「彼のことも、好意を押し付けた方が悪いし、長い人生の中で仕事を辞めることもあってもいい」



清貴さんはそう言って、私の頬に手を添え涙を拭う。



「逃げ場にしたっていい。それでも俺は、春生と結婚できてよかった」



私と、結婚できてよかった……なんて、どうしてそんな優しい言葉を言ってくれるの?

驚きと嬉しさと心苦しさで、いっそう涙がこぼれる。



「なんで……そんな優しいこと言うんですか」

「俺は、春生と過ごして温かさを知ることができたから」

「え……?」

「さっき春生に手を払われて、以前自分が春生を拒んだときのことを思い出した。相手に拒まれることはこんなに悲しいんだな」



それは、少し前のあの日……私がたまらず飛び出したときのことだろう。

思い返すように、彼はその目を細める。



「なのに春生は、あの日も、そのあとも俺と向き合い続けてくれた。今もこうして、嫌われたくないと泣いてくれる……そんな春生のひとつひとつが、俺をあたためてくれるんだ」



この目を真っ直ぐ見つめる、その茶色い瞳は嘘やお世辞を言っているようには見えなかった。

私に向けて、一直線に言葉を伝えてくれているのを感じる。



「大丈夫だ。誰も春生に失望なんてしない」

「でも……」

「冬子さんの落胆した声も、春生に対してだとは思えない。そうだな、俺が彼女なら……なにも気づいてあげられなかった自分に、落胆するかもしれない」



自分に……。

そんなこと、考えたこともなかった。



でも確かに自分が冬子さんの立場で、自分の子供が夢だった仕事を辞めると伝えてきたら……

なにも気づかず、なにもしてあげられなかった、そんな自分の無力さに悲しくなるかもしれない。