃない。けれど、そうだとしたら納得できる気がした。
冬子さんは少し残念そうにしながらも話してくれた。
「昔、名護さんが親子で遊びにいらして……そのときに彼と春生はふたりで一日中遊んでたことがあったの。でもその日、名護さんたちが帰った直後に春生の両親の事故の一報が入ってきて」
「でも冬子さん、前に聞いたらあれは夢って……」
「後日春生に名護さんの話をしても全く覚えていなかったみたいだったから、事故の日の嫌な記憶として抜けてしまったと思ったの。無理に思い出させてフラッシュバックしてもつらいと思ってあの日のことはなかったことにしたのよ」
じゃあ、昔私が見た夢は現実だったんだ。
私に希望を与えてくれた夢の彼は……清貴さんだった。
「清貴さんは、そのことは……?」
「覚えてたわよ、春生のこと。でも事情を話したら、『忘れているなら無理に思い出させたくない』って言ってくれたの」
だから清貴さんは、なにも言っていなかったんだ。
でも、彼は今までどんな気持ちで私といたんだろう。
私があの話をしたとき、自分だけが覚えている思い出を夢と言われてどんな気分だっただろう。
それでもなにも言わずにそばにいてくれた。彼の優しさを感じる。
ひと通りの話を終え、奥から呼ばれた冬子さんはその場をあとにした。
「せっかくだし、どこかで日帰り入浴でもしてこようかな。じゃあ、春生ちゃんまたあとで」
気をきかせてくれたのか、手をひらひらと振って歩き出す周さんに、私は彼とは逆方向に歩き出す。
陽の傾いた夕方の空の下、日中とくらべ観光客の引いた細い道を歩き目指すのは温泉街から少し外れたところにあるロープウェイ乗り場。
この時刻にのる人は私以外におらず、貸切状態で乗ると標高900メートル先のおり場で下車した。



