「たしかにそうかもしれないです。でも……さっき村瀬さんに言ったことと同じで、それがあったから清貴さんと過ごせる今があるんです」



あの日の彼との出会いも、抱いた希望も、それを失くしたときのつらさも。

全てが今の私の糧となる。

清貴さんのとなりにいる、私につながっている。



「だから、私にとってはどんなことも無駄じゃないです」



笑った私に、清貴さんは少し呆気にとられながらも、小さく笑う。

目を細めたその笑みはどこか泣き出しそうな切ないもので、どうしてそんな表情を、と問い掛けようとした瞬間彼はゆっくりと顔を近付けた。



懐かしい土地で感じる柔らかな風の中、揺れるカーテンに包まれてふたりそっとキスをした。



触れるだけの優しいキス。

ほんの数秒にも満たないその時間に、本当の夫婦になれた気がした。