泰翔くんは突風のように去っていった。
吹き荒らされてアスファルトに散った木の葉のように、しばらく穏やかなメロディに心を預けていた。
怜奈ちゃんがアイスコーヒーの最後の1滴まで上品に吸い上げ、わたしもずずずと音を少し立ててしまったところで怜奈ちゃんが口を開いた。
「今話そっか...悠永のこと」
わたしは一瞬ドキッとしたけど、大きく頷いた。
覚悟を決めた瞬間だった。
「藍純悠永(あいずみはると)。それが彼のフルネーム。アタシはズミって呼んでたけど、さすがに可哀想だから今は心の中で悠永って呼んでる。ゆいぼんが言ってたように悠永は栗色の髪で顔はすっきりして目鼻立ちも整ってて誰がどう見てもイケメンだった」
「空手とか柔道とか習ってなかった?この前助けてくれた時にすごい早さで技を繰り出して相手の男の人を倒したの」
怜奈ちゃんは5秒くらい目を閉じ、記憶を辿った。
「確かに...うん、習ってた。空手の関東チャンプくらいにはなったことあったと思う。だけどそれは小4の秋。それ以降は辞めたはずだったんだけど...やってたのかな?」
この曖昧な感じ。
どことなく感じる不穏な空気。
本当はあまり聞きたくないんだけど...でも、聞くしかない。
過去も現実も嫌な記憶も何もかも受け入れるって決めたんだから。
「あの...前から気になってたんだけど...そのぉ...わたしの事故の後皆は......仲間割れ...しちゃった...の?」
怜奈ちゃんがふーっと1つ息を吐き、わたしの瞳に入り込んだ。
「そう...だね。あの日以降アタシたち色々あって...時の流れと共に絆も記憶も薄れていった」
「わたしのせいだよね、きっと。わたし、もしかして誰かのこと事故に巻き込んでそれで...」
「違う!そんなんじゃない。そんなんじゃないの...。アタシが言えるのは...それだけ。ゆいぼんのせいでも誰のせいでもないってこと。だけど、あの事故を自分のせいだって悔やんでる人も、誰かのせいだって他人を責め続ける人もいる。それが現実なの...」
怜奈ちゃんは悔しそうに唇を強く噛んでいた。
わたしは咄嗟に手を差し出して怜奈ちゃんの手のひらに自分の手のひらを重ねた。
「ゆいぼん...?」
「ごめんね。怜奈ちゃんに辛い思いたくさんさせちゃって」
「ううん、大丈夫。アタシも強くなる。過去に蝕まれてるようじゃ前に進めないからね」
「怜奈ちゃん...」
怜奈ちゃんは目を細めてはにかんだ。
この笑顔をわたしはいつの日か見ていたんだ。
まるで紫陽花のように柔らかで鮮やかでおしとやかな笑顔...。
わたしは忘れないように脳に、そして心に刻み込んだ。
「あっ、そうだ。ほんとは本人に黙ってこんなことしちゃいけないんだろうけど、これが悠永の携帯の電話番号とメアド。古いやつだけど届いてはいるみたいだから使ってみて。ゆいぼんからなら出てくれるかも」
「分かった。ありがとう...」
そう言った後に気づいた。
わたしはあの日朦朧とした意識の中で聞いたんだ。
微かだったけど確かに聞こえた彼の声。
――友達......じゃないよ。
それが嘘か本当かは分からない。
わたしなんかと会いたくないのかもしれない。
でも誰も言わないけどそうさせてしまったのは他でもない、わたしなんだ。
ならわたしはその罪を償う必要がある。
会って謝りたい。
そしてこの前のお礼がしたい。
わたしは...会いたいんだ。
藍純悠永くんに会いたいんだ。
吹き荒らされてアスファルトに散った木の葉のように、しばらく穏やかなメロディに心を預けていた。
怜奈ちゃんがアイスコーヒーの最後の1滴まで上品に吸い上げ、わたしもずずずと音を少し立ててしまったところで怜奈ちゃんが口を開いた。
「今話そっか...悠永のこと」
わたしは一瞬ドキッとしたけど、大きく頷いた。
覚悟を決めた瞬間だった。
「藍純悠永(あいずみはると)。それが彼のフルネーム。アタシはズミって呼んでたけど、さすがに可哀想だから今は心の中で悠永って呼んでる。ゆいぼんが言ってたように悠永は栗色の髪で顔はすっきりして目鼻立ちも整ってて誰がどう見てもイケメンだった」
「空手とか柔道とか習ってなかった?この前助けてくれた時にすごい早さで技を繰り出して相手の男の人を倒したの」
怜奈ちゃんは5秒くらい目を閉じ、記憶を辿った。
「確かに...うん、習ってた。空手の関東チャンプくらいにはなったことあったと思う。だけどそれは小4の秋。それ以降は辞めたはずだったんだけど...やってたのかな?」
この曖昧な感じ。
どことなく感じる不穏な空気。
本当はあまり聞きたくないんだけど...でも、聞くしかない。
過去も現実も嫌な記憶も何もかも受け入れるって決めたんだから。
「あの...前から気になってたんだけど...そのぉ...わたしの事故の後皆は......仲間割れ...しちゃった...の?」
怜奈ちゃんがふーっと1つ息を吐き、わたしの瞳に入り込んだ。
「そう...だね。あの日以降アタシたち色々あって...時の流れと共に絆も記憶も薄れていった」
「わたしのせいだよね、きっと。わたし、もしかして誰かのこと事故に巻き込んでそれで...」
「違う!そんなんじゃない。そんなんじゃないの...。アタシが言えるのは...それだけ。ゆいぼんのせいでも誰のせいでもないってこと。だけど、あの事故を自分のせいだって悔やんでる人も、誰かのせいだって他人を責め続ける人もいる。それが現実なの...」
怜奈ちゃんは悔しそうに唇を強く噛んでいた。
わたしは咄嗟に手を差し出して怜奈ちゃんの手のひらに自分の手のひらを重ねた。
「ゆいぼん...?」
「ごめんね。怜奈ちゃんに辛い思いたくさんさせちゃって」
「ううん、大丈夫。アタシも強くなる。過去に蝕まれてるようじゃ前に進めないからね」
「怜奈ちゃん...」
怜奈ちゃんは目を細めてはにかんだ。
この笑顔をわたしはいつの日か見ていたんだ。
まるで紫陽花のように柔らかで鮮やかでおしとやかな笑顔...。
わたしは忘れないように脳に、そして心に刻み込んだ。
「あっ、そうだ。ほんとは本人に黙ってこんなことしちゃいけないんだろうけど、これが悠永の携帯の電話番号とメアド。古いやつだけど届いてはいるみたいだから使ってみて。ゆいぼんからなら出てくれるかも」
「分かった。ありがとう...」
そう言った後に気づいた。
わたしはあの日朦朧とした意識の中で聞いたんだ。
微かだったけど確かに聞こえた彼の声。
――友達......じゃないよ。
それが嘘か本当かは分からない。
わたしなんかと会いたくないのかもしれない。
でも誰も言わないけどそうさせてしまったのは他でもない、わたしなんだ。
ならわたしはその罪を償う必要がある。
会って謝りたい。
そしてこの前のお礼がしたい。
わたしは...会いたいんだ。
藍純悠永くんに会いたいんだ。



